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大西洋とトムコリンズ #シロクマ文芸部

 レモンから薫る酸性の香りが、鼻腔を刺激する。
大西洋の白波を眺めながら、トム・コリンズを味わっている。
バカンスなどという優雅な気分ではなく、今の僕は、70年以上も前に来たサー・ウィンストン・レオナード・スペンサー・チャーチル元英国首相と同じような深手を負って、心を身体を癒すためにここにいる。

 昼過ぎに職場を離れ、勢いで飛行機に乗っていた。手っ取り早く購入できたイギリス行きのチケットでロンドンまで来てみたが、何だか違う気がしてそのまま、英国人がよく避暑地に利用するという大西洋に浮かぶ花の島、マデイラ島に行くことにした。
 そして、どうせマデイラ島に行くのならチャーチルが愛した宿に泊まろうと安易に決めた。
 その宿、『ベルモンド ・リーズ ・パレス』ホテル。運よく予約が取れた。

 島内観光やクルージングといったアクティビティには目もくれず、早朝から夕刻まで好きなカクテル片手にひたすら浜辺に寝そべっていた。
 静かに流れる時は、波の音とともにリセットされ、再び新しい一日を迎えた。日がなそんなことをしていても、誰も気にしない。 
 このまま、この島で暮らそうかとよぎるが僕一人では生きていけないだろうかと妙な不安も交差して、グラスをまた傾けてしまう。

 コリンズグラスを波間に重ねると、一糸まとわぬ君の姿が見えるように感じる。かなり酔いが回ってしまったようだ。
『風をはらんだ帆の快味を思わせる酒』※1
 君が好んだトム・コリンズって奴は、海がよく似合うんだなと一人ごちながら、今日も浜辺でレモンからの甘酸っぱい香りを楽しんだ。

※1ヘミングウェイの小説「海流のなかの島々」で主人公が表現した


#シロクマ文芸部   #レモンから
小牧幸助さん、企画に参加させていただきます。


サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