第13回 そーゆーことか! 「色即是空 空即是色」。
玄奘訳「般若心経」の中で最も有名な句は、「色即是空 空即是色」です。
簡潔にして、意味不明。様々な人が様々な解釈をする、最も難解な句でもあります。
この難解な句を、仏教学者中村元氏は、サンスクリット原文から直接、次のように現代日本語訳しています。(「般若経典」 東京書籍から引用)
《およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。》
「色」の原語を「物質的現象」、「空」の原語を「実体がないこと」と解釈しての日本語訳です。
明瞭な日本語で書かれているにもかかわらず、私には、何を教え何を伝えようとしているのか、文意がさっぱり理解できませんでした。
それが、自分自身で直接サンスクリット原文から翻訳してみよう、と決心したきっかけになったのです。
般若心経のサンスクリット原文である「法隆寺貝葉写本」を翻訳してみてまず気づいたことは、原文には、肉体から「アートマン(我)」を分離・離脱させる、「到彼岸瞑想行(プラジュニャーパーラミター)」と名付けられた瞑想修行法のことが書いてあるということでした。
肉体から分離・離脱した「アートマン(我)」が到達する世界(境地)、それが、「ニルヴァーナ」と呼ばれる領域なのです。
「色即是空 空即是色」の句は、その「ニルヴァーナ」の諸様相を説く中で展開されている句なのです。
「ニルヴァーナ」については、釈尊自身が、「自説経」の中で、その様相を詳しく説いています。
少し長くなりますが、重要な教えなので、「般若経典(中村元訳 東京書籍)」から引用して紹介します。
《修行者たちよ、そこには地も水も火も風もなく、空間の無限もなく、識の無限もなく、無一物もなく、想の否定も非想の否定もなく、この世もかの世もなく、日も月も二つながらない。修行者たちよ、わたしはこれを来ともいわず、去ともいわず、住ともいわず、死ともいわず、生ともいわない。よりどころなく、進行なく、対象のない処、これこそ苦の終わりであるとわたしはいう。修行者たちよ、生じないもの、成らぬもの、造られないもの、作為されないものがある。修行者たちよ、もしその、生ぜず、成らず、造られず、作為されないものがないならば、そこには、生じ、成り、造られ、作為されたものの出離はないであろう。修行者たちよ、生ぜず、成らず、造られず、作為されないものがあるから、生じ、成り、造られ、作為されたものの出離があるのである。》
文中、「生じないもの、成らぬもの、造られないもの、作為されないもの」と表現されているもの、それが「ニルヴァーナ」です。
そして、「生じ、成り、造られ、作為されたもの」と表現されているもの、それが、我々が住んでいる宇宙を始めとした、諸世界のことです。
「法隆寺貝葉写本」の前半部では、「ニルヴァーナ」の中に存在する、「諸世界」の様々な様相が説かれています。
最初に説かれているのは、「ニルヴァーナ」の中で、「諸世界」がどのような姿形(形態)で存在しているのか、ということです。
サンスクリット原文では、「シューニャ(形容詞)」、「シューニャター(名詞)」と使い分けられていますが、玄奘訳では、いずれも、「空」の一字で漢訳されています。
「法隆寺貝葉写本」の梵文だけでは「シューニャ」と「シューニャター」の両単語は翻訳し難いのですが、幸いなことに、「華厳経(けごんきょう)」に似たような記述があり、それを援用して、私は、「シューニャター」を「微細世界(びさいせかい)」と現代日本語訳しました。
毛穴のように微小な形態で存在している世界、という意味です。
その「毛穴のような形態で存在している世界」と、我々が通常実感している「現実世界」とが、どう関係しているのかを説いているのが、「色即是空 空即是色」に対応するサンスクリット原文なのです。
このシリーズ第2回に掲載している、「法隆寺貝葉写本」の現代日本語訳全文から対応する個所を抜き出すと、次のようになります。
《大世界であるところのもの、それが、微細世界になる(変化する)のであり、微細世界であるところのもの、それが、大世界になる(変化する)のである。》
文中、「大世界」とは、華厳経に説かれる「現実世界」のことであり、玄奘訳「色」に対応するサンスクリット原語の日本語訳です。
サンスクリット原文に忠実に翻訳すると、上記の文章のようになるのです。
「色即是空 空即是色」に対応するサンスクリット原文は、「大世界」と「微細世界」が、相互に変化する関係にあることを説いています。
具体的なイメージが想像し難いのですが、「微細世界」を微小なアイコン、「大世界」をネット上のサイトに例えれば、両者の関係が、多少、分かり易くなるのではないかと思います。
パソコンの画面でアイコンをクリックすれば、ディスプレイ上にサイトが表示され、サイト右上の縮小ボタンをクリックすれば、アイコンに縮小され格納される。
信じ難いことですが、「大世界」と「微細世界」は、そういう関係にあることが説かれているのです。
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