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ホワイトデー


 注意
 この話は、バレンタインデーから始まった小話の完結編となります。
 
 バレンタインデーから数日後、グランドは日本を出国してシンガポールに戻っていた。
 相変わらず秘書の仕事をしていたが、3月に決算する会社をチェックして資料作り。
 つまり、忙しくなってきたのだ。
 国によっては1月だったり、3月や9月、あるいは12月に定められている。
 現在3月、2月に発表された決算報告書の整理は終っているが、今度は4月に発表される決算を注視している段階だ。
 後は普段通りに電話応対やメール、郵便物をチェックしたり、面談の予約を取り付けたりしている。
 そんな日常を過ごしながらも、時折バレンタインの出来事が心の隅に引っかかっていた。
 彼女は一体、何がしたかったのか?
 金栄華にメールで呼び出されて会ってみれば、プレゼントを渡された途端に逃亡された。
 フォートレスには、自分に向けられた好意に答えを出すのが誠意だと云われたが、現状では断わるの一択に傾いている。
 何故、誠意を示せなのかと振り返れば、個人的な好意を抱いていると指摘され、咄嗟に否定した。
 第一に、期間限定で滞在している事。第二に、自分達が地球人の姿を模倣しているだけで、人間等の有機生命体ですらない。仮に付き合うとしても、寿命の違いがネックとなる。
 異種族恋愛とは聞こえはいいが、自分自身となると理解が追いついてないのが現状だ。
 そんな彼の様子は、雇用主である偉范梨にも注視されている。
 だが、何時までも答えを保留するわけにもいかず、決心した。
 金栄華のプライベート用メールアドレスに連絡を入れる。
 3月中にシンガポールで会いたいので、都合のいい日を教えて欲しいと。          
 彼女の返信は、14日に少しだけ時間が取れると。
 この返信を受けて、時間と場所を指定。落ち着いて話をしたいので、ホテルのアフタヌーンティーを予約した。 
 14日当日の午後。
 ホテルのロビーで待ち合わせて、そのままレストランヘ直行。
 注文した品物が運ばれるまで少し時間がかかるので、その間に話そうと互いに口を開こうとしたが、タイミングが被って失敗。何だかおかしな気持ちになった。
 グランドが栄華に話を促す。
 「私も君に話があるが、まずはそちらから聞こう」
 その言葉に姿勢を正し、彼女が口を開く。
 「ええ、有難う。まずは、先月にいきなりプレゼントを渡して逃げてごめんなさい」
 謝罪の言葉と共に頭を下げる栄華。    
 「君の謝罪は受け取ろう。だが、何故逃げる必要がある?私はそれを知りたい。あの後、思い切り注目されたのだが」
 最もな言葉である
 すると、彼女は申し訳なさそうな表情でこう言った。
 「あの時、何か急に恥ずかしさが込み上げてきて……」
 「きて?」
 上目遣いで口ごもる相手に対し、話を促す。
 と、その時、店のスタッフがお茶と料理を運んで来た。
 《お待たせしました。アフタヌーンティーセットでございます》
 決まり文句と共にティースタンドと茶器をならべて去っていく。
 用意された料理は乳製品を多用した白いアフタヌーンティー。
【1段目】
・フェッセル
・トライフル
・ベイクドチーズタルト
【2段目】
・マスカルポーネホーン
・フロマージュブランヴェリーヌ
・りんごのタルト
【3段目】
 モッツァレラのクリームスープ仕立て
・ビーフシチューパイ
・クレームドゥーブルとパルミジャーノ
【スコーンセット】
・スコーン
・クロテッドクリーム
・ジャム
 かなりボリューミーな内容に思わず目を瞪る。
 「うわぁ、凄い量がある。あなたも食べきれる?」
 「まあ、何とかなるだろう。冷めない内に食べるとするか、話は後にしよう」
 グランドの場合、人間の食事は嗜好品に近いので、普段量は食べない。
 金栄華は緊張しているので、食べきれるか不安だったが、1段目のトライフルから手をつけた。
 「美味しい」
 ミルクの優しい甘さとソースの酸味がいいアクセントになっていて、顔が綻ぶ。
 グランドはフェッセルから食べ始める。
 水切りしたフレッシュチーズに甘味が加えられてるが、あっさりした味わい。
 タルトもチーズの味が感じられた。
 1段目を食べ終ると、あえて3段目にクリームスープに手を伸ばす。
 甘いものばかりだと、塩気が欲しくなる。
 時々、紅茶で口直しして粗方食べ終わり、スコーンを手で割りつつ口を開いた。
 「改めて聞くが、先月のあれは何だったのか?」
 あれというのは、勿論バレンタインの件だ。
 「いやぁ、何というか、日本という国って、行事を商売に利用するから、私もつい、乗っかってみた訳で」
 「それだけだと、何も説明になっていないのだが?」
 容赦のない反論に対し、ますます首を竦める栄華。 
 グランドは無表情で相手を見つめる。 
