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BTSジンくんの何にそんなに感動するのか

BTSの最年長者、
ジンくんことキム・ソクジンくん。
パクチーが彼のことを一言で表すとしたら、

自分自身のイメージを投げ捨て、
イケメンキャラを完全に引き受けた男。

もーね!
これだけでもかっこいいよ!

誰しも、アイドルに限らず
そこのあなた、あなた、
「こう見られたい…」
「こう見せたい…」
というこだわりはもちろんありますよね。

その個人的なこだわりを捨てて、他人(つまりスタイリストさんとかプロデューサーさんとか)に任せてしまえるって、結構な心の強さが無いとできないよなあと思います。


デビューの頃のジンくん

デビュー頃のジンくんは、事務所に設定された、

「やや寡黙、クールでキザなイメケン」

枠を、を努めて誠実に演じようとしているように見えた。(事務所にキャラ作りを指定されていたことについては、2018年のBTS FESTA防弾屋根裏を参照。)

しかし持ち前の品の良い動きがHip-Hopの若者らしくなかったことと、他のメンバーに比べても体が反射的に動くパーソナリティじゃなかったがゆえに、

「動きの変な人」

という、隠しきれないギャップでカッコよくなりきれず、容赦無く後輩達にいじられるという、なかなか心の折れそうな役所であった。

それでもイケメンキャラを保ち続けている姿勢は、
「会社の言っていることだから」
「自分はもう子供じゃない、社会人なのだ」
という、「社会人かくあるべし!」という彼の覚悟を見ているような気がして、意志の強さと、「本当にいい子だ……」という、おそらく会社側が狙ったものとは違う感覚を感じさせるものであった。

そのジンくんが、
ある頃から
2枚目イケメンを脱ぎ捨てて、
「寡黙」と「クール」の
真逆の方向で開花していく。

そのきっかけについて、2018年のFESTAでは「FIRE」の MVで金髪にしたことを上げているが、パクチー的には、その下地はジンくんが自分で発明したコンテンツ、「Eat Jin」にあるように思う。


偉大な発明 「Eat Jin」

わりあい初期の頃から、ジンくんは、ただ自分が何かを食べている動画、「Eat Jin」というコンテンツを始める。
この、誰に求められたわけでもなく、自分からこのコーナーを自主的に始めたことに、ジンくんの心の叫びを感じる。

「食べる」という行為には、
人の本質が現れるのである…!
「食べる」という行為には、
嘘で隠せない要素が見えてしまうのである…!!!

他のメンバーがのびのびと振舞っているところに、彼は会社に与えられた役割があって、ふっとした思いつきや動きが、会社の指定されたキャラに合っているのか?と判断しなければならない時、そこに一瞬の迷いが生じる。

自分だけ、自分でないものを演じているフラストレーション。
判断する時間が動きをより不自然にさせてしまうフラストレーション。

ジンくんは、自分で言うところの「大好きな食べること」を通して、等身大の彼自身である、演じていない嘘のない姿を、少しずつ少しずつカメラの前にさらしていくのである…!

始めはただ、単純に、もくもくと食べる。
そこから、回を経ながら、美味しい時の美味しさ、食べる喜びを、彼の心に生じるエネルギーを、そのまま表現し始める。

そう、食べている時、人は嘘をつくのは難しい。

彼は、会社の指示を無視するのでなく、全力でやりきり、その上で自分の本当にありたい姿を会社やファンに、もっとも自然な手段で少しずつ提案し続けたのである。

今のジンくんの姿は、
子供っぽいいたずらもし、冗談も言い、ひょうきんでもあり、ユーモアもあり、全身で大笑いし、笑われ役をもこなす。

かつ、
寡黙さもあり
最高にクールで、
キザに決めればこれ以上なく最高にキザに決めてくれて、
誰がなんと言おうと、ワールドワイドのイケメンである。

つまり、会社の要求に全て応えながら、プラスアルファの要素を足して、完璧に新しいモデルを確立したのである。

本当はジンくんは、キザもイケメンもそんなにやりたいと思っていないと思う。
だけど、そこをこれでもかってくらいに「キザなイケメン」に振り切ってパフォーマンスしてくれる瞬間、それは自分のエゴを振り捨てて、社会人としてその役割を深い覚悟で引き受けた、完全なる彼の愛あるサービスなのだ。

社会人、かくあるべし…。


一貫している彼のテーマ

彼がファンに言い続けているのは、

「あなたが美しいということを知って」

ということに尽きる。自己愛、自己肯定感、Love yourself、色んな言葉、表現、媒体はさまざまでも、彼がファンに対して伝えていることは、つまり、

「自分を愛する」

ということです。

ジンくんが会社の提示したキャラと本来の自分にギャップを感じながらも、そこで思考停止せずに新しい形へと進化した原動力には、「本当の自分の部分も人に愛される価値がある」と、頭でなくとも、心の深いところで理解していたからではないか。彼は、「もっと自分が仕事を楽しんでやりたい」と思っているように見えたし、それは本当の自分の部分が出てきてこそ感じられる感情だ。

