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図書カードと花

「直感に従ってください!」
「私はそれで人生が豊かになりました!」
「直感のあとは全部言い訳。そうじゃなく、最初のインスピレーションを受け取って!」

出勤前にラジオみたいに、インスタライブを聴くのが習慣になっている。

最近気になって聞いているインスタの人が、朝から何やら力説していた。

気にはなるけど、
豊かなんてねぇ。
お金が豊かになるって、どうせ一部の人でしょう?

リビングのローテーブルの上に雑多に置かれたメイク道具をほじくり出し
バタバタとメイクを仕上げる。

明日は母の日。
今日明日は、1年で一番の繁忙日。

「うわ、ギリギリ、もう行こ!」

ばら撒かれたメイク道具はそのまま。
誰もいない部屋を後に
勢いよく玄関の扉を閉める。


図書カードと花



「いらっしゃいませー」
「ありがとうございましたー」
「鉢植えを2個、ラッピングですね」
「花束はどのような組み合わせにいたしましょうか?」


ひたすらに、喋る、挨拶、喋る、挨拶。
水も飲めないこの忙しさに倒れないよう
唾液を搾り出して口の中を潤すのに精一杯。

子どもはお母さんにだろうか。
パパやおばあちゃんらしき人と一緒に選んでいる。

婚期も逃し、子どももいない。
私が母になることはないんだと思うと
毎年この日は胸が痛む。

この職場を選んで初めての母の日は
「お母さん」という存在が、自分にのしかかってきてすごく重たい。
子なしに母の日の花屋はだいぶキツい。

辞めたろうかな、
立ち仕事も身体に響く年頃だし。

時計が16時を回って
少し客足が落ち着いてきた。

「ちょっとお手洗い行ってくるわ、」
「はーい!」

店長を見送り、ふぅっと一息つく。
ここから夕方のピークがくるな。
私も次、お手洗い行っとこう。

ふと店内を見回すと、きょうだいだろうか、
小さな女の子と男の子が、子どもだけで居た。

財布片手に花を見ている。
お母さんへのプレゼントかな、

ふっと口元が緩む。
子なしだけど、子どもは嫌いじゃないから。

花と値札を見ながら、じっくり悩んでいる。
よく見ると、花を吟味しているのはお姉ちゃんらしき子だけで
弟らしき子はただ付き添いにきたような感じでなんだか退屈そう(笑)

さっきまでの人の多さが嘘みたいに
私と、きょうだいとで、閑散としたこの空間にいるのがなんだか不思議だ。

「これにしよっかな」
「これにするわ!」

意外と大きな声で言葉を発する女の子。
決めたようでこちらに向かって歩いてきた。

「これ…ください」

差し出されたカーネーション1本と
さっきより小さな声。

恥ずかしがり屋さんなのかな。
そのギャップも可愛い。

「はい、ありがとう、
200円になります」

すると、
財布を開けた女の子が何やら固まっている。

ん?
どうした?
お金がないのかな?

小銭入れのチャックを開けたり
お札入れを深くのぞきこんでみたり・・・

思わず最悪の事態を想定する私。
お金なかったら?
いや、でもせっかく吟味して選んだお花を買わせてあげたい・・・

すると
女の子がおずおずと
財布の中から何かを差し出した。

ピーターラビットの絵と
1000円と書かれた薄いカード。

花屋で見慣れないそれは、
あぁ、図書カードか?

・・・
当たり。

「あ〜・・・このカードはね・・・」

いや、
待て、
どうする?

これは断っていいのか?
この子はおそらくお金を持っていない。
ここで断ったら、せっかく選んだお花が買えない。
でも、図書カードじゃあ花は買えない。
いや、しかし私が代わりに買ってあげるのはおかしいだろう、
タダであげる?
いやいやそれは売上合わなくてダメでしょう、
どうする?どうする?
どうする????


・・・


「直感に従ってください!」


・・・!!


今朝きいたインスタの人の声が
脳内に響いた。

直感に・・・

直感?
最初思ったこと?

なんだっけ。私が最初に抱いた思いは・・・


「買わせてあげたい」


いや、でも、
いや〜、お金持ってないし・・・


「直感の後は全部言い訳!!」

何?待って?!
インスタの人の言葉がまたも鳴り響く。


これ、言い訳?

いや、えぇーーー?!

店長いないよ?
自分の思いに従うなら、今しかないよ!!!

自分の中の、よくわからない誰かが
腹にぐっと力を入れた気がした。

あぁ、
私のお金と、図書カードを交換すれば
何も問題はないか!

「はい、1,000円お預かりしたので
800円のお返しです」

図書カードをポケットに入れ
レジからお釣りのお金を取り出した。

さっきまでうつろだった女の子の顔が
ぱぁっと明るくなったのを感じた。

「ありがとうございます、」

小さな声と共に
嬉しそうにお店を出ていく女の子。
何もわかっていなさそうな男の子は後からついていく。


あぁ、

目の奥があつくなった。
女の子はきっと、お母さんにお花を渡せるんだね。
ありがとうって喜んでもらえるね。

一瞬で頭の中で想像できたよ。

こちらこそ、ありがとうだ。

「すみませーん!」

「あ、はいー!」

気づけばまた、店内は客でごった返していた。
さっきまでの静寂がうそだったかのように。


あれ?

もしかしてこれが、
あのインスタの人が言っていた
「豊か」ってものなのかな。

それに気づかせるための
束の間の静寂の空間。


いや、そんなはずはね。

そう思いながらレジへ向かう私の口元は
確実に緩んでいた。


豊かさを、ありがとう。

ありがとう。母の日の花屋さん。

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