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僕はひどく疲れている。16

年末ということもあり、顧客が僕が最後に出勤をする日に、忘年会兼送別会を開いてくれた。

売り上げが当初予定の15億を大きく超え、今年は20億になったとのことで、お客さんたちはとても嬉しそうだった。
みんな疲れていた。普段飲み会に出てこない人たちも出てきていて、それは、忘年会だから流石に顔を出さないといけないと思ったこともあるのだろうけれど、本当に忙しかったから、それをなんとか乗り切ったことをお祝いしたかったのだと思う。
結局年末に全体で抱えた案件数は、80を超えた。僕が聞いていた去年の案件数は40で、僕が配属されたときから既に40近くになっていたから、最初からみんな忙しそうで、ピリピリとしていた。
そこに僕が加わり、2人だったところを5人にまで増やしてもらった。
その間に身体を壊した人も何人かいたけれど、なんとか乗り切った。
だからこそ、みんなとりあえずお祝いしたかったのだと思う。

僕は、実際には出たくなかった。けれど、顧客から「田中さんの送別会だから、田中さんの都合に合わせるから」と言われてしまえば、断ることなど出来なかった。
それは、僕が職場に出勤する最後の日だった。
顧客の人たちは優しく、何人にもお礼を言われた。そして、次はどんな仕事をするのか、と聞いてきた。
「前の仕事に戻るの?」
「いや、近いですが、まぁ、そんなところです。」
「そっかぁ、本当に残念だな。」

何回もそう言われたが、僕はどういう顔をしたら良いのか分からないまま、曖昧な答えをして、とりあえずビールを飲み続けた。
結局その場でも上司は僕を完全に無視し、一言も声をかけてくることはなかった。
僕には絶対にしない甘えた声と態度で顧客に接している様子を見て、ビールを飲み過ぎていたからかも知れないが気持ちが悪い、と遠巻きに見ていた。

まぁ、彼女には彼女が生きていくにはそうするしかなかったのかも知れない。
安い給料で得意でもない仕事、しかも、会社からは突撃要員、つまり先陣を任されていて、将棋の歩だった。
うまくいけば切り込んでいけるかも知れないが、会社にとってはいついなくなってもかまわない歩として扱われていた。
それを自覚していたのかは分からないが、だからこそ彼女は必死だったのだと思う。
自分が切り開いた仕事、自分が最初にはじめた仕事、それを後からのこのこ来た訳の分からない奴はすぐに仕事を覚え、定時に帰り、すぐに抱える案件は同じくらいになり、超えてしまい、顧客からも信頼されている。

悔しかったのだと思う。
何年もこの会社にいて必死に働いているにもかかわらず、突然やってきた前職が全く違う男。
こんな奴に負けてたまるか、と。
だからいつでも彼女は僕に対してマウントを取ることしか出来なかったのだ。
私の方がすごい、私のやり方の方が正しい、おまえは私の指示にただただ従っていれば良い、顧客から僕に直接言われた注文も、おまえは報告すれば良いだけで、その注文を裁くのは私だ。
だって、私は上司なのだから。このチームのリーダーなのだから。おまえはただの1メンバーなのだ。

実際、僕は完全にハブられていたので、メンバーですらなかったのだけれど、彼女はそうすることでしか生き残ることは出来なかったし、自分を保つことが出来なかったのだろう。
毎日18時に仕事を切り上げて帰る僕を横目に連日22時近くになっても終わらない仕事。
何故私はこんなに働いているのに、あいつは帰っているのか?
あいつが帰れているのは、仕事を適当にこなしているからなのではないか?
絶対におかしい。
それは、嫉妬以外の何ものでもなかった。

今となっては僕にも分かる。
会社とは、あるいは、複数の人間が一緒に働くということはいつだってそういうことが起きるのだと。
たまたまそれが上司と僕との間で起きただけで、どんな会社や組織だって、複数の人間が一緒に働く、いや、それが仕事ではなくても、複数の人が集まる、ということだけで起きることなのだ。

だから友人である彼女が今度支店長になることで嫉妬されているという話を聞いて、かわいそうだなと思い、めんどくさいなと思い、それでもその中で生きていこうとしている彼女は本当にすごいなと思った。

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