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メロディアスライブラリーのこと

昨日、大きな決断を一つしました。まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めたのです。

小川洋子, 堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』中央公論新社, 2019.

小川洋子さんから、突然こんなふうに告げられたような気分だった。「メロディアスライブラリー」が終わってしまうなんて。悲しみが胸にじわじわと広がって、もう一週間たつ。

メロディアスライブラリー」は、2007年から続くTokyofmの長寿ラジオ番組。作家の小川洋子さんと進行役の藤丸由華さんが毎週一冊の本を取り上げ、名作の世界を読み解き味わう。日曜の朝10時からなので、ひととおりの家事が終わったあと、5歳の娘とならんで聴くのが去年からのルーティーンになっている。たまに絵本も登場するので、子どもも楽しみにしていた。

その「メロディアスライブラリー」が、今年3月いっぱいで終了するという。先週のお知らせだった。

作家の小川洋子さんと、進行役の藤丸由華さんの会話は、気のおけない女友達との読書会のようで、うなずいたり笑ったり、あっという間の三十分だ。ネッテル『赤い魚の夫婦』で登場したダメ夫に対して二人が同時に放ったため息には、多くのリスナーが共感したことだろう。小川さんと故・松岡享子さんとの対談の回でも、くまのパディントンをはさんでそんなふうだったので、小川さんが漂わせる空気感のなせるわざなのかもしれない。

「メロディアス」というのもいい。一冊の本を味わいつつ、途中でその作品やシーンにつながる音楽が流れ、鼓膜のなかの別の部分が刺激される。『ちいちゃんのかげおくり』の回でザ・ブルーハーツの「青空」が流れてきたときは、涙がこぼれた。

また、日々あわただしく過ごしている身には、時節を知らせてくれる歳時記のような存在でもあった。新年には背筋が伸びるような一冊、夏には涼やかな風が吹くような一冊を。1月27日がアウシュヴィッツ強制収容所が解放された日であることはこの番組が教えてくれたし、クリスマスには小川サンタ(サイン入りのご著書を抽選でプレゼント)が来てくれた。最近では、大学共通テストの日に堀江敏幸さんの「送り火」(2007年のセンター試験にて出題)を選書されたことも思い出深い。

Twitterでは新刊の情報がどんどん入ってきて、慌ててしまうことがある。
これも読まなくては、すぐに買っておかないと……。
楽しみのはずの読書が、いつのまにか重みとなってのしかかってくる。

それに対して、「メロディアスライブラリー」で紹介される本は、古びた図書館の片隅で、いつでも気長に待っていてくれるような名作ばかりである。いつかその本を手に取る日のことを、軽やかな気持ちで楽しみにできる。

今まぶたを閉じても、鼓膜のなかに小川さんの優しい声が響いてくる。藤丸さんの、ハスキーなのに熱量高めのあの声も。

きょうの放送が、もうすぐ始まる。手渡された一冊を、しっかりと味わいたい。

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