彼が知っていたこと、
=「あなたには価値がある」

彼のその理解が全てを変えたし、それが全てを今のようにした。アイドルとしての資質があるかどうか、ダンスも、歌も、何もかもが年下にひけを取っている状態で、どんなにステージを繰り返しても、常に他のメンバーは先を走っていて、当然ずっと深い深い不安があっただろう。

「何だったらできるか」

それを問うたら、

諦めないこと。
努力すること。
続けること。

孤独な道のりです。支えは「それでも自分はやる」という決意が放つ、淡い光のみです。このシンプルな継続は、実際にはとても苦しく、難しい。

パクチーを含め普通わたしたちは、周りを見れば、劣等感や、ライバル心や、嫉妬、「こいつに負けたくない」「こいつに勝ちたい」という外側の動機が湧くことは日常多々あります。また、「このやり方でいいのかな」「これを続ける自分に本当に未来はあるだろうか」、今自分がしている努力の方法や価値について、不安が湧くことだって常々日常的に起こるでしょう。

でもそこにはフォーカスせず、外側に動機を置かず、見返りを求めず、ゴールを設定せず、ただ、自分を高める為に時間を使い続ける。

もし、そこにファンの声が聞こえたなら、きっと努力した自分と、苦労の多い時間を癒してくれたでしょう。めげそうな時、顔を上げるのを後押しする力になるでしょう。

だから、自分に愛を向けながら、目的なく、何者かになれる希望を持ちながら努力を続ける時、それが連れて行ってくれる到達点をジンくんは知っている。どれだけのことを可能にするか。

そして、それは誰もが、みんなが、潜在的に持っている力なのです。

特別な能力のない、何者でもない自分を許して、
目に見える成果を出していない自分を許して、
誰のことも打ち負かせない自分を許して、
それでも明日を生きたいと思う自分を愛して、
自分が、より良くなりたいと思うことを、諦めないこと。

自分を肯定し続けることが出来さえすれば、
みんなに、力があって、
それを可能にするみんなの魂は、
それぞれが光り輝く宝石のように美しく見える。
どうか、そのことを知って、
続けて、
あなたにしかなれない、あなたになる力。
誰が理解してくれなくても、僕はそのことをサポートする。

パクチーには、彼のファンに対するメッセージは、いつもそういう風に聞こえます。

今やジンくんは、ジンくんにしかなれないものになりましたよね…。
歌。
あの安定感と半端ない再現力はメンバーピカイチではないでしょうか。
決してブレない。
踊りながらでも十二分に、
正確に美しく歌うだけでなく
その曲の世界観を声質で表現している。
本当にめっちゃ努力したのだと思わせる、
磨き上げられた、超カッコよく成立したシルバーボイス(地声の高音)。

ダンスだって、驚かされるような、はっとするかっこいい瞬間を表現するようになって、どのジャンルでもなかったジンくんの踊りが、「ジンくん」というジャンルで洗練されつつある…!

という、諦めないことが成せる一つの到達点を、
ジンくんはいつも、わたし達に力強く見せてくれています。

ここは、まるでShip…?

そして2020年アルバム「BE」のコンセプトフォト。

ジンくんが自分でキュレートした部屋を見て、パクチーは驚きました…。

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まるで、宇宙に浮かぶ、宇宙船の中のようだと思って…。
ああ、この人本当に精神レベルが高いんだ…と…。

心の中の中心の部分に、ジンくんは誰にも侵されないこういうきれいな場所があるんだ、本当に純度高くピュアな、エネルギーの満ちた空間を持ってるんだなあ、と、パクチーは芯から思いました。

起きてる時間ずっとゲームをしたり、努力を見られたくないと思ったり、傷ついたことを知られたくないと思ったり、それは肉体が行なっている部分というか、意識の部分で、体がある以上色々な要素があります。疲労や疲れや雑事もありますよね。ええ、あります。

で、その中心にここがあるんだと。

ジンくんが、自分に諦めず、自分に期待し続けたこと。
ファン達が膨大なエネルギーを送ったこと。
愛が自分に与えた影響のこと。
何が返せるか、それが本質的には愛だけだということ。

それら全てのことが、ジンくんがもともと持っていたものを、こんなにきれいな部屋のように成長させたんだな。
ARMYたちに向けて発している愛やメッセージはここから出ているんだな、と。


ジンくん…サランヘヨ!!




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