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文学部に行くべきか悩んでいる方へ

── こんばんは。大学進学を志す高校生にとって、学校選びと同じくらい重要な意味を持つ学部選び。しかし文系の学生のなかには、「文学部っておもしろそうだけど就職に不利なイメージがあるし、志していいものだろうか……」と迷っている方もいるのではないでしょうか。そこで今回は、2021年をもって北海道の国立大学の文学部を卒業し、現在都内で冴えない会社員をやっている褐色矮星さんに文学部の魅力を語ってもらうべく来てもらいました。よろしくお願いします。

褐色: よろしくお願いします。

── 魅力について聞いていくその前に確認したいのですが、「文学部は就職に不利」という噂、実際のところはどうなんですか?

褐色: 大筋でその通りだと思いますね。

── えっ?

文学部は就職に不利?

褐色: といっても、文系の(少なくとも学部卒の)就活においては所属学部なんて関係ないに等しいので、文学部生であることを理由に足切りされるといった形式的な不利があるわけではないんですけどね。

── ですよね。学部を問わずに募集している企業がほとんどだし……あれですか、書類選考や面接のときに不利になるとか?

褐色: それもないと思いますよ。企業の採用担当に大学で学んだ内容を評価することなんて不可能ですから、問われるとしても「学生時代に力を入れた活動」という広い括りでじゃないですか。「経済学のゼミでワークショップで〇〇」といった、いかにも「実践的」な経験があれば語ってもいいと思いますけど、学問に限らず、サークル活動や留学経験の例を持ち出してもいいわけですよね。肝要なのは「端的なわかりやすさ」であって、その要件を満たすなら学業以外のエピソードを使えばいいし、逆に言えば文学部にかかわるエピソードを選んでもいいわけです。

── ほーん……
それじゃ一体、文学部のなにがどう不利だって言うんです?

就職に不利な「環境的要因」

褐色: Wikipediaによると、大学で哲学を専攻しようとしたフランツ・カフカは、父親から「失業者志望」と冷笑されたらしいですね[要出典]。つまりそれくらい、「文学部は実学じゃないから就職できない」式の言説というのは漠然としつつも根強いわけですよ。

── はあ。

褐色: すると当然、入学の時点で「その先」を見据えている人たちは、積極的に文学部を選択することはないわけです。あえて危ない噂のほうに近寄る必要はないわけですからね。逆に、そうした不穏な噂を耳にしつつも、好奇心の方が優先してしまった人々が文学部には集まる傾向があります。ここで一種の「選別」が発生するんです。

── なんかそういうデータとかあるんですか?

褐色: ナラティブだと思って聞いてください。そうした打算とは距離を置いた面々ばかりが集まるとどうなるか。楽しい研究生活もそこそこに、就活に邁進する人なんていたとしても少数です。そうしている間にも「より先を見据えた」集団の人たちは、やれ長期インターンにOB訪問と、その先の準備に走り出しているわけです。当然、そういった人たちの群れにいれば、相乗効果でより就職が近づくかもしれないし、少なくとも大学生全体の中で遅れを取るようなことにはなりにくいでしょう。文学部はその逆で、流れに身を任せていたらいつの間にか後塵を拝していたなんてこともあり得ます。

── つまり、文学部とその他の文系学部との間では、自然と就活に積極的になれるかどうかの「環境」に少なからぬ差があるというわけですか?

褐色: そうです。もちろんあくまで環境の話なので、誰しもに当てはまるというわけではありません。屈強な精神の持ち主であれば、いかなる環境であっても巧みに就職するでしょう。ただし一般論に徹すれば、そうした周囲の環境の作用を無視することは難しいと思います。

── わかりました。ただ一応指摘させてもらうと、褐色矮星さんは文学部の卒業生であって、他の学部に属したことはないわけですから、そこまできちんとした比較をしたわけではないですよね。

