日記 03

 新しい服を着るのは気持ちいい。自分が選んだシルエット、自分が選んだ柄、自分が選んだ色、妥協と計算で描いた近似値でも案外バシッと気に入っちゃう。それは、新しい自分の発見でもある、なんて大それたことまで言うつもりはないけど。
 なぜか今日は殺人がいっぱいいっぱい起こっている気がする。その裏では、ちょっとした幸せなんかが積み立て式に少しづつ増えたりしているのだけれど、今この時からそれら全てが誰が振りまいたともつかない悪意の返済に費やされる気がする。
 でっけー夢を打ち立てなきゃな。俺はでっかくなんなきゃなって思う。そんなに高くない最高の服を着て、あんまり良くない言葉を吐いて、それなりに努力なんかしちゃって、いつか地獄に落ちるとして、それでも。
 悪い夢を見て初めて涙を流す。苦しさは全てここに置いていく。そんなんはなんでもねーんだ、こんなことばかり起こんだ、構わないでイージー・ゴー、容易く見つからないことも喜んで、言葉をすべて忘れたときにようやくわかる気がするから。

 あの大きな塔を見上げた時のことをちょっと思い出す。どこまでが空で、どこが頂点なのか、目眩がするほど遠くに見えても、俺が踏み鳴らした地上の十分の一にも満たないはずだ。せいぜい見下ろしてりゃあいーぜ。

"動かないバイクに乗ってトンネルの向こう走る幻を見てた こっそりと"

 その日、何もかもを手に入れて、何もかもを失う準備をした。誤ったのだから、謝ったって何もかもが遅すぎたはずだ。どうせ喚いたって独りだから、闇雲に声をあげた。

''僕には見せないその笑顔はなんて美しく可憐なんだ"

 いつもと同じ階段を少しだけゆっくりと歩いた。この街はいつまで経っても俺のモノにならない。キッド、いつか名前を失ったらそう名乗ろう。うらぶれたゴミ溜のなかからやり直そう。こんな俺はいらない。

"僕とさっきまでそばに居たんだ 彼女は今日,"

 それから手を振ることさえしなかった。見送ったのではなく、見捨てられたのだから。

 

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