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須賀しのぶ『アンゲルゼ』少女は、箱庭から殻を破る【傑作】【小説紹介】


手にとったときから「面白い」と感じた


他作品『帝国の娘』を読んだこともあり、気になっていた作品だった。『流血女神伝』より短くて、なんとなく面白そうだと思い、図書館で予約して借りた。それが、1年前の4月下旬ごろ。(このときは、『帝国の娘』だけ読み終わり、この次は読んでいない)
表紙のイラストを見て、これから何が始まるのか、とてもワクワクしたものだ。
あっという間に読み終わり、1巻は4月22日に2〜4巻は4月24日に読了した。近くの公園でちょうど桜が咲き、風に吹かれて花びらが散っていた。真下のベンチで祖母にいかにこの小説が面白いのか、生き生きとした熱を帯びながら語ったことを覚えていた。
1年後の今、彼らについて語りたいと思う。

純粋な世界は、ひび割れていった

『アンゲルゼ』は、東京から北東へ1000キロ以上離れた、神流島(かんなじま)が舞台の全4冊と同人誌1冊の少女小説だ。
順番は
1.『アンゲルゼ 孵らぬ者たちの箱庭』
2.『アンゲルゼ 最後の夏』
3.『アンゲルゼ ひびわれた世界と少年の恋』
4.『アンゲルゼ 永遠の君に誓う』
5.『AAST アンゲルゼ補完本総集編』(同人誌)
主人公の少女、「天海陽菜」は自分に自信がなく、人目を過度に気にし、幼かったときのようにいつまでも愛されていたい、と願っている。
また、幼いときから歌の才能があるので、ひたむきに努力することはしていない。
言い換えれば、巨大で有害な世間の視線、学校の雰囲気に目を奪われすぎて、内面の自分があまり育っていないから、外(世間、学校の雰囲気)の前では本音が言いづらいし、なりたい自分がない。しかし、内面の自分は脆いので、愛されたいと願ったり、どこかへ行きたいと願ったりする。
陽菜はかなり心情が不安定で、クラスメートから嫌われるタイプだ。

一方、この世界では人を食べる「アンゲルゼ」という生物が跋扈している。
今から、30年前の南アフリカで「アンゲルゼ・ウイルス」の感染者が確認され、5年のうちに全世界の10分の1が感染した。戦争は今でも起こってるが、日本は平和だった。

平和な日常とニュースで放送される戦争。一見、かけ離れているように見える。しかし、ある出来事から、明確に繋がっていく。美しい世界はひび割れて、過酷な現実が現れる。アンゲルゼとは本当に人類の敵だろうか?一度そうなったら、陽菜はひなのままではいられない。

変わることの大切さ

変わらないと、いつまでも雁字搦めだ。大事なのは、そこからどう変わっていくのか。陽菜に次々に試練が訪れるが、だんだん成長する姿に、私はとても勇気をくれる。私も、人目を気にしすぎて、本音やくだけた態度がなかなか現れにくい性格である。人と比べて、劣っているんじゃないか、自分だけが独りなんじゃないか、と思うことがある。でも、身近にいる人も何かで悩み、欠点があるのだ。逆にある一面に気づいて、己の視野の狭さに恥ずかしいくらいだ。
温かい気持ちを持てば、本音で語りあえるもしれない。外の世界に目を向ければ、状況を把握することができて、恐怖に駆られることは少なくなるだろう。理想だけを描くのではなく、厳しい現実の中で頑張る人々を描くので、『女王の教室』と同じく希望が持てる。
誰かを妬んだり、誰かを好きになったり、誰かに怒ったりする感覚は馴染みがあるので、ぐちゃぐちゃでガラスのような繊細な感情が愛おしい。今を懸命に生きること、大切にすることの尊さ。これだから、「青春」ってやつは……!
もはや私は、登場人物を「キャラ」というより「身近にいる存在」として思いを馳せている。

同人誌『AAST アンゲルゼ補完本総集編』によれば、本作は、本来5巻予定らしいが、4巻執筆時点で、打ち切りが決定したそうだ。そのため、上記の同人誌が出ている。
この情報を知って、惜しい気持ちが半分ほど込み上げる。少女小説(世界文学を除く)はあまり読んでいないが、嵯峨景子の『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』によれば、流行りに乗っていなかったのかと思われる。むしろ、本作は作者の信念や思いが感じられて良いし、最終巻は怒涛の勢いがある。
須賀しのぶは、本作を最後にコバルト文庫から一般文芸に移った。そこに『アンゲルゼ』の展開に通ずるものがある。














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