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年下のきみ〜記憶の抽斗《ひきだし》|#エッセイ


記憶の抽斗ひきだしを開けて過去を振り返ると、どこか輝いている思い出が混じっている。



私にとってnoteは、自分の記憶のメモリーカードだ。大切な事柄を、写真を納めるように、素直に書きつくってみたい。






彼と出会ったのは、公共機関の職場だった。


私は嘱託職員。フルタイムで、初めはデータ入力・電話応対の事務職をしていた。彼は何歳くらい年下だったのだろう?



職場全体が俯瞰できるようになると、目立たない雰囲気だったが、彼は本当に真面目に仕事をしていた。受付に近い端の席で次々受付票を取って、カウンターの誰よりも多く仕事をこなしていた。(カウンターには30人くらい居た)。



私は仕事熱心な彼に好感を持って、毎朝すすんで笑顔で挨拶し、(正規の職員と嘱託職員では見えない壁があったが)時々、話しかけた。そのうち、少しずつ会話する量が増え、気が合うことが分かってきて、たまに昼休憩に一緒に御飯を食べに行くようになった。



例えると、ふたりは歳の離れた姉弟きょうだいみたいな感じだったと思う。



盛り上がる話題はいつも音楽で、彼からはJ-POPを色々教えてもらった。



「〇〇さん、スガシカオとか、斉藤和義、聴きます?」



「スガシカオは『夜空ノムコウ』で聴いたことがあるけど、斉藤和義は知らないかな?」


(歳が離れているので、こんな口調だった)



「結構良いですよ。そうしたらCD焼いてきますよ。聴いてみて下さい」



といったふうに。
彼が挙げるアーティストは大抵自分も気に入った。聴いたら感想とお礼を言った。


そうこうするうち、音楽以外に話題が広がり、恋愛話もするようになった。





いつもの、職場に近い美味しい小料理店で。折敷にのった小鉢の中をつつきながら、


「〇〇さんは、旦那さんとどんな感じで知り会ったんですか?」


「ん・・・出会いというか、ほぼ“お見合い”だったの」


彼は目を見張ってのけ反るように身体を起こした。


「―――そうなんですか!?今どき?」


(ここで告白しておくと、私は結婚相談所の紹介で、仲人のいないお見合いのようなかたちで結婚している。
マッチングアプリ等無かった時代)。



「〇〇さん、僕ね、彼女がずっと切れてるんですよ」


「そうなの?公務員とか、もてるみたいだけど・・・」


「いや、そうでもないですよ?そろそろ結婚したいと思うんですけど、出会いが無くて」


「そっか・・・。もし本気で探すなら、私みたいに結婚相談所とか、行ってみる?」


この間ずっと食事は進んでいる。お昼の休憩は1時間足らずだからだ。


「そうですね・・・そういうのも考えなくちゃいけないかなぁ。〇〇さん、お見合いのコツ、教えて下さいよ」


「そうね・・・まず最初に、“笑顔で挨拶”かな?初対面の印象って大切だから」


「成る程」


何事も学んでから実行する性格の私は、結婚相談所の入会と同時に「お見合い」に関する本も買っていた。
(こんなにカミングアウトして良いのだろうか?)


「あのね、読んで良かった本があるから、また探しとくね」


「おお!是非教えて下さい」


後に、彼はその本を購入したらしい。



「〇〇さん。例の本、通販で買いましたよ」と打ち明けるように言っていた。





勿論、そんな話ばかりしていた訳ではない。仕事はそれなりに真面目にこなして、相談業務に移っていたが、夫の転勤で引っ越すため、辞めざるを得なくなった。転勤族の妻というのは、キャリアを継続させることが難しい。
(今はリモートワークで事情が変わっているのだろうか?)


私は最終日、年下の彼を誘って今までのお礼にお昼をご馳走することにした。


お店のおしぼりで手を拭いているとき。


「―――〇〇さん。ちゃんとしてると、何度でも、再婚出来るから良いですよね」



何をいきなり?と思って改めて彼を見ると、物凄く真剣な顔をしていた。



私は口ごもった。


「再婚?そうかな・・・」


「芸能人でも、そんな人沢山居るでしょう。小綺麗にしてたら、離婚とか関係ないですよ」



私の目から視線を逸らさなかった。
何かを言いたそうな彼の気持ちをはかり兼ねて、結局無口を通した。



食事が運ばれたら、いつもよりちょっとテンションの高い様子になった。私の中では、戸惑いが薄っすらと残っていた・・・。




何度か送別会をしてもらったあと、新しい居住地にまっさらな気分で引っ越した。


髪を切りに行くにも、買い物をするのにも自分の“場所”を見付けるために日々を費やした。



職場を離れてから何年か過ぎても、年下の彼からは毎年、律儀に年賀状が届いた。



ある年始めの朝。
【結婚しました】という彼からの年賀状が届いた。ウェディングフォトが添えられており、ふたりとも満面の笑顔だった。優しそうな、綺麗な新婦だと思った。



(おめでとう。良かったね・・・)



私は心からの祝福を捧げた。本が役立ったかな、と想像して微笑みつつ・・・



(これからは、年賀状のやり取りもおしまいかな?)



ちょっと寂しく感じた。弟なら、また会えるのにね、と思っていた。




▶Que Song

歩いて帰ろう/斉藤和義






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また、次の記事でお会いしましょう!



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