褐色: それはその通りです。ただ実は僕がいた文学部は、いわゆる人文系の研究室と、社会学や心理学、地域科学といった人間科学の研究室とが併存していて、数理的なデータを扱う後者の方が比較的、就職に有利なイメージがあったんですね。するとやっぱり、就活に前向きな人が後者に集まりやすい傾向にあります。なかでも最大手は地域科学の研究室だったのですが、学部生の研究室にSPI(企業に課せられるペーパーテストのようなもの)の対策本が置かれ、共有されるといったことが普通に行われていたそうです。これは自分にとって軽いカルチャーショックでした。僕が所属していた文化人類学や、勝手にお邪魔したことのある宗教学・インド哲学などの研究室には、アイヌ語辞典や佛教大辞典はあっても、就活の対策本はなかったですからね。そして僕自身、そうした対策本を本屋で立ち読みしたことはありますが、しっかりと対策することはついぞありませんでした。

── なるほど……最後のは論外だとしても、そこまで研究の場に就活が浸潤した環境にいるのとそうでないのとでは、就活の行く末も変わってくるかもしれませんね……

褐色: 世にも醜い言葉に、「就活は情報戦」というものがあります。早くから情報を得たものが利する──そうなると環境が多分に関係してくることは想像できると思います。東京の某私学の法学部に至っては、今や「早くから長期インターンを経験するのが当然」と言わんばかりの空気感になっているようです。自分の周りには長期インターンなどやっている人は皆無でした。もっとも、これは地域差もかなり影響していると思いますが……

── そんなに目に見える差があるんですね……わかりました。でも、環境という確かな、しかし漠然とした一般論だけで「不利」だなんて言うわけじゃないですよね?

褐色: ええ。付け加えるならば、文学部の学問そのものが就活を難しくする要因になり得るのではないか、そう思っています。

人文系の学問とは

── あなた、冒頭で「学問の内容は就活には関係しない」と散々のたまってましたけども。

褐色: 選考の制度的にはその通りなんですけど、それ以前の問題として、文学部は多かれ少なかれ、すんなり就職に向かうことを難しくしてしまう学部だと思うんです。

── というと?

褐色: 人文学って、問いの深さが他の文系学部と異なる気がしませんか。たとえば「殺人」について扱うとき、諸外国の刑法ではどう扱われているかなど、まずは「事例」を引き合いに検討するのが法学部的なやり方だと思うのですが、文学部のたとえば倫理学なら、そもそもなぜ人を殺してはいけないのか、善とは、悪とは、そんなところまで一気に議論が及びます。「そもそも」といった土台のところまで簡単に掘り起こすのが人文学なんです。

── なるほど。まあ法学にも色々あるわけですから、一括りに論ずるのがどこまで適切かはわかりませんがね。

褐色: それはそうです。ただ以前、京都大の法学部の友人と倫理的相対主義について議論したことがあるのですが、法律の事例や、その法律を運用した場合にどうなるかといった具体的・実際的な議論をしたがる友人と、そういった法の拠り所となる「善悪」といった「そもそも」について論じたい自分とで話が噛み合わず、苦労した経験があります。これはどちらが正しいとかではなくて、思考のレイヤーが異なるという話なんです。

── なるほど。すると就活にどんな不都合があるんです?

褐色: そうした根源的な問い直しを繰り返していると、その累が次第に自分にまで及んでくるんです。あらゆるものを問い直し、相対化しているうちに、自分が何を信じてどうすればいいのか、確信が持てなくなってくる。

── ちょっと大袈裟じゃないですか?

褐色: それで僕も実際悲鳴をあげて、ある日西洋哲学の授業のコメントペーパーに「固定観念を解体していった結果、自分の中に確固たる指針のようなものがなくなり、生きづらさを感じている」って書いて出したんです。そしたら……

── そしたら?

褐色: 次の授業の冒頭、教授がそれを読み上げた上で、「『確固たる指針のようなものがないと生きられない』という固定観念に囚われているのではないか」って返してきたんです。これはさすがだなと思うと同時に絶望しましたね。どこまでも問い続けるように宿命づけられているのが人文学なんだって……

── なんだか大変なことになってきましたね……

褐色: 一般的に、迷っている人というのはアクセルを踏み抜くことができないんです。洗脳やイデオロギーの押し付けに対する耐性・レジリエンスが身につく一方で、何かを疑わずに邁進するってことは難しくなっちゃうんですよね。

── でまさか、就活することが難しくなるのだと?