 「実際は、贈りたいと思っただけなのよ。単純に……」
 「単純に贈りたいと思ったまではいいが、何故逃げ出すのかが分からない」
 「そう来るよね。自分でも反省してる」
 「反省しているなら、最初からしないという選択肢もあった筈だ」
 「うう、言われると実にキツい」
 グランドは落ち込む栄華をみながら紅茶を一口含む。
 飲むタイミングがずれると、流石に渋くなってきた。
 カップをソーサーに置くと、口を開く。
 「私も、君に対して言いたいことがある」
 「聞きます」
 居ずまいを正す栄華。
 「まず最初に言っておくが、私は地球人ではない。変身能力を持つトランスフォーマーだ」
 「知ってる」
 「第二に、期間限定でこの星にいるのは分かっているな。私の本来の任務は、彼の護衛だと言うことも」
 「それも、教えて貰った」
 敢えてフォートレスの名前は省略しているが、念の為だ。
 「最後に、君のことは恋愛的な意味で意識したことがない」
 恋愛的な意味でのくだりでガックリと頭が落ちる栄華である。
 いやぁ、ハッキリ言ってくれるよね。内心分かっていたケド。
 泣きそうな気持ちを抑えつつ、言葉を探しあぐねる。
 「思いがけないキッカケで、再会できたのが嬉しかったのよね。最初は」
 「それで、続きは?」
 話を促され、再び口を開く。
 「先月は丁度、バレンタインの時期だったから、贈りたいと思ってしまって実行した訳で」
 「だから、何だ」
 「一方的に自分の気持ちを押し付けてご免なさい。迷惑だったでしょう」
 謝罪の言葉と共に、改めて頭を下げる金栄華。
 「迷惑と言うより、正直、戸惑いの方が先だったな。反省しているのなら、今回は水に流そう。次にサプライズなどしてきたら、二度と付きまとうな」
 無表情で警告するグランド。
 なまじ顔はイイから、迫力が増して凄みがでている。 
 「ありがとう。感謝します」
 一旦ここで締めくくり、二人はぬるくなった紅茶を飲む。
 「ところで、君の飛行機の時間は大丈夫か?」
 「出発時間は夜だから、まだ大丈夫」
 今回の話の為だけにシンガポールに来ているので、夜のフライトで出国する予定だ。
  「そうか」
 粗方食べ終わったティースタンドを見ながら栄華が話しかける。
 「しかし、良くこの時期のアフタヌーンティーを予約できたね?しかも、一日の人数限定」 
 「これの事か?」
 指し示した器は空になっている。
 「私もネットで調べたけど、結構人気あるよ。ここのアフタヌーンティー」
 「ただの偶然だろう」
 「そうなのね」
 取りあえず、偶然で済ますつもりらしい。実際の所は分からないが。
 「一応、三月らしさを意識してみたが、どうやら成功したみたいだな」
 実は、秘書業務の一貫で詳しくなってきた成果だ。
 会食の手配も仕事の一部。客の好みやアレルギーを把握出来て当然とみなされる。
 流石に終了時間が迫ってきたので、二人は席から立ち上がる。
 そのまま会計に向かうと、グランドが支払った。
 レストランの外に出ると、栄華は相手を見上げる。
 「えっと、支払ってくれてありがとう。私も半額出した方がいいかな?」
 「いや、今回は私が呼び出したから、このまま出さなくていい」
 頭をふって否定する。
 「でも、迷惑かけた事には違いないし……」
 「だったら、違う事で示してくれ。ただし、サプライズは無しだ」
 「わ、分かりました」
 会計の費用に口を出したが、逆に釘を刺される。
 「この際だ。空港まで送ろう」
 「えっ、いいの?あなたの方こそ、仕事はあるんじゃ…」
 「構わない。必要な分はとっくに終わらせた」
 終わらせたと聞いて、感心する金栄華。 
 「流石デキル秘書。ここ数ヶ月ですっかり板についてる」
 「茶化すな。仕事は割り切る主義7だ」
 褒めたつもりが、真面目な反論が返ってきた。
 「ひとが折角誉めたのに、失礼ね」
 軽口めいた会話をしながら出入り口ヘ向かう。
 タクシーに乗ると、ホテルのベルボーイに見送られてチャンギ国際空港へ。
 空港に着くと、栄華は一旦お花摘みに。紅茶と食べ物でお腹がふくれて一杯だったので。
 それから預けていた荷物を回収し、チェックインカウンターへ。
 カウンターの前で握手を交わす二人。
 「本日はご馳走様でした。また、機会があれば、お茶や食事を一緒にしたいけど、いいかな?」
 上目遣いで返事を乞うと、グランドは軽く眉を寄せる。
 「機会があればな」
 曖昧な返事だが、それでよしとする。
 「それじゃ、またね」
 「ああ、そうだな」
 二人は言い交わすと、そのまま別れていった。
 グランドはまた仕事に戻り、残っていた細かいものを片付ける。胃もたれに悩まされながら。
 だが、彼はまだ知らない。
 今度は、偉范梨がサプライズを目論んでいることを。
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