第三十九話 壊れ行く女

山井那奈は床に放られたコンビニおにぎりとオレンジ色のキャップの付いたペットボトルを見つめていた。
もちろん長谷部が那奈の身体を十分に楽しんだ後に放り投げていった物だ。
那奈は相変わらず薄汚れたチューブトップを身に付けてはいたがショーツはもう無かった。長谷部がお楽しみの最中に引き裂いてしまったからだ。そんな長谷部でさえ那奈のチューブトップを剥ぎ取ろうとはしない。そこに長谷部を含む全ての男が望むものはもう無いからだ。そこにあるのは痩せ衰え痣と傷と垢に塗れた身体。
那奈はおにぎりに手を伸ばしそれを口にした。ゆっくりと、いやノロノロと数分かけて咀嚼しやっと一口飲みこんだ。味が分からない。
このおにぎりは何味なのだろうと、那奈はおにぎりのパッケージを見つめた。そこには「おかか」とあったがそれが何かは分からなかった。
おかかって何味だっけ。子供の頃ママがお弁当に入れてくれていたな。
那奈の通う小学校では週に1回だけお弁当の日があった。毎週水曜日だった。
周りにはコンビニで買ってきたお弁当を持参する子供もいたが、自分で好きなお弁当を買ってくる友達を見ると幼い那奈はそれを羨ましく思った。ママがお弁当に入れてくれたことのない酢豚や白いスパゲッティやベーコンの入ったポテトサラダがとても美味しそうだと思っていた。
でもママのお弁当も大好きだった。いつもはそんなに豪華なお弁当ではなかったが甘い卵焼きや夜のうちに揚げておいた唐揚げやミートボールが入っていることもあった。おにぎりはいつも焼き鮭とおかかだった。いつも食べていたのに。おかかのおにぎりがどんな味なのか、分からない。
那奈は考えながらおにぎりを食べ続けたが温かいペットボトルの中身を飲み干しても「おかか」が何味なのかは分からないままだった。那奈は口を開け舌を出すと自分の指でそれを掴んだ。舌はある。

まあいいかぁ・・・。
最近嬉しいことがあったのだ。毛布が新しくなった。
その毛布には焦げ跡があった。上にいる五人のうちの誰かがタバコの不始末で焦がしたのだろう。毛布を新調したため要らなくなったゴミが那奈に回ってきたというわけだ。
それでも新しい毛布はきれいで温かかった。血も尿も、垢も精液もまだあまりついていない綺麗な毛布。
これがあればこの火を消さないようにもう少し頑張れる。
那奈は毛布にくるまり小さな火を見つめた。毛布の外はスピーカーが吐き出すヘビメタの爆音で満たされていたが那奈の耳にはもうあまり届かない。
あんなにうるさかったのに。
あの時計の音みたいなものなのかな?
那奈が生まれる前から家にはとても古い振り子の柱時計があった。だが那奈には絶え間なく動き続ける時計の振り子の音は聞こえなかった。友達が家に来た時に時計の音を気にしたが那奈には聞こえなかった。友人が「カチカチと音がしている!」と言うので時計に意識を集中すると何とか聞こえるのだが、時計から気を逸らせるともう聞こえなくなる。
あの時計の音みたいなものなのかな?
那奈そう思った。少し前まで那奈の心を削り取っていった爆音。

