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N市在住 S江雪子

万引きなんてしたことがないから、今回の参加は見送ろうかと思っていた。でも、五百円が欲しい。無職の五百円が欲しい。
実際に万引してみたら、何かヒントが得られるかもしれない。
私は、万引きをはじめた。

一か月前。

昨夜の残りのカレーを温めるだけの晩ご飯。あとはキュウリとゆで玉子でOK。夕方が退屈だ。康太は自転車に乗り、河川敷のグランドへサッカーのスポ少に行った。由衣はダイニングテーブルで大人しく宿題をしている。算数ドリル。マサオくんは、ひとつ二円のガムを三個買いました。全部でいくらになりますか。ひとつ二円のガムとか、いつの時代?

充電器に繋がっているスマホを見ると、九十八パーセントまでいっている。コードを抜かないと。夫は百パーセントまで充電するなと言う。スマホのバッテリーが痛むらしい。私にはよく理解できない。
note、書くようになったきっかけはなんとなくだけれど、投稿して、スキしてもらうのは嬉しい。昨日は十五個、今日は今二十個。明日は、明後日は。

はあ、この世は数字にあふれている。

シャニカマさんが投稿してる。
シャニカマさん。斜に構えるからシャニカマさん。
なになに?逆ギレ王決定戦?
「万引き主婦として逆ギレをしてください」

あれから何度も万引きをして、今では万引きの魅力を百四十字にまとめろと言われたらまとめられるくらいになった。

今日は何をこのバッグに。

この前、夫に万引きがバレた。私が盗むのを見つけた店長が夫に連絡したのだ。夫は仕事を抜け、スーパーに駆けつけた。
「本当にすみません」
「これで二回目なんですよ、お宅の奥さん」
「申し訳ありません」
夫がひたすら頭を下げる。
「今回はこれね」
店長が机の上の箱を持つ。
育毛剤。
「あなたが、欲しがってたから」
椅子に座る私は、夫を見上げて言う。
「だからって、万引きしろとは言ってないだろ」
夫は怒っている。
「とにかく、まあ今回までは多めに見ますよ」
店長は許してくれた。
夫がまた頭を下げたから、夫の頭頂部が目の前にきた。薄い髪の毛の隙間から、汗で光った地肌がのぞいた。

「もう絶対にやめろよ」
帰りの車の中で、夫が言った。
「はい」
「これが周りに知られたら、俺の仕事にも関わるし、この街にも住んでられないだろう」
夫は私を家に降ろすと、また職場へ向かった。

買い取った育毛剤を握りしめ、もうしないと約束したのに、私は今日も、万引きをしようとしている。

この、百二十円、税込みだと百二十九円のサバ缶。これがこの棚から、私のバッグの中へ入る。そのルートが、輝く金色の帯の様相をしているのはどうして?
家を建てた時、康太はまだ幼稚園で、由衣はお腹の中だった。ここに家ができるんだぞと、夫が言うと、康太は目の前の空き地の中を駆け回った。私は笑っていて、夕日の色は……。

誰かが私の二の腕を掴む。
「奥さん、今日という今日は、警察に通報させてもらうよ」
声の主は、スーパーの店長だ。男の人の力って、強い。ああ、何もかも面倒くさいな。

「全部、シャニカマのせいです!」

【note非公式企画】逆ギレ王決定戦を開催します。|SHANIKAMA(シャニカマ) @SHANIKAMA_hrkt|note(ノート)https://note.mu/shanikama/n/nfdb49198f3c2

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