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BROOM 2020

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#ショートショート

ある伯爵の手簡

                             イグチミワ  とろりと溶かされた赤の蝋に、立派な家紋の印璽が見事だ。この封蝋が施された手紙を受け取ることになろうとは、人生分からないものだと独りごちてみる。この国の者なら誰もが慄く、その家紋を背負いし人が、あの頃の私にはまだあどけない少年に見えた。ふつと湧いた感情のままに振る舞う。この世に生まれ出たときより定められた、その逃れられぬ地位に在ること以外は。今目に映る赤はまるで炎のようで、開けた瞬間に手紙ごと燃え尽きてし

夜を泳ぐ

                            織葉 黎旺  定期的に刻まれる心地よい揺れを身に感じながら車窓を眺める。といっても何が見える訳でもなく、そこには黒い闇がぽっかり浮かぶばかりだ。ほとんどの場合はむしろ、反射した車内の光景の方が映る。疲れ顔のサラリーマン、舟を漕ぐ老人、単語帳と睨めっこする女子高生、中には自分と同じような旅行客の姿もある。僕は何をするでもなく、ぼんやりとそれを見続けていた。することがないからというのも理由の一つではあったけど、何より車窓を

赤いゼラニウムが語る今

                              島式 凪   「前世って信じる? 」 「・・・・・・は? 」  マイが変な事を言うから、リビングの時間が止まってしまった。ぴったり2秒。止まっていたのは僕だったか。とにかく、あまりにも唐突なその質問は僕には全く理解が出来なかった。 「だーかーらっ! 前世! 」 「いや、え、何で? 何で突然? 」  突然。そうだ、本当に突然聞かれたんだ。因みに、その前は課題の話をしていた。数学の課題は難しくて、式の中に唐突に