とにかく大人をやっつけろ
教室を出て廊下を挟んで向いの水道で口を石けんで洗った。
先生にそうするように言われたからだ。
帰りの会が済んだ後、
ケイイチとぼくは前屈みになって並んで洗い続けた。
目の前の鏡に水をわざとかけて遊ぶ。
そしてまた口を洗う。
先生が「よし」と言うまではそうしていなくてはいけなかった。
ぼくらが授業中に汚い言葉を使ったのがその理由。
“もっとまっすぐに世の中を見なさい”と大人たちはいつもぼくらに言った。
まっすぐに見たら汚かったからそう言ったまでだ。
きっとぼくらが明日スケルトンのランドセルで登校したって、罰を食らうんだろう。
水を出しすぎてTシャツが濡れた。別に構わなかった。
「未来が明るいと言ってくれた大人がいるか?」
短パンのケイイチが洗いながら横を向いた。その言葉も先生にバレたらまた罰だ。
「いないよ」
たとえうそでもそう言った人はない。生まれた時から未来と灯台元は暗かった。
「とにかく大人をやっつけよう」
「うん」
「俺たちの未来を隠し持ってるんだ、奴らは」
「きっとそうに違いないよ」
「でも、大人をやっつけきる前に自分が大人になっちゃったらどうしよう……」
ケイイチはそう言って手を止めた。
「確かに……」
ぼくも手を止めた。盲点。
しばらく考えてからケイイチが手を叩いた。
「いいこと考えた!明るい未来をつくればいいんだよ。明るい未来をつくれたら堂々と大人ですって言えるだろ?」
「うん。なんだそんな簡単なことか。全然気づかなかったよ」
ケイイチはやっぱり目のつけどころが違っていて、すごいと思う。友達でよかった。
「きょう家に帰ったら、さっそくオレたちの未来のかたちを3Dモデリングしてみるよ」
「うん、できたら見せてよ。ぼくも学習帳にまとめてみるよ」
そこで、足音がした。
やべっ、きたぞ、と、ケイイチが目で合図した。
先生が歩いてくる。
また再び口を洗い始めた。
「もうけっこうですよ」と先生はぼくらに言った。
先生が蛇口を捻って水を止めた。
ランドセルを背負って職員室の前の廊下を過ぎる時、テレビのニュースで、また戦争が始まったと報じていた。
この戦争が世界に与える影響のことをたくさん話していて、その中にぼくらは含まれてなかった。
終
NO WAR