第四十三話 良い音が鳴る指の鳴らし方

チンピラ二人が明らかにこっちに向かって歩いてくる。
一人はトライバル柄のタトゥーを見せつけるように右腕をまくっている。背丈は岸より少し上、後藤より少し低いと言ったところか。もう一人は岸と同じくらいだろう。年齢は二人ともこちらよりだいぶ下だ。20代、おそらく前半だろう。歩き方、肩の怒らせ方、タトゥーを見せつけるかのように腕を振る様。全てが幼い。

後藤はキーをシリンダーに差しエンジンをかけ怯えた様子でトラックの窓を下げた。
シフトレバーを握りクラッチペダルを踏みこんだところでチンピラの一人、トライバル柄の男がトラックの運転席側の窓に、つまり後藤の目の前に手を掛け言った。
「酒屋さん?ちょっと火ぃ貸してくれね?」
そうしてまた一本の煙草を取り出した。
もう一人も挟み込む様に助手席側に歩み寄ってきた。
岸にはこの二人のチンピラが実にくだらないバカに見えた。
そんな風にエンジンの始動しているトラックに絡んできてどうするつもりなのか?トラックを走らせたらどうにもならないだろう、下手すれば足を潰される。拳銃でも持っているなら別だが。
「え?今タバコ吸っていたでしょ?」
後藤はそう言って背と肩を丸めて怯えたように顔を下に向けた。
岸はこの後藤が嫌いだ。怯えるような表情を見せる後藤がだ。怯える後藤を見ているとつい高校時代のあの時を思い出す。卑屈な笑顔で俺に握手を求めてきた後藤を。
分かっている。あの時の後藤とこの後藤は違う、別人と言っていい。だがあの卑屈な笑顔とこの怯える顔がどこか同じに見えてきてしまう。

もう一人のチンピラもご丁寧に俺の横に来て「閉めるなよ?」とばかりにトラックの窓に肘をかけた。

俺は後藤って男を誰よりも知っているつもりだ。
メシを食っている時に人食い族のグルメ話や小便味の緑茶の話をする後藤にはうんざりする。
人を天井から吊るし文字通りの血ダルマにするまで殴る後藤は恐ろしいし、人をカッターナイフ一本で切り分けていく後藤は気味が悪い。
だが後藤の奴をこの糞みたいなゲームに引きずり込んだのは俺だ。後藤にそれをさせているのは俺なのかもしれないという思いから仕方ないと思える部分はある。
それでも、この怯えるような後藤だけは嫌悪感を抱かずにはいられない。これが本来の後藤だとしても、そうしたのが俺だとしてもだ。

トライバル柄は、シフトレバーから手を放しアクセルも吹かさず怯えたように下を向く後藤の髪を掴んだ。
「ああ!?ナメてんのか!?火ぃ貸せって言ってんだよ!」
後藤は助けを求めるような俺を顔を向けた。
それを見たトライバル柄は嬉しそうに髪を掴んだ後藤の頭を揺さぶった。
「おい、止めろよ」岸が言う。本心からだ。後藤が可哀相だなんて微塵も思ってもいない、可哀相なのはトライバル柄の方だからだ。
「ああ!?てめえには関係ねえだろ!」トライバル柄が岸を押さえつけるように叫んだ。
後藤は小さく頷いた。俺が下唇を噛んで答えると後藤はトラックのパワーウィンドウを上げた。同時に俺と後藤は目の前にあるトライバル柄とチンピラの髪を掴みせり上がる窓にその首を押し付けた。
トライバル柄は驚き後藤を殴ろうとでもしたのか左腕を車内に突き込んできた。こっちのチンピラは咄嗟にパワーウィンドウを押さえようとでも思ったのか右手でせり上がる窓を押さようとした。しかし今時の乗用車なら子供の手や首を挟まないようにパワーウィンドウは止まるだろうが今俺たちが乗っているのはさほど新しくもないトラックだ。パワーウィンドウはチンピラ二人の首を容赦なく締めあげた。
「なにすんだテメエ!!」トライバル柄は叫びパワーウィンドウに首を挟まれながら車内に突っ込んだ左腕で後藤を殴ろうとしたがそんな状態ではまるで意味がない。後藤は簡単にその左腕を掴み抑え、岸も同じように助手席側の窓に挟まれたチンピラの右腕を抑え掴んだ。
トライバル柄は構わず暴れようとしたが後藤はその左手を掴んで抑えつつその指を掴んだ。トライバル柄がその意図に気が付く前に後藤は容赦なく人差し指を横にへし折った。
パキンッ!という音が車内に小さく響いた。
「ぎゃああ!てめえ!!なにしやがる!!!ゆびぃ!?」トライバル柄が叫び窓から逃れようと暴れ、タイヤを蹴ったが何一つ意味はなさなかった。
こちらのチンピラは足が届いていないのだろう、必死にタイヤに足をかけているようだ。
「静かにしてよ」と後藤が答えると同時に岸も自分の担当するチンピラの首の側面に拳を叩きつけた。
こちらも叫び声を上げようとするが岸は容赦なく二度三度と拳をチンピラの首に叩きつける。
漫画で見かける様に人の後頭部に手刀を叩き込んでも人が気絶することはない。ボクシングで四階級制覇するほどのパワーがあるのならば分からないでもないが、岸ほどの一般人の力ではまずそんなことは起きない。脳震盪を起こすか脳に損傷を与えるほどの致命的な打撃を与えられるのなら別だが。
しかし首の側面はそうでもない。首の側面の何らかの神経に強めの打撃を与えると大概は激痛と共におとなしくなる。
こちらのチンピラは気絶とまでは行かないが苦しそうにうめき声を漏らしおとなしくなった。出来る事と言えばパワーウィンドウにこれ以上首を締めあげられないように力の入らない足を必死にタイヤにかけておくことだけだ。