だがそれは小さくなったわけでも、慣れたわけでもない。那奈の心にはもう削り取られるほどの肉も、流れ出て滴るほどの血も残っていなかったに過ぎない。
那奈は火に語りかける。
「ママ・・」
「・・・」
「お兄ちゃん・・・」
「・・・」
火は返事をしているようだが、それはもうとても小さくて那奈には届かない。
毛布の中には温かい火が灯り、毛布の外は無数の死にたがりがいる。
聞きたくない声が聞こえてくる。
「あんな女助けなきゃよかった!」
「私を助けてくれる人はいない!」
「あとはただ死ぬだけじゃない!」
みんなが那奈を詰る。
あの女の子を助けるべきじゃなかったの?
「こうなると分かっていてもあの子を助ける?」
それは、助けないと思う。
「ほら!放っておけばよかったのに!」
でも、こうなるって分からなかったし。
「私はあの子を助けたけど私を助けてくれる人はいないのに!」
助けて、くれるよ・・。
「ウソ!ウソ!誰が助けてくれるの?お兄ちゃんもママも、誰も来ない!」
来るよ・・。来てくれる。
「ならなんで誰も来ないの!?あの女の子は何をしているの?助けてあげたのに!きっと知らんぷりしてる!だから誰も来ないの!」
お兄ちゃん・・・。
「お兄ちゃんは来ない!ママが売ったんだから!私の事も売ったんだ!」
「そうよ!ママが私を売ったの!だから誰もこない!」
「死ぬだけ!もう死ぬだけ!何もしなければ何もしないまま死ぬだけ !」
那奈は火を囲み守るために拡げていた手を思わず握る。闇に晒された火は途端に吹き消されそうになり、那奈は慌てて手を拡げる。
「拳を握るの!」
だめ。火が消えちゃうから。
でも、拳を握りたい。
また一つ那奈の心が折れた。折れた心は闇に混ざる。その分、火は小さくなり闇は深く黒くなる。

那奈は何か楽しいことを思い出そうとした。
楽しかった思い出。すぐに思い浮かぶのは兄が教えてくれる空手の時間。
那奈はいつも兄の帰りを待ち詫びていた。
那奈はいつもベランダに出て兄の帰りを待ち望んでいた。帰宅する兄の姿を見ると階段を駆け下り二人で空手の稽古をした。

夏奈兄ちゃんのカッコいい後ろ回し蹴りは那奈が上げた両手よりも遥かに上を駆った。
那っちゃんにも教えてよ!と言っても夏奈兄ちゃんは「那奈にはまだ早いよ、まずは突きから練習しよう」と言った。
夏奈兄ちゃんの突きは見えないほど速く、厚い木の板を簡単に真っ二つに割った。
それは毎日、ママがご飯よと声をかけてくるまで続いた。
晩ごはんを食べながら那奈は聞いてみた「那っちゃんにも割れるようになるかな?」
「板割のこと?那奈にも出来るさ」夏奈兄ちゃんは事も無げにそう言ったが、ママは那奈に何をさせるつもりなのと咎めた。夏奈兄ちゃんはペロッと舌を出し、いたずらっ子っぽく微笑んだ。
那奈にあんな厚い木の板が割れるわけが無いとは思ったが次の日、帰ってきた夏奈兄ちゃんは厚い木の板を手にしていた。また「板割り」を見せてくれるのかと思ったが夏奈兄ちゃんはビックリすることを那奈に告げた。
「那奈が割るんだ、ほら」そう言って板を掲げた。
「無理だよう・・」怖がる那奈に夏奈兄ちゃんは「そうだよな、ごめんな」と言い、塀の上に立てかけただけの板を軽く突き割った。
そして言った。「那奈にもできるよ」
いつかは出来るだろう。そう、いつかは。
でも、今のこの小さな手ではあんな厚い木の板を割るなんて無理な話だ。

