神秘家エクリチュール

・ふたたび試みにあった

・夕方、また悪魔の試みにあった

・サタンの試みにあった

・両手をあわせて、指が触れ合った点だけ意識するようにしていた

・意識が堕ちて、すぐに別の行動をとろうとする

・意識のベクトルが別の方向に向かい、すぐに別のことを考えようとする

・頭のなかで勝手に会話がはじまる

・意志など人間にはないではないか、と

・それでも、両手をあわせた指の面の感覚だけは失わないようにしていた

・意識が朦朧としてくる

・あらゆる感覚が身体を包み始める

・あらゆる早合点が巡る

・どれも違う、と両手のあわさった点の感覚のみを信じ続ける

・あらゆる早合点が続く

・どれも違う、と両手のあわさった点の感覚のみを信じ続ける

・色々な知人、友人、親族、の声が、この世界は、こうなの、ああなの、と安寧を与えるようなことを呟いて、両手のあわさった点から意識を逸らしそうになる

・どれも違う、両手のあわさった点の感覚のみを信じ続ける

・途端に、知人、友人、親族だった声が、サタンの声になり、見破ったか、というふうに一言言う

・その声は、親しい人の声が突然、破れて、二重になり、途端に、あまりにおぞましい声として鼓膜に響く

・強い恐怖を感じる

・だが、それも違う

・両手のあわさった点の感覚のみを信じ続ける

・あらゆるヴィジョンや解釈や話を吹き込まれるが、どれも違う

・両手のあわさった点の感覚のみを信じ続ける

・意識はついに別の次元に入り込み、朦朧とした世界のなかで瞼の裏にはあらゆる奇妙であり、また、怖ろしい映像が流れ、両手のあわさった点の感覚から意識が逸れそうになる

・それでも両手のあわさった点の感覚のみを信じ続ける

・このあたりから記憶がない

・最後、目が覚めるあたりで、睾丸を切り取られる寸前。ハサミを添えて構えられ、鼓膜に木の棒を突っ込まれそうな状態で、声は老人の声で、泣くような声で、それでも両手のあわさった点の感覚のみを信じながら

・イエスさま、イエスさま、愛しています

・と繰り返した

・感覚が戻り、やっと、両手を手放した

・そこがこの世界である

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