「指ぃ!指が!てめえふざけんな!!」トライバル柄はまだまだ元気だった。
「静かにしてよ」後藤はそう言いながら次は中指を横に折った。
自分で指をポキポキと鳴らすのとはまた違う音が車内に響いた。二本の指は揃えたかのようになっていたがその方向はまるで普通ではなく、トライバル柄の左手は南の国にいる森の木の枝を掴むのが得意なサルの手のようだった。
トライバル柄はまた激痛を叫ぶ。車内に響き渡る叫び声に後藤は小さく首を振り薬指を折った。
「静かにしないとさ、ほら」
後藤は森のサルの手のようにおかしな方向に曲がった指を握りゲームのスティックを操作するように左右に捩じった。
当然トライバル柄はまた激痛を吐いた。
「分からないかなあ、静かにしてほしんだよ」そう静かに告げる後藤に小指を掴まれるとトライバル柄は必死に歯を食いしばり痛みと叫びを漏らすことに耐えた。
「そうそう、痛いだろうけど頑張って。いくつか聞きたいことがあるから正直に答えて。嘘はダメだよ。君の指はあと2本しかないからね、まだ折れていない奴」
トライバル柄が必死に声を押さえるために食いしばった歯の間から声を漏らした。
「何もんだテメエ・・」
ポキン。
太さのせいなのか他の指とは異なる可愛らしい音を立ててトライバル柄の小指は外に曲がった。
トライバル柄はまた叫ぶが後藤が最後に残った親指を掴むとまた歯を食いしばり耐えるそぶりを見せた。
「そう、頑張って。親指が折れるとビールジョッキも持てなくなるよ」
トライバル柄は声こそ出さなかったが顔をゆがめて後藤を睨みつけている。