那奈と夏奈は毎日毎日、空手の稽古をした。母がテーブルに三人分の晩御飯を並べるまでの時間。
だが終わりは突然やってきた。ママは言った「夏奈は難しい勉強をするから少し遠い所へ行く」と。那奈はまだそれがどういう事か分かっていなかった。
夏奈兄ちゃんは那奈の耳に顔を寄せて「偉い警察官になって那奈を守ってやるからな」と言った。幼い那奈はその意味をよく理解しないまま夏奈兄ちゃんがもっと強くなるんだと喜んでいた。
夏奈はあの厚い板を持ち出した。那奈は夏奈兄ちゃんが割って見せてくれるのだと思ったが夏奈は言った。
「那奈にもできるよ」
「無理だよ」那奈は首を振って答えた。那奈はまだ八歳だったのだ。
「那奈、自分を信じて」そう夏奈は言うが那奈は少し考えてまた言った。
「無理だよう・・」
「そっか。那奈」
「うん」
「兄ちゃんは那奈なら出来ると思ってる。那奈は兄ちゃんを信じられない?」
「ううん!!」那奈は思いっきり首を振って否定した。
「那奈は出来るよ、ほら」夏奈は厚い板を持って那奈の前に構えた。
厚い板で夏奈兄ちゃんが隠れている。那奈はこの板を割らなくては夏奈兄ちゃんが見えなくなると思った。
割れるとは思わなかったが、夏奈兄ちゃんを隠すこの板をそのままには出来ないとも思った。
那奈は構えた。夏奈兄ちゃんを隠す厚い板の前に左手をかざし距離を測る。静かに息を吐き、また静かに息を吸う。割れるとは思えない。板に弾かれる拳の痛みが予想できた。
夏奈兄ちゃんが板の向こうで「来い」と頷いた。
「ニィヤッァ!!」那奈は気合一閃、右こぶしを振りぬいた。拳に痛みはなかった。
代わりにあの厚い板が真っ二つに割れていた。そこには夏奈兄ちゃんの笑顔があった。
那奈は驚いて夏奈兄ちゃんが持つ板を見た。真っ二つに綺麗に割れていた。夏奈兄ちゃんが二つに割れた板を置き那奈の頭を撫でてくれた。
「ほら、出来ただろ?」
「うん!!」
那奈は板が割れた事より夏奈兄ちゃんが喜んでくれていることが嬉しかった。夏奈兄ちゃんに褒められたことが何よりも嬉しかった。
「夏奈兄ちゃん!あれ見せてよ!」
「あれって?」
「ほら、これ!」那奈はそう言って身体を半回転させると足を上げた。
「後ろ回しか、いいぞ。よく見ているんだぞ」
夏奈は那奈が割った板を塀の上に置くと構えた。そして「シッ!」と気合一閃。右の後ろ回し蹴りで板の一枚はさらに二つに折れて飛んで行った。「ゼァ!」今度は右の上段蹴り。もう一枚の板も同じように二つに折れ遠くへ飛んでいった。
これが今生の別れになるなどとは那奈は思ってもいなかった。
夏奈兄ちゃんはあの折れた板と同じように、どこかへ行ってしまった。

那奈は静かに目を瞑るとそこには夏奈兄ちゃんがいた。
「ほら」
夏奈兄ちゃん少し腰を下ろし那奈を振り返りながら背を見せている。
那奈はその背に飛び乗った。
夏奈兄ちゃんは那奈をおんぶしてゆっくりとあやすように歩いた。
那奈は夏奈兄ちゃんの肩に頬を乗せその優しさを受け取った。
煙草の匂いがした。それにジッポライターのオイルの匂い。
那奈をおんぶしていたのは田中だった。

