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【叔父の遺言】

 マットカラーステルス塗装を施された、角張った平たく巨大な島の上で、骨董品の猫配膳ロボットは掠れた声で笑った。腹部最下段に置かれたダイヤル式ラジオから聞こえる合成音声は、来訪者の有無を気にしていた。
 猫配膳ロボットは、かわいい笑顔グラフィックをモニタに浮かべ、低く悪そうな男の声をあげた。
「来なきゃ国庫に入って、設備が死んだ頃にオークションに出るだけよ。どこぞの金持ちあたりが買うんだろうさ、俺の腐った死体つきで」
『それも困りますね…』
「冗談だよ。俺は一応まだ生きてるからな。甥が来なけりゃ全部反故にしてこのネコチャンで復帰する猶予がある」
『えっ、人間で復帰じゃないの』
「二足歩行の外面が必要か? 端末がかわいすぎて上司が気絶すんならさせたら」
 ラジオの奥で、いやあともええともつかない困り声が上がった。ぼくが上司です、と声は呟き話を変えた。
『甥っ子さん学生さんでしょ。社長業できるの』
「できないから教えるんだよ。出来はいいんだ。ところでお前、俺のこと本当に早めにボケた挙げ句に早く死んだ人で片づけるの?」
『ええ。無力に死んどけば、法以外は追及もし辛いので』
 猫配膳ロボットは、ラジオを否定しなかった。
 二台は、しばらく無言で海の向こうを眺めていたが、やがてラジオから声が上がった。
『来ましたね。本当に太鼓叩かせるの?』
「叩いて貰わなきゃ困る。あの遺言を真に受けなきゃ、渡す物なんざ何もねえ」
『何考えて…』
「ニャン?」
『何でもありません。戻りましょう。事が終わったら出迎えるんでしょ』
「まあな。人工落雷しくじったら、救急頼んだぜ」
 ラジオがハイハイと音を立てる。猫配膳ロボットはまわれ右をし、背後にぽっかり空いたスロープ穴へ進んだ。
『落ちないでくださいね』
「落ちな……あ」
 骨董品の猫配膳ロボットは、滑り止めをなめた底面ゴムキャスターを滑らせ、結構なスピードでスロープを滑降していった。

【つづく】



(軽い気持ちで投げ銭をお勧めします。おいしいコーヒーをありがとう)