本当にこういう奴らは不思議だよな。こんな状況じゃ素直に従った方が良いだろ?首が窓に挟まれているんだぜ。こっちがその気になれば首の骨を折るのもそう難しいことじゃない。首の骨が折れたら死ぬんだぜ。良くて寝たきりだ。ちんこを扱くどころか勃っているかどうかすら自分じゃ分からねえだろう、まあ首が折れてちゃ勃たねえだろうがな。飯も自分じゃ食えず食ったら食ったで糞を垂れ流すだけだ。死ぬまでな。
従った方が良いだろ?だがこういう馬鹿はそれがわからねえんだろうな、素直に頭を下げておとなしく返事をするたびに何かを失うと思っているんだろう。残念ながら今のお前は失う物なんか何一つ持っちゃいねえよ、命以外はな。
「俺に何の用?」
「知るかよ!」
後藤はトライバル柄の親指を握る手に力を込めてまた聞く。
「誰に頼まれたの?」
トライバル柄は左手に唯一残った親指を折られなかったことで少し安堵したのか威勢が少し戻ったようだ。
「知らねえよ!!」
後藤はトライバル柄の親指を握る手に力を込めて公園の水道の蛇口をひねる様に捻った。
ゴキンッという音と共にチンピラの親指は今までとは真逆を向いた。
「があっ!!クソッ!!」歯を食いしばっても抑えきれない激痛の叫びをトライバル柄が吐き出した。
「ほら、全部折れちゃった」
「てめえ、許さねえ・・」トライバル柄は怒りと恨みの言葉を吐くが後藤は一考だにしない。
許さねえって言われてもなぁ・・。
「俺たちに何の用?って聞いても君は知らないって言ったよね?つまり誰かに頼まれたんでしょ?誰かに頼まれたけど、その理由は知らないってことだよね。なら誰に頼まれたの?それも知らないって言うのは、悪いけど信じられないんだよね。つまり君は嘘をついた」
「なにしてんだ、止めてくれ!」
岸が押さえつけているチンピラが口をはさんできた。
「静かにしろ」
岸が見せつけるように右の拳を握り振り上げるとチンピラは右手で首を守り静かになった。
「しらねぇって言ってるだろ!」
「これ何か知ってる?」後藤は相変わらずこういった奴らとはまともに会話をしない。言いたいことだけを言い、聞きたいことだけを聞く。後藤はトラックのシガーライターを押し込んだ。
「あ?充電器だろ?」
「そうだね、今時の車には無いもんね。灰皿すらないなんてびっくりするけどさ、これはシガーソケットって言って今押し込んだのはシガーライターって言うんだよ」
トライバル柄が怪訝そうに後藤を睨むとカチッと言う準備完了の合図が聞こえた。
「誰に頼まれたの?」
後藤が言いシガーライターを抜いた。そしてそれをトライバル柄に見せつけた。オレンジ色に輝く数百度に熱せられたゼンマイを。
「口の中にでも入れるつもりか?」トライバル柄は後藤に(まさか?)と言う顔を向ける。
「口の中?ああ、なんか映画で見たことあるね。でもそんなことはしないよ、口の中に放り込んでも良いけど君だって素直に口を開いてくれないでしょ?それに吐き出されても危ないし、君の唾液でべとべとになったら嫌だからね」
「顔か・・?」トライバル柄が後藤に驚いたような表情を見せた。だが後藤はそんな甘い男ではない。
「いや、額や頬も皮膚が焦げたら嫌な臭いがするからね、こんな狭いトラックの中でそんなことをしたらね?でも眼球ならさ」
後藤がそう言ってオレンジ色に焼けたシガーライターをトライバル柄の顔に近づける。
「それに、二つあるしね」
後藤はまるでお楽しみは二回あるよとでも言いたげに楽しそうに告げた。
トライバル柄はようやく怯えた様子を後藤に向けたが何も声は出なかった。
「待って!ちょっと待ってくれよ!」岸に首を殴られていたチンピラが口をはさんできた。
「本当に知らないんだ!なんか変な奴が金をやるからお前らに絡んでくれって言ってきたんだ!金をくれて・・・だから・・」
後藤と岸、それにトライバル柄がチンピラを見た。
「いくらもらったの?」後藤が聞いた。
「いや、それは・・一万・・・」チンピラが答える。
「一万円?まさかドルじゃないよね?」後藤が聞き
「ああ・・・」チンピラが答えた。
「それは君が受け取ったのかな?それともこっち彼かな?」後藤はそう言って苦痛に顔をゆがめるトライバル柄に顔を向けた。
「や、それは崎谷が・・」
「ふーん、それは一万円札で受け取ったのかな?まさか千円札十枚じゃないよね」
「いや、それは・・・そう、そうだ」
「なるほど一万円札ね。なら彼は、崎谷君?彼の財布には少なくとも一万円札が入っているはずだよね?」
後藤が軽く首をかしげて下手な言い訳をしたチンピラを見て同意を求める。
「あ?ああ、うん」岸の目の前のチンピラは自信なさげだった、おそらく嘘をついているのだろう。
出来ればそれはただの怯えであってほしい。目の前でシガーソケットが人の眼球を焼くところなど見たくはない。