褐色: 多かれ少なかれそういう傾向はあると思います。どうしても「そもそも労働とは何か」「なんのために」などと考えちゃうし、諸外国の働き方を引き合いに日本の労働習慣を批判し始めるかもしれません。事例の比較は相対化の入り口としてはオーソドックスですからね。そんなことをしても一向に就職は近づかないのですが、「生産性」のない議論に寄り道し、白熱しがちです。人によっては「そもそも賃労働は悪なのでは?」という疑問に達するかもしれない。そうでなくても、価値観が多様化して就職が唯一無二の選択肢とは考えなくなって、他の道を検討し出すとか、そういうことはあり得ると思うんですよね。

── 「他の道」ってなんですか? 出家とか?

褐色: インド哲学専攻の友人曰く、就職と院進の他に「修行」の選択肢が出てくるらしいですよ。それはさておき、ちょっと昔話をさせていただくと、自分中学の頃に近所の学習塾に通いだしたのをきっかけに、少しでもいい高校に入ろうと思って勉強に励んで、県下一とされる公立高校に入学したんですよ。ただそこで、勉強・部活・行事に全ての時間を注ぐことを善とする校是に疑問を覚えちゃって……本や新聞を読むとか旅行するとか、大事なことって星の数ほどあるじゃないですかおそらく。そんな感じで価値観が多様化して、ついでに迷いが生じた結果流れに乗れなくなり、見事に浪人して北海道の文学部などに入って今に至ります。ようは人間、迷い出すと馬力が下がるんです。

── なるほど……つまり褐色矮星さんは入るべくして文学部に入り、道に迷うべくして迷った結果、就職にも苦労し、こうして意味不明な一人座談会などを催しているわけですね。

褐色: 文学部で色々と先鋭化された結果、就活につきものの服装にまつわる陋習とかジェンダー不平等とかにいちいち突っかかって、無駄にリソースを消耗していたこともありましたからね……明らかに本道を見失っています。

── 結論としては、文学部でちゃんと学べば学ぶほど、「いい大学からいい会社へ」という既定路線に対する迷いが生じ、余計なことを考えて逸脱しがちだから就職には不利って、そういうことですか?

褐色: そういうことです。

文学部生の受難、今もなお

褐色: だいいち、七転八倒の末に就職した今もなお、文学部生って就労に向いてないなあって思いますからね……

── なんですか突然?

褐色: これは文学部に限った話じゃないですけど、学問の世界って反権威的でしょ。どこかの教授とか「目上」の人の論文にだって公然と批判したり反論するじゃないですか。「目上」だから正しいです、「はい、従います」とはならないでしょ。

── うーん、たしかに上位下達の企業組織とは相容れない世界ですよね……

褐色: おまけに文学部ってほら、実際上の問題を捨て置いて「真理」や「正しさ」を追求しようとするじゃないですか。だから平気で上司に楯突いたり、会社の利益に相反する主張をしたりしますからね。「残業させるな」とか「女性性を利用するな」とか。

── それは褐色矮星さんが特にひどいだけでは? ほかの文学部OB・OGはもっと器用にやっていると思いますよ。

褐色: 良くも悪くも、自分の身に不可逆的な変化(と苦難)をもたらすだけの学びが文学部にはあるということです。したがって、「文学部では何も身につかない」と言う人がたまにいますが、これは明確な誤りです。たしかに文学部で特定の「スキル」を身につけることはあまりないかもしれませんが、パソコンで言うところのOSそのもののアップデートを日々重ねています。当然、OSは自身の思考を司るそのものですから、アップデートの効果は学問や仕事だけではなく、生活そのもの、生き方そのものにまで及びます。だから生きていく上ではきっと、文学部での勉強は「役に立つ」ものであると僕は思いますよ。

── 今のところ、いたずらに苦労しているだけのようにも見えますがね。

褐色: ここまで言ってきた内容も、裏を返せば文学部には学問に打ち込めるだけの環境、一緒に学ぶ仲間、世間の風波から離れたところでじっくり思考を深められるだけの時間があるということです。そしてそこで得たものは一生の財産になります。迷っている方はぜひ、文学部の門を叩いてみましょう。
……といった感じで、文学部の魅力を語ってみましたが。

── ……、あくまで一卒業生の感想ということにはなりますが、みなさんぜひ参考にしてみてください。

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