那奈は田中におんぶしてもらったあの日を思い出した。
夏奈兄ちゃんみたいに優しい田中さん。
夏奈兄ちゃんと同じ優しいマルボロマン。

田中さん優しかったなあ・・。
リューさん、何しているのかな。
那奈はバイクの後部座席に乗り谷の背中にしがみ付いていた。

田中の鼻に正拳突きを放った次の日、那奈はせめてものお詫びにとケーキを買い帰宅の途中にあの派出所を訪れた。田中の鼻を打ったことに対する謝罪は出来なくとも、泥酔した女が警察官に迷惑をかけ家の近くまで送ってくれたことに対する感謝なら良いだろうと思った。
だが田中はいなかった。
「那奈ちゃん!?どうしたのよ!」
代わりに出てきたのは谷だった。
「あの、これを・・」
那奈がおずおずとケーキの入った箱を差し出すと谷はすぐにその意図を悟った。
「なによ、気にしないくていいのに!でも部長は今日は非番なの・・ああ、そうそうお休みってこと。え!?これサンベルのケーキ!?うっそマジで?そんなことしなくていいのに!」
谷はケーキの入った箱を受け取ると派出所へと入って行った。
しかしすぐに振り返り「何してんのよ!買って来てくれたんでしょ?食べようよ!サンベルのケーキなんて最高じゃん!高かったでしょ?ちょー楽しみ!」
そう言って那奈を招く様に手を振った。戸惑う那奈だったが谷は眉をひそめて言う。
「なに?食べたくないの?サンベルのケーキを!?あ、このあと空手教室?」
「いえ、今日はもう帰るだけですけど・・」
「ならいいじゃん!食べよ!ほら来てよ!」
田中さんがいないという事は分かったが、まさか派出所でケーキを食べるなんて想像もしていなかった。
「ほら来てよ!お茶淹れるからさ!ケーキさ何買ってきたの!?いや待って言わないで!開けた時の楽しみが減っちゃう!サンベルのケーキなんてマジで最高!やっぱり那奈ちゃん分かってるよね!センスいいなって思っていたんだ!モンブラン?イチゴショートは外せないよね!新作のオレンジタルトはどう?アレちょー気になっているんだ!いや待って!言わないで!楽しみを取らないで、ダメだからねっ!」派出所へと入って行く谷に導かれる様に派出所へと踏み入れた。
「え、でも私の分は・・」
「だーからさ!部長は非番なの!明日の夕方まで取っておけって言うの?そりゃあ冷蔵庫はあるけどサンベルのケーキを一日置いておく?冗談でしょ!私が二つ食べていいって言うなら別だけどさー」
「え、いいですよ。リューさんが食べ・・・」
「冗談よ!ケーキ二つなんて太っちゃうわよ!ほら、おいでよ!」
谷は早く来なよとばかりに那奈を手招いた。断り切れずに那奈が派出所へと足を踏み入れると昨日、田中さんと一緒にいた小柄な警官と、もう一人の警官もいた。
小柄な警官、鈴木巡査が「あ、昨日の・・」と言いかけた瞬間に谷が黙らせる。
「うっさい!鈴木。あ、西川、奥の部屋使うから邪魔すんなよ!ほら那奈ちゃん!こっちこっち!」
そう言ってあの畳敷きの部屋へと向かう谷に那奈は申し訳なさそうについて行った。
西川と言う警官はどこか下心がありそうな笑みを那奈に向け軽く会釈をし、鈴木と言う小柄な警官は上目遣いに那奈を小さく睨んでいた。
「谷さん・・」那奈はこの居住まいの悪さに声をかけるが谷は少しも気にせず奥の部屋から那奈を呼んだ。
「はーやーく!ほら!」
那奈は諦めて谷が誘うままに畳敷きの部屋へと向かい靴を脱いで上がった。
「さすがに今日はブーツじゃないのね!昨日と全然違うから驚いちゃった!今日はばっちりOLさんだよね!ほら座って座って!」谷はそう言って折り畳みのちゃぶ台を部屋の中央にセットし、そこに那奈のケーキを置くと両手を合わせてまじまじとケーキの入った箱を見つめた。
「丁度ね、紅茶を買ってきたのよ!ほらぁ昨日さ紅茶が欲しいなって思ったじゃない?アールグレイ買ってきたのよ。セイロンティーのいいやつね、奮発しちゃった!ティーポットもちゃんと買ってきたのよ!そんなところにケーキを持ってきてくれるなんて那奈ちゃんもう最高!紅茶を持ってくるからちょっと待っててね!」
谷は立ち上がり部屋を出ようとした瞬間、那奈に振り返り厳しい視線と口調で告げた。
「開けちゃダメだからね!紅茶が来るまでお行儀良くしていてよ!」
那奈は軽くため息をついてから思わず笑ってしまった。
谷は五分と掛からずに戻ってきた。その手には盆にのせたティーポットと茶葉缶、二杯のカップにお湯の入った電気ポット、更に二枚の小皿と二本のデザートフォークがあった。
「まだよ、まだダメだからね!」谷はきつめにそう言って紅茶を淹れ始めた。

