能田町交番、状況番号00

 夕闇差し迫り、しとしと雨の降る晩秋のある日。
 能田町のだちょう交番の脇に停まったカブから白菜と葱を抱えて降りた、透明カッパ姿の中川巡査長は、三分ないうちに慌てて交番から出てきて、再びカブに跨がった。襟元の警察無線に向かって喋りかける。
「能田町よりPS。PM3出発、能田のだ神社まで十分で到着見込み」
『PSより能田町交番PM3、00により神社の井戸にて男性発見。男性氏名は人見信也、発見時生存。宮司の軽トラで引き上げる予定だが、出払っており観音辻の渋滞もあり二時間かかる想定。PSから応援二名向かう』
「PM3了解」
 カブにキック一発、中川は車通りの切れ目を待って出発した。
 現場の能田神社に一番近いのが、神社の山の麓から住宅街側にある能田町交番である。
 PS即ち所轄警察署は現場から車で三十分弱の場所にあり、現場で家の者が呼び戻したと思しき軽トラは署の反対側の四十分かかる場所にあり、この間にある帰宅時間の渋滞に巻かれて到着が二時間後になると思われた。
 00。状況不明、或いは不明察。所轄毎に定められる状況番号は、事件の現状を伝えるため存在する。所轄の定めた番号00は、因果がまるで分からない事態を示唆するものだ。滅多にないが、市内一円にごく稀にある。
 中川は、呪いの状況番号などと前任者から冗談交じりに引き継いだ。
 個人的に能田町交番で一番起きて欲しくない状況だった。
 カブは甲高いエンジン音を発して、能田神社のある山に車が入るための舗装された坂を上り始めた。神社に近づくにつれ、明るい光が紅葉の合間からちらちら瞬いた。
 鳥居の脇の自転車置き場にカブを停め、鳥居をくぐって井戸まで走ると、井戸の中を工事用LED照明で照らして覗き込んで声をかけている男がひとりいた。
 社務所の裏から、若い男が自動車の牽引用ロープを持って走ってきた。
 中川はそれを見て、慌ててカブを取りに戻った。

【続く】

(軽い気持ちで投げ銭をお勧めします。おいしいコーヒーをありがとう)