見出し画像

子どもの文末(20230625)

朝起きたら11時だった。目覚ましをかけ忘れていた…。私は休日に寝過ぎることをもったいないと思うタイプの人間なので、寝起き一発目で絶望感に襲われた。最悪だ…。
でも、最近睡眠不足だったので一度それをリセットできたのはよかったと思う。…そう思わないとやってられないからそう思おう。


子どもの書いた文末の気持ち悪さってなんでああなるんだろう。〜だと思います、〜だからです、を脈絡のない部分で使いたがる特性がある。

昔の自分の書いたものを読むとそういうのがたくさんあってうわ〜ッとなり恥ずかしくて仕方がなかったが、誰のものを読んでも子どもの作文はそういう文体になっている。

話し言葉での違和感はそんなにないのでは、と思うけど(子どもと関わる機会が全くないのでわからないが)文章になるとおかしくなるのは語彙や文章表現の未熟さからなのかな。あまり知らないなかの既存の表現に頼りっぱなしだから、そうなってしまうのかもしれない。
あと、言葉を紡ぐことに必死で視野狭窄に陥ってしまい全体で読んだ時の違和感に気がつかないのかもしれない。

今の自分は大丈夫だろうか。過去の違和感には気がつくけど、目の前のことには盲目だから不安だ。
私は人並みに書けているとは思う。だが文章がうまく書ける人からは気持ちの悪い文体になっているかも、と思うと怖い。


リングフィットをやった。
腹筋を鍛えるメニューを初めてやったがはちゃめちゃに苦しくて満足にできなかった。
プランクをやる際に畳の上でやったので肘の皮が擦りむけて今も痛む。ヨガマットの購入を検討してみる。


三者面談って面白いのかもしれない。
学生の頃は、違う顔を見せている親と教師の2人に自分のことを明るみにされるのがかなり嫌だったけど。

親と担任が自分についての情報を交換し合う場に立ち会う。これは主観だと最悪だけど客観的にはおもしろい。

担任が子持ちでその子が学生だった場合、生徒、親、担任の三人の立場を経験してコンプリートしているわけで、共感できる部分も多いから見方も違うのではないか。

上手く言葉にできないのが悔しい。


飴をたくさん食べた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?