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第三話 人の目玉はスプーンで簡単に抉れるよの巻


オレがキッチンに入るとすでに岸が買ってきた食材の詰まったレジ袋がテーブルに置かれていた。
もちろん岸はいない。男二人でキッチンにいたらゲイカップルみたいだからな。男二人でスーパーマーケットで買い物をするのも同じだ。
オレは賭けに負けて晩飯を作る。賭けに勝った岸は今日食いたい物の食材を買ってくる。今頃岸は自分の部屋でテレビでも見ているかパソコンでも弄っているところだろう。
じゃあ晩飯な。
オレは目を閉じて軽く息を吐いた。

このキッチンは元々は後藤の叔父が営んでいた製材所に勤めていた従業員の食堂でもあった。
叔父夫婦と、叔父と同じくらいの年齢の住み込み従業員であった老夫婦の四人が食を共にしていた昭和の台所だったわけだが、相続した後藤がキレイにリフォームして今ではアイランドキッチンのオシャレなダイニングキッチンチへと変貌している。

後藤がテーブルへと歩みよりレジ袋の中身を改めるとまず出てきたのが三つのサラダ菜だった。これだけで岸くんが望む今日の晩飯のメニューが分かる。
という事はその下にある発泡スチロールのトレーは豚肉だ。レジ袋からトレーを出すと豚肩ロースの切り落としだった。うーん、分かってるね。豚のバラ肉だったら無理やりにでも別のメニューにするところだよ。
あとは・・ごぼうにレンコン、あとニンジン。これはきんぴらを作れって事かな?シイタケに大根。これは適当に買ったんだろうな。袋の一番下には当然、ニンニクが転がっていた。もちろん青森県産のやつだ。うーん、しかし卵が無いな。あと二つしかないのに。でもまあ作る物は決まった。
と言うわけでまずはご飯を用意しないとね。
後藤はテーブルの脇に置かれた炊飯ジャーからテフロン加工の施された窯を取り出し軽く水洗いする。冷蔵庫の前に置かれたコメの入ったビンを持ってくると計量カップで二合の米を窯に入れた。少し考えてからもう少し米を足した。二合半よりわずかにすくないくらいと言ったところだろう。
米の入った窯をシンクに持っていき常温よりわずかに温かい程度のぬるま湯でさっと米を研いで水加減を微調整する。窯を炊飯ジャーに戻してあとは30分くらい浸水させよう。
白米を炊くときは研いだばっかりの米の入った窯を炊飯ジャーにセットしてもすぐに「炊飯ボタン」を押すのはダメ。絶対に!浸水させずに炊いたご飯とちゃんと浸水させたご飯の味はハッキリ言って段違いだよ。15分でもいい絶対に我慢するべき。

後藤はごぼうを取り出しシンクでぬるま湯をかけ流しながらキッチンペーパーで擦り始める。泥を綺麗に落としたところでまな板を取り出しごぼうを乗せた。
あとはニンジンの皮をむきごぼうと共に細切りにしていく。レンコンも皮をむき縦に四等分にしてから小口切にしてから切断面のデンプン質をさっと水で洗い流す。これがあると焦げやすいからね。ごぼうもレンコンも水に漬けてのあく抜きはしない。出来上がりの見た目は黒っぽくなり少しばかり悪くなるがその方が美味いんだ。
フライパンを火にかけごま油をひいて切った食材を炒め始める。
ある程度火が通ったところで酒とみりんを足したら蓋をして弱火にし柔らかくなる寸前まで蒸していく。
別の鍋にみそ汁をよそる椀の二杯半分の水を入れ火にかけたら今度は大根を切っていく。10センチほど切り落として皮をむいてから小口切りにし更に細きりにしていく。鍋のお湯が沸いたところで弱火にして大根を入れ顆粒出汁をたして味噌を入れ溶かし蓋をした。
フライパンの蓋を取り僅かな醤油と蜂蜜を足しこちらにも顆粒出汁を入れ、そこで思い出したように冷凍庫から鷹の爪を一本取り出し砕き入れる。軽くかき混ぜ再び蓋をする。
さらに別の鍋に水を入れ火にかけると冷蔵庫から豆もやしを取り出し一本一本根っこを取り除いていく。面倒くさいし味に違いが出るとも思えないけどもやしの根っこはあまり口にはしたくないからね。
鍋でお湯が沸騰しタイマーを三分にセットしてから根を取り切ったもやしを入れた。
次にステンレスのボールを二つ取り出し、一つに水を張りサラダ菜を入れ上下にゆすって丁寧に洗っていく。袋には「水耕栽培で洗わなくてもそのまま食べられる!」と書いてあったけど気分的な事だね。野菜は洗ってから食べる。特に生野菜はね。
洗い終わったサラダ菜を両手で優しく包むように持って勢いよく振って水を切っていく。
三つのサラダ菜の水を切りステンレスのボールの水を捨て軽く水洗いした。サラダ菜の根をねじり取りボールに入れる。もう一つのサラダ菜は別のボールに。最後の一つは適当に二つのボールに分けた。今のうちに冷凍庫からホールのホワイトペッパーを取り出しすり鉢ですりおろしておく。
ピーっと音が鳴りもやしを入れた鍋の火が消えた。シンクにザルを置き沸騰している鍋に水を入れてからもやしをザルにあけた。十分すぎるほど水を切ってからまだ湯気を出しているもやしを一本摘まみ取り口にするが火の通り加減は問題ないね。
更に別のボールを取り出しもやしを入れ、そこに醤油、ごま油、小量の中華だしと十分に擦ったホワイトペッパーを入れかき混ぜる。
フライパンとみそ汁の入った鍋の火を止めあとはご飯が炊ける寸前までやることはないね。炊飯ジャーのスイッチを押すのはし越しばかり早すぎるし、今から肉を焼くのいくら何でも早すぎるからさ。

後藤は軽く手を洗いペーパータオルで拭き取ると丸めてゴミ箱に投げた。
テレビのリモコンを手に取り椅子に座りテレビを点けた。夕方のニュース番組が流れた。
十日ほど前から行方不明の女性の公開捜査を開始したというニュースが大々的に報じられていたが後藤の耳には入っていなかった。
あと、二時間と少しかぁ。うーん・・。ご飯を炊いて、食べて・・。洗い物をして二時間・・・ちょっとかかるよなあ。
後藤はため息交じりに「うーん」と唸ると諦めたかのように立ち上がりキッチンから出て行った。
階段を降りていき車庫とは逆のドアを開ける。
製材加工した木材を積むためのトラックを入れた車庫部分は地盤面と同じ高さだが、こちら側の製材作業をしていた部分は、後ろの運河から丸太を引き上げていたため床が運河の水面に近いくらいの半地下となっている。まあこの家全体でだいぶ改装してあるがさすがにこの半地下はどうしようもない。まあこのままで便利ではある。
ほんの数段の階段を降り廊下を進み左側にあるドアの前で足を止めた。

もともとはこの廊下もなく右の壁も無かった。ここは広い作業場で天井には運河の上まで張りだしたホイストクレーンが設置されていて運河から数トンもある東南アジアから回漕されてきた丸太を