掲げたグラスの向こう側

 現在、私とグランドの二人は、地球上で人間に姿を変えて暮らしている。
 こうなった事情は私がきっかけではあるが、中々新鮮だ。
 学校の講師の職を期間限定で応募した所、それが通ったまでは良かったが、部下達の何かあったら心配だと言う意見もあり、グランドに万が一の護衛として同行して貰った。
 だが、彼が雇用主の個人秘書として働くことは、正直計算外だった。
 

 乾杯。
 カチンとグラス合わせる音がキレイに響く。
 淡く色付いたロゼワインを一口飲むと、声が上がった。
 「ああ、スッキリとした飲み口ですね。料理やツマミにも合いそうだ」
 「そうだろう。デパート出にかけた時に、試飲して決めたんだ」
 一人で出かけたと言った途端、相手の顔色が変わる。
 「お一人で行かれたのですか?」
 「そうだが、何か?」
 正直、一人での外出は普段でもあるだろう。第一、君とは生活リズムが違っているのは元からだ。
 怪訝な顔になっていたら、正面に座っている相手、グランドが険しい表情を浮かべている。
 「フォートレス。普段なら注意はしませんが、今はこの星の年末なんです。犯罪に巻き込まれたら、どうなっていた事か」
 説教じみた発言に、ワインが不味く感じる。
 「私の事は心配しなくていい。君こそ、地球に来てから働き詰めだったじゃないか」
 「それとは話は別です。人混みに慣れていないのに出かけられるのは、私が落ち着かないんです」
 これが本音か。だが、心配しているのは分かった。何だかくすぐったい気持ちだ。
 「大丈夫だ。私も十分気をつけるから、君こそ健康に過ごして欲しい。私からの願いだよ」
 「分かりました。貴方も同様ですよ」
 そんな会話を交わす内に、時間が進んでいよいよ年が変わる。
 部屋の時計を見たら、12時を回っていた。
 もう一度、ワイングラスを掲げて乾杯。
 「明けましておめでとう」
 
 
 

 
 

 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?