谷は慎重に茶葉の量や、湯に茶葉を揺らす時間などをキッチリと測り二杯の紅茶を淹れ終えそれを互いの前に置くと期待を込めた両手を合わせ「砂糖はいらないよね?そうそう、さすがにカップは買わなかったの、だってまさか那奈ちゃんがケーキを買って来てくれるなんて思ってもみなかったからさ。マグカップで我慢して!ね?那奈ちゃんが開ける?いや、待って私に開けさせて!いいでしょ?」
谷はそう言ってまるで宝箱でも開けるかのようにケーキの箱を開けた。
「うわ!もー!なにこれー!モンブランにティラミスじゃん!マカロン乗せるなんてズルいよね!オレンジチョコレートのタルトにショートケーキ!大丈夫!知ってるよサンベルのショートケーキはフロマージュブランって言うのよね!もー那奈ちゃん最高!やっぱり二つ食べるって言っておけばよかったな。ね?那奈ちゃんはどれにするの?」
「谷さんからどうぞ」那奈は意地悪っぽく答える。
「もー那奈ちゃん意地悪だなあ!」
谷は宝箱の中身を覗き込みながら指を左右に迷いに迷った後にチョコレートのかかったオレンジタルトを手に取り皿に乗せた。
「那奈ちゃんはどれにする?」
谷にそう言われ那奈はすぐにティラミスを選んだ。
「はっや!」
「だって、リューさんすっごく悩んでいたじゃないですか」
「まあそうだけどさ、でもアタシ那奈ちゃんがティラミスを選ぶって分かってたよ」
「え?なんでですか?」
「んー、なんとなくー!」
「ちょっと、ズルくないですか?」那奈が優しく睨む。
「まあいいじゃん!ほら食べよ!」谷は手を合わせ「いただきます」と言って早速オレンジのコンフィを一掬い口に入れた。
「んー!おいっしい!やっぱりオレンジタルトのコンフィは皮がついていないとね!幸せー!ほら那奈ちゃんも食べなよ」そう言う谷は那奈の前に置かれたティラミスを羨まし気に見つめている。
那奈は谷が何を期待しているのかが分かったのでティラミスにフォークを入れ一掬い口にした。
ココアパウダーのほろ苦さを感じると直ぐに滑らかなマスカルポーネチーズベースの甘いクリーム、そこにレディフィンガーの優しい苦みが訪れる。
二人とも紅茶を口にする。微かに葡萄のような、巨峰?いや、デラウェアのような控えめな果物の風味がある。セイロンティーだからだろう。
谷がマグカップを置き「ねぇ・・」と言いかけた瞬間、那奈はティラミスを差し出した。
「え?なんでわかったの?」
「なんとなくー」先ほどの谷の口調を真似て、いたずらっぽい笑みを浮かべて那奈が言う。
谷が自分のオレンジタルトを差し出し二人でお互いのケーキを味見した。
「あー!やっぱりティラミスも良いなあ!でもさ、那奈ちゃんこのティラミスは部長に食べて欲しかったんじゃない?ね?そうでしょ?」
「ティラミスを田中さんに?好きなんですか?」那奈は谷がどういう意図で言っているのか分からない。昨晩の田中さんに送ってもらっている時にそういった話をしていたと勘ぐったのだろうか?
田中さんと「田中さんはケーキは何が好きですか?」
「僕はティラミスが好きでね」というような会話をしたと?
「えー知らないの那奈ちゃん」谷はニヤニヤと笑いオレンジタルトを口にする。
どうやらそうではないようだ。
「何か、まずかったですか?田中さん甘いものは嫌いなんですか?」
「ちがーう!ドイツ語一級でケーキの事には、あれなのかなー?」谷はニヤニヤとした顔のまま今度は紅茶を口にした。
「なんですか、止めてくださいよ」
「ティラミスはね、夜に女性が男性にプレゼントするケーキなんだよ」
そんなことは初めて聞いた那奈は「どういうことですか?」と素直に聞いた。
谷はどこか得意げな顔をした。そして言う。
「ティラミスってね、私を連れて行ってって意味なんだよ。そんなケーキをさ、夜に男性に贈るの。コーヒーたっぷりのケーキを食べて今夜は寝ないでって事。那奈ちゃんはどこに連れて行ってほしいのかなあ?」
「え!?違います!そんなこと!」那奈は顔を真っ赤にして否定したがそれを見る谷の顔はこれ以上ないほどに、一本取ったとばかりに実に意地悪なほどニヤニヤしていた。

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