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BROOM 2020

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2020年10月の記事一覧

ある伯爵の手簡

                             イグチミワ  とろりと溶かされた赤の蝋に、立派な家紋の印璽が見事だ。この封蝋が施された手紙を受け取ることになろうとは、人生分からないものだと独りごちてみる。この国の者なら誰もが慄く、その家紋を背負いし人が、あの頃の私にはまだあどけない少年に見えた。ふつと湧いた感情のままに振る舞う。この世に生まれ出たときより定められた、その逃れられぬ地位に在ること以外は。今目に映る赤はまるで炎のようで、開けた瞬間に手紙ごと燃え尽きてし

友情登竜門小話

                             屁理屈太郎  寒々しい朝に私は身を震わせた。布団は働きを放棄し、くしゃりと足元に丸まっているようであった。少しずつ昇るのが早くなった太陽の光は、部屋を照らしている。きらきらと白っぽい埃が光の筋に浮いている。 普段ならば、当たり前のように目が覚めないのに、水でも掛けられたようにすっきりとした寝起きだった。  壁にかけたブレザーを見た。緩んだボタンが太陽光に反射している。ふと、だらしなく着崩した奴を思い出す。続いて、今日

今への家路

                            ぱっしょん  システムボタンを長押しして、緊急脱出ボタンを三度押して、ハッチを開く。シムポッドから出ると、見慣れた平原が広がる。 「外は?」と一ノ瀬。 「いつも通り、失敗だ」 「サンプル取っておく?」 「そんな気にはならんな」  灰の平原、と呼ぶことにしているこの荒地は、白くまっさらで辺りを見渡しても何もない。はじめの方は地面のサンプルを取って成分分析にかけたりもしたが、めぼしい結果は出なかった。シムポッドの中が砂まみ

限りある今の過ごし方

                              人間 越 「誰もが等しく享受して消費しているのに、底が尽きないもの、なんだ?」 「……何だ、いきなり」  突然の問いかけ。声の方向に顔を向けると思わず顔をしかめた。  吹き込んだ風がカーテンを押し上げ、窓から注ぐ太陽の光が僕の顔目掛け押し寄せてきたのだ。 「うーわ、不機嫌そうな顔。そんなに私に話しかけられるのが嫌?」  そしてそんな僕の表情を見たらしい問いの主――唯原悠美は不満げな声を上げる。 「違うよ」  僕はそ

選択に惑え、原生生命

                                鏡遊    20××年 ×月××日  これより最優先研究対象、仮称名、フォーリナー・タイプサード(以降、タイプサードと呼称)の発見経緯及び、それに伴った特記事項の機関本部への報告を行う。尚、この報告書が今後公に出る可能性を踏まえ、セキュリティクリアランスレベル4情報管理規定に則り、対象の現在位置を特定させる情報、年月日、主要参加研究員名、セクター名は伏せるものとする。  発見経緯  20××年、×月××日、××

運命

                             今田 拓見 一  大東京、東京のどこかと申しませぬが、大金持ちの御夫妻がいたのであります。何をもって大金持ちといえるのかと申しますと、このご夫婦の家はとても大きい。四階建てのビルディングで、尚且つ、エレベーター付き。勤勉な旦那様に献身たる奥方。いやあ、とても羨ましい。  奥方はおっしゃった。 「あたくし、孫に会いたいわ」  旦那様はお答えになる。 「おお、そうか。」  それから以下のような会話が続きます。 「おおそ

                             小里大地 〈1〉  深夜帯、高速道路、いつまで続くか分からない一本道を訳も分からず走らせている。他に並走する車や前後を走る車、対向車等は全くと言っていいほど見当たらない。また、辺りに周囲を照らす電灯なども見当たらず、自身と極稀にすれ違う対向車(そのほとんどは大型トラックだった)のヘッドライトのみが自身の進む道を確証させる唯一の指針であった。  行先は分からない。この道がどこへ続いているのかも分からない。何もかもが分か