「財布を出して」後藤はお構いなしに言う。この崎谷と言うトライバル柄の財布に一万円札が入っていなければ後藤は容赦なくトライバル柄の眼球を焼くだろう。そうなったらこのトライバル柄はその後に病院に行けるだろうか?仮に病院に行けたとしてもシガーソケットに焼かれた眼球に視力が戻ることは無いだろう。だがそうなったらそうなったで幸運だ、ブルーボックスに押し込められるよりは。
岸とその横のチンピラは、持っていてくれと願っている。
「ああん!?財布を出せだ!?」片手の指を全て折られ眼球を焼くと告げられているこの状況に陥ってもまだトライバル柄は強気だ。
岸がトライバル柄が後藤に従うべくなんとアドバイスするかを考える前に後藤は乱暴にドアを開けた。
「いってえ!!なにすんだ!!」
「痛かった?良かったね。首が折れていないってことだよ。首の骨はさ、指と違って七個もあるけど折れるのは一回だけだからね」
後藤はそう言ってトラックを降りて崎谷の身体を漁り始めた。
二人は後藤の言ったことがいまいちよくわかっていないようだった。それもそうだ。首の骨が折れるなど普通なら映画の中だけの話だ。
「お前はおとなしくしておけよ」岸はせめてもの救いのアドバイスをチンピラに贈った。
後藤がトライバル柄のズボンのポケットから財布を取り出し中身を改め始めた。
「うん、あるね」
トライバル柄の財布の中には少なくとも一人は福沢諭吉がいたようだった。
「崎谷くんね・・」後藤が崎谷というトライバル柄の免許証を改めてからもとに戻し財布を地面に放り投げ更にその身体を漁りスマートフォンを取り出しそれを少しばかりいじくると地面に投げた。
「ふーん、次は君ね」後藤がそう告げて助手席側に回ってくるとチンピラは明らかにおびえた様子で岸は再びアドバイスを送る。
「おとなしくしておけ」
後藤の手が触れるとチンピラはビクッと身体を震わせ恐怖に耐えていた。
後藤はチンピラの財布とスマホを改めるとそれも地面に放った。
「君は小田くんね」
二人が持っていたスマホはどこもおかしなところのない旧型の日本製のスマートフォンだった。
後藤が岸に頷きを向け岸はトラックのパワーウィンドウを下げた。小田というチンピラが解放された。
後藤は同じように崎谷もパワーウィンドウから解放したが左手の激痛に必死に耐える崎谷は地面に座り込み怒りの顔を後藤に向けた。後藤はその怒りの視線を交わすように崎谷の後ろに立つと両手で頭を掴んだ。そして告げる。
「右手の指はまだ五本残っているからまだ五回折れるし目も二つある。でも首の骨は七個もあるけど折れるのは一回だよ」
崎谷と小田はその言葉の意味をようやく理解したようだ。
小田は必死に弁解と懇願を始めた。後藤はそれを聞き満足げにニヤリと笑い崎谷に命令した。
「左手を地面に置いて」力関係をようやく理解したのか崎谷は素直に地面に左手を置いた。
後藤はその手を踏んだ。反射的にトライバル柄が叫ぶが「静かに」と言う後藤の言葉に歯を食いしばって必死に激痛を叫ぶことを耐えた。
後藤はトライバル柄の手を踏みにじったまま顔を耳に寄せて言った。
「よく考えろ」
崎谷は何度も大きく頷いた。
「お前らのスマホにスパイアプリを仕込んでおいた。お前らがまた近寄ってきたらすぐに分かるようになな。俺たちに二度と近寄るな」
「ロックがかかっているのにか?」崎谷は鼻で笑いながら言った。まだ強気な部分が残っているようだ。
「君のスマホの待ち受けは女の子だね?通話履歴はトモちゃん、小田君に番号非通知だね。トモちゃんって言うのは彼女かな?五分も話していたね。待ち受けの女の子がトモちゃんかな?」
後藤が両手で崎谷の首を撫でながら続ける。
「俺たちに近寄るな、関わるな」
トライバル柄はさらに大きく頷いた。涙を流しながら。痛みからか恐怖からか、もしくはその両方か。
「行け」後藤がそう言いと二人は脱兎の如く逃げ出した。

左手を押さえながら走るトライバル柄とそれを心配そうに見ながら走って逃げる二人の後ろ姿を見て鼻で笑いながら後藤が言う。
「指を折る時は横に折るんだ」
少しも聞きたくはないし好奇心からでもない。だが岸が出来るだけ嫌悪を浮かべないように顔を向けると後藤は言った。
「横に折った方が良い音がするからな」
思わず岸が顔を背ける。
後藤は何事もなかったかのようにトラックに乗り込み走らせ二人は帰途へついた。

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