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特別定額給付金と預貯金の関係について考える

麻生太郎副総理兼財務大臣が新型コロナウイルス対策で配られた一律10万円の「特別定額給付金」の多くは貯金に回り、景気浮揚効果は限定的だったとの認識を示したことが物議を醸しているようです(麻生氏「10万円は貯金に」 共同通信)

怒りに身を震わせる前に麻生大臣の発言がどの程度事実に基づくのか見てみましょう。

一般社団法人全国銀行協会のウェブサイトに掲載されている統計情報によると 銀行(都市銀行、地方銀行、信託銀行の計、ゆうちょ銀、信金、農協等は含まれない。)の総預金残高は2020年4月末794兆円、6月末821兆円、8月末826兆円です。コロナ禍において預金が増えていることは間違いないようですがこれは個人だけでなく法人や地方公共団体等の預金も含まれるので特別定額給付金によって増えたのかどうかは分かりません。

そこで日本銀行のデータベースから銀行の個人普通預金の残高を見てみましょう。日銀統計における銀行の定義は全銀協と同じです。2020年4月末308兆円、6月末321兆円、8月末325兆円です。なお定期預金にはあまり変化がないようです。4月末と6月末の間に約13兆円増えてますが特別定額給付金の予算が約13兆円なので全くそのまま増えて、その後減るどころか8月にかけても少し増え続けているのです。この数字に含まれないゆうちょ銀や信金等でも特別定額給付金は受け取れたはずなので日本の個人の普通預金や貯金の総額はコロナ禍において特別定額給付金の支給額総以上に増えているのではないかと思われます。
【追記】個人普通預金の残高は10月までは増えつづけて327兆円となった後、11月は326兆円と微減しました。これは第3派到来前は各種Go Toキャンペーンの成果もあり消費がかなり回復していたのに冬のボーナスは平均的にみて減少したことによる影響ではないかとも思われますが、いずれにせよ給付金を一時的に貯めて徐々に使っているというような様子は全体の動向としては見受けられません。

ここまでの数字をみると麻生大臣の発言はファクトとしては間違っていないようです。しかし増えた預金は本当に特別定額給付金の分なのでしょうか。

総務省が2020年10月9日に公表した最新の家計調査月次結果によると二人以上世帯の消費支出の減少率と実収入の動きに乖離があります。消費は1割弱の落ち込みを示しているのに実収入は数パーセント増えているのです。

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収入は多少とも増えているのに消費は落ち込んでいるならその差額により特別定額給付金があってもなくても当然のように貯蓄が増えるのではないかという予想も出てきます。そこで家計調査の四半期調査から家計の貯蓄額の変化を見てみます。2020年1-3期と4-6月期の統計結果が公表されており二人以上世帯のデータを比較すると1-3月期の通貨性預貯金(銀行等の普通預金と郵便貯金の合計)は513万円、定期性預貯金(銀行等の定期預金と郵便貯金の合計)は604万円となっており、4-6月期の通貨性預貯金は540万円、定期性預貯金は591万円となっています。7月以降の統計はまだ公表されていません。

家計調査では普通預金等は27万円増えており定期預金等が13万円減っています。これは定額給付金が待ちきれずに定期を取り崩してしまった人が一部いるということなのか解釈はちょっとわかりません。日銀のデータベースをみると日本全体で銀行に預けられた定期預金が総額として減っているという事実はないようです(増えてもいないです)。

日銀統計は全銀行の総計をとるので間違いはありません。それによれば個人の預金の総額が特別定額給付金総額+αだけ増えたことは疑いようがない事実です。他方サンプル調査である家計調査でも6月までに銀行やゆうちょ銀への預貯金総額は差し引き14万円増えています。そうであれば日銀統計と家計調査との矛盾もないので麻生大臣の言ったとおりのことが事実だということになるのでしょうか。

しかし、家計調査には二人以上世帯について全体平均と勤労世帯の2区分の集計があります。先ほどの数値は全体平均です。勤労世帯に限ると1-3月期の通貨性預貯金は448万円、定期性預貯金は405万円、4-6月期の通貨性預貯金は463万円、定期性預貯金は381万円となっており定期の取り崩し額の方が大きいため結果として銀行やゆうちょへの預貯金総額が減少しているのです。

家計調査には全国の世帯数に対して標本数が少なく、値が歪んでいるのではないかとの指摘がありますし、日銀統計では定期預金が減っているという事実はみられません。このため家計調査の結果から確定的なことを言うのは現時点では難しいです。しかし消費を過度に控えた家庭とそうでない家庭、貯金を増やした家庭とそうでない家庭の平均値が家計調査の結果になることを考えると全家庭が一律に特別定額給付金を貯金したわけではなく、特別定額給付金を使った家庭もあれば、使わず貯金したどころか消費を抑えて節約した分、特別定額給付金以上に預貯金を増やした家庭もあるということです。

そして二人以上世帯全体平均と勤労世帯の平均の違いをみれば勤労世帯は定額給付金以上に消費した傾向があり、年金暮らしの高齢世帯は定額給付金以上に貯蓄を増やした傾向があるようです。

こうしてみると全国民一律に10万円給付するという政策が結果として貯蓄率を高め経済対策としては効率が悪かったという事実は否めないようです。ただし困窮世帯に限ってしか支給しないというのではこれもまた経済対策としては不十分でしょう。

こういうことを言うと冷たいと思われるかもしれませんがデータで見る限りコロナ下でも減ることのない年金をそれなりの額受け取っている高齢世帯や高所得世帯に関しては特別定額給付金の対象から外した方が経済対策としての効率は良かったと思われるのです。

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