ループ

                              実瀬 純  サザエさんの愉快なエンディングが流れるのをじっとりとした目で眺めていると、思わずほのぼのとした音楽をかき消してしまうほどの深い溜息が漏れた。  深かった。俺のしなびた肺にまだこれだけの空気が残っていたかと思うくらいに続いた息を吐き尽くした頃には、サザエさんはもうパーの札を出して笑っていた。俺は拳を固く握りしめていた。敗けた。  俺は日曜日を愛している。曜日に色を付けるなら間違いなく黄金色。まさに煌く太陽

エリクサー

                              青田  白く、か細い少年の手が漆黒の器を取る。並々注がれた赤い液体に、青白い顔が映った。痩せ細ったその身体からは、生気を感じられない。それでも少年の瞳は、未来を見据えて輝く。世の中の不平等さに嫌気がさしていた。神を怨んだ。少年は躊躇うことなく、その液体を飲み干した。 「牡丹!!」  少女が扉を乱暴に開き、駆け込んでくる。少年は苦笑いを零した。 「千、そんなに慌ててどうしたの?」 「そりゃ慌てるでしょ! 病気が治っ

海辺の廃墟

                             高畑実奈  別に、飢餓で苦しんでいるわけじゃない。綺麗な水が飲めないわけでもないし、自由を拘束されているわけでもない。  それでも私は、どちらかと言えば不幸な人間だと思う。  昼休みのカフェテリア。中学部と高校部の生徒がごった返す中、どうにか窓際の四人席を見つけることができた。  しかし、ハルカとマナミは私の存在など忘れてしまった様子で、さっき買ったばかりの学食に手もつけず、楽しそうに話している。昨日放送された連続ド

うっけつだいありー その二

 唸る空調の音でロビーは満たされています。外気の寒さを駆逐しようと躍起なのでしょう。とはいえ春の足音が近づくのは事実ですので、外の気温は10℃手前と言ったところでしょうか。東京では寒い日になるのでしょうが、ここでは、そうでもない日になるでしょうね。  空気が淀むように感じたので、私は他の部員に荷物番を任せて席を立ちました。立ち上がった私にビバレッジコーナーの店員さんが軽く会釈してきます。まるで「お疲れ様」と言ってくださっているようでしたので、私は開いていたテクストを閉じ、シャ

刹那

                              修正線 「また会いに来てくださいね」  ネオン街の少し先、商店街のようにホテルが連なる一帯。その煌びやかな世界の片隅で若い女性の猫なで声が甘く響いた。その女性は先刻ホテルから共に出てきた男性の背中を見送ると、踵を返してこちらに向かってくる。それを確認して車のライトをつけると、彼女はお迎えありがとうございます、と車に乗り込んで微笑んだ。 「いつも凜ちゃんは礼儀正しいね、スタッフの中でも評判だよ」  彼女――凜ちゃんが

俺か僕

                              饅頭花子  ない。自分の番号がない。中学3年の3月、大樹は高校に落ちた。あんなに頑張ったのに。あんなに毎日夜遅くまで勉強したのに。なぜ、どうして、自分の受験番号が合格者として掲示板に張り出されていないのだろうか。大樹は人生で初めて挫折というものを味わった。  そして、第一志望に落ちた大樹は、滑り止めで受けていた高校に入学することになった。 * 俺  俺は第一志望の高校に落ちた。今は第二志望の私立高校に通ってい

Never,never,never,never,give up.

                               清水空 「お父さん、お帰りなさい!」  私のところに手を広げ、駆けてくるレディ。私は彼女をしっかりと両手で包み込んだ。  娘には寂しい思いをさせてきた。なんせ、私は軍人だったのだ。今までは少ししか家にいてやれなかった分、退役したこれからは、この子を長く見守ってやりたいと、肩を湿らせる娘を見つめ、改めて願った。  だが、この子はもう17歳だ。親が直接守ってやる時期はとうに過ぎてしまった。そう思うと親をやっていて一番