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第二の故郷 鶴岡

さき さなえ

南岳寺


2023年4月24日と25日の両日、私は東北へ旅をした。過去一度仙台を日帰りで訪れたことがあるとはいえ、東北は私にとってほぼ未知の領域。
 
旅立つ2日前、コンクリートの上で転んで腰と膝を強打した。花粉症にも悩まされていた。12キロ近い大きなリュックを背負って歩かなくてはならない。こんな状態で、果たして、無事に旅ができるだろうか……。
 
行程で利用する上越新幹線も新潟からの特急も、一度も乗ったことがない。腰と膝がかなり痛くて、途中で倒れるのではないか……こんな不安要素に包まれての旅は、無謀かもしれない……。
でもホテルは予約を入れてあるし、新幹線や特急の切符も購入している。
一泊の旅だが、キャンセルするのは厭だった。
 
それで…… 決行した!
 
4月24日、我が家からバス、中央線で東京駅へ、そこから上越新幹線で新潟、新潟で特急に乗り換えて、一路、目指すは山形の鶴岡。
 
午後12時42分、無事、鶴岡駅へ到着。早朝家を出てから, 7時間以上,
経っていた。
 
駅近くのホテルのチェックインまで3時間以上ある。駅前の鶴岡観光案内所で、いろいろ教えてもらい、バスで、まず、今回の旅の第一目的である鶴岡の南岳寺へ行った。
残念ながら、お寺は鍵がかかっており、ご住職が不在だった。
 
しばらく南岳寺の前でたたずんでいた。とても寒い。周辺を歩きまわったりしてお待ちしてみたが、いつ戻ってこられるか、皆目、見当がつかない。明日また出直そうと決めた。
次の目的の藤沢周平記念館へ向かう。バスが来ないので、転ばないように細心の注意を払いながら、秋田との県境に位置する残雪が美しい鳥海山を見ながら、ひたすら歩いた。リュックの重いこと!
 
藤沢周平記念館を訪れた。想像していたよりずっと充実した記念館である。ここは明日もう一度ゆっくり来よう。しばらくそこにいたあと、バスで駅へ戻り、駅から徒歩5分のホテルでチェックイン。
疲れた一日。明日に備えて、シャワーのあと、この日は早々とベッドへもぐりこんだ
 
 
4月25日、火曜日。天気予報に反し、朝から雲一つない快晴。電話で、ご住職がおられることを確認してからバスで南岳寺へ。しっかりお参りを済ませることが出来た。鶴岡の旅の第一目的が果たせてほっとした。
 
今日は午後16時23分鶴岡発の特急で東京へ帰らなければならない。
 
藤沢周平記念館を再び訪れた。この記念館は鶴岡公園の中にある。公園の周辺には、数々の博物館が点在している。時間がないので、早足で見て回ったが、どの建物も非常に興味深く、この町の歴史その他をほとんど勉強しないで訪れたことを、とても悔やんだ。
 
今回の旅は、鶴岡へ行き、南岳寺と、藤沢周平記念館の二つを訪れたら、すぐ帰ってくる。単純にそれだけを目的としていたため、もし鶴岡がこんなに豊かな城下町だと知っていたら、一泊ではとても足りないことくらい分かっていたはず。
 
勉強不足の、とてもあわただしい旅だった。
それなのに………
今回の私のこの旅は、想像もしなかった、大きな感動に満ちあふれた旅となった!
鶴岡の町の、ごく一部しか見なかったのに、私は、すっかりこの町に魅せられ、とりこになってしまったのです!
そして……鶴岡は、とても大切な、私の第二のふるさとになった!
 
短い滞在であったにもかかわらず、私はこの町で、十数名の人たちと言葉を交わす機会があった。そして、その人たちすべてから、一様に、まったく共通した、信じられないほどの、穏やかで温かく、控えめで優しい親切をいただいたのです!
 
観光案内所の方、バスの運転手さん、道で方角などを尋ねた行きずりの人、お土産店の店員の方……などなど。
例えば、お土産店で,私がこれから行くある建物への道を尋ねたところ、店員さんは、何と、お土産店を出て数百メートルを私と一緒に歩き、その建物のそばまで連れて行ってくださったのです。また、あるショッピングモールの中の書店でエスカレーターの位置を尋ねたところ、指で方向を指し示してくださるだけで十分だったのに、そのエスカレーターの乗り口まで同行してくださった。
最初の日、南岳寺の前で、寒い中、ご住職をお待ちしていた時、通りかかった高齢の女性は、
近くのドラッグストアーまで私を連れてゆき、この中で待ちなさい、ここは暖かいから、と言ってくださった……。
やはり最初の日、新潟から鶴岡へ向かう特急の中で、私の後ろに座っていた若い女性(山形の人)は、鶴岡の先の酒田へ行く途中だった。私が着ていたダウンジャケットのチャックがうまくかみ合わなくて困っていたら、彼女は私の隣の席へ移動し、一生懸命に、時間をかけて直してくださった。

数え上げればきりがない。 
すべてがこんな具合だった。
 
私は、鶴岡の町を歩きながら、何度も何度も自問自答していた。何故、何故、皆さん、ここまで優しいの?……。何故、何故、皆さん、こんなに親切なの?……一体、この優しさは、どこから来るの?……
 
どの町にも親切な人はいる。優しい人はいる。私が現在住んでいる町にもいる。でも鶴岡で私が経験した優しさ、親切は独特だった。
 
 
藤沢周平記念館で、彼が肉声でいろいろ語っているテープを聞いた。彼はその中で庄内人の特徴を話していて、庄内人はきらきら光るものや最先端を目指さない。不器用である。
山形あたりの人に、雪は大変影響を与えているのではないか。雪は我慢することを押し付ける。我慢して春を迎える。我慢している間に人はいろいろ考える。人間は頭で考えることを雪は教えてくれる。地道なものを庄内人は求める。変に都会化されない方が、将来は伸びる。それが庄内人独特の生き方である、云々。  
 
私は鶴岡を再び訪れることにした。大切な心の故郷となった鶴岡。今度は二泊か三泊する。
南岳寺へお参りして、藤沢周平記念館でたっぷり時間を過ごす。羽黒山へ登る(バスが出ている)尊敬する詩人の茨木のり子さんのお墓へ詣でる。鶴岡の町をとにかく歩く。 
 
大きな感動と共に、思ってもみなかった第二のふるさとが出来て、私は本当に幸せです。   

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