即興小説 3つのお題15 リセット
その日、僕が屋上へ上がると鍵がかかっていない事に気づいた。いつもは誰も入れないようになっているのに──警戒しながらドアを開けると、真っ青な空が目に飛び込んでくる。明暗差で目がくらみ、しばし立ち止まった。
目が慣れてきてそっとまぶたを開けると、視線の先に誰かがいるのが分かった。その人は大の字で寝そべっているようだ。
一体誰だろうと、そろそろと近づく。
「──誰」
その人は目をつぶったまま聞いた。
「岡野だよ」
「……なんだ、君か」
そう言ってその人は起き上がる。それは隣のクラスの片山さんだった。1年前は同じクラスで、ちょっといいなと思っていた子だった。
進級して、学校が忙しくなってからそんな事も忘れていたけれど…でも、教室での振る舞いでは、大の字で寝るなんて事はしなそうなイメージなのに。
知っている人だったので、不良や上級生でなくてよかったとホッとするのと同時に、不快感を覚える。
──ここは自分だけの場所だと思っていたのに。
「鍵、かかってなかったの」と聞いてみる。
「隠してある場所、知ってたんだ」
ふふ、と笑った後にそう答える。
「先生がここを使った後に、入り口のドアの上に置いているのをたまたま見かけたの」
日村先生だなと思った。後で、隠し場所を変えた方がいいと言っておこう。
「そうなんだ」
「君は? 何でここに」
風に吹かれて流されるセミロングの髪を抑えながら、彼女が聞く。
「僕は──風紀委員をやってるから、時々屋上を確認するよう先生に言われてるんだ」
クラスごとに持ち回りで、と付け足す。
「ふーん」
彼女は自分が聞いたくせに、まるで興味がなさそうに言った。
「タバコとか吸ってる生徒がたまにいるみたいだから」
僕は言い訳みたいに話を続ける。
「授業をサボったり?」
彼女はそう聞くと、クスリと笑った。微(かす)かに教科書を音読する生徒の声が聞こえる。
「…まあね」と僕は視線を逸(そ)らした。
「でも、君もだろう」
「いけないんだー」
「人のこと言えないだろ」
そう返すと、彼女は立ち上がってパンパンとスカートの埃(ほこり)を払う。そして、うーんと伸びをした。
「晴れてて気持ちがいいねえ」
彼女はステップを踏むような足取りで、フェンスの方へ歩き出す。
「こんな日は、死ぬのにちょうどいい日じゃない?」
そう言うとフェンスを超え、こちらを向きながらゆっくりと飛び降りた。
──僕は無我夢中で彼女の手を握りしめていた。
「──は? え、何」
「それはこっちが聞きたいよ。…ちょっと待って、喋(しゃべ)るのしんどい」
必死に右手に力を入れる。少しでも気を抜くと彼女の手が滑り落ちそうだ。
「何バカやってるの?」
「喋んないで! 腕が抜けそう。そっちの手もちゃんと掴(つか)んで」
「そんな事しなくても、すぐそばに木があるからそこに落ちれば──」
「何言ってんの! 死ぬかもしれないんだぞ、言う事聞いて?!」
彼女は下を見て体が竦(すく)んだらしく、大人しく僕の手を両手で掴んだ。全身の力を込めて彼女を引っ張り上げる。フェイスをつかむ僕の手が外れそうになり、慌(あわ)てて握り直した。少しずつ、少しずつ引き上げ、なんとか屋上に彼女の体を戻す。
2人でよろよろとフェンスを超え、寝転がった。全身から大量の汗が吹き出ている。
「死ぬかと思った……」
疲労困憊(こんばい)でぐったりしていると
「大丈夫?」
と僕の顔を覗き込んだ。
「……バカ!」
思わず、その呑気(のんき)そうな顔に怒鳴ってしまう。
「何よ! 女の子にそんな口聞かないで!」
「バカはバカだろう。ここは4階だぞ? 死んだらどうすんだよ!」
「そこに木が植わってるから」彼女は指差しながら言った。
「その上に落ちれば大丈夫だって言ってるじゃん! 前にそうした事あるし」
「そんなの知らないよ! 自殺しようとしたのかと思うでしょ?」
「……違うよ」
間を置いて反応する。
──思ってたな、こいつ。
「もう…目の前で死なれたりしたら夢見が悪いからさ、あんな事しないで」
そう言うと僕は立ち上がる。そして彼女に手を貸そうとした。
彼女は上目遣いでこちらをじっと見ていたが
「…ごめんね」
とぼそっとつぶやくと、手を出して立ち上がる。
「じゃあさ、」
何かを考えていた片山さんはパッとこちらを向いて言った。
「私が死なないように、君が側で見ていてくれない?」
僕は一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
「──はあ? どういう意味」
「そのままの意味だよ」
彼女はニコニコしながら言う。
「それって…付き合うって事?」
そう聞くと、不意を突かれた顔をしていたが
「そうかな? ──うん、そうだね」
僕は彼女の意外な言葉に驚いて、何も答えられなかった。
彼女は僕に近づくと
「よろしくね、相棒」
と耳元で囁いた。
了
3つのお題で小説を書く
『瞬間』『鍵』『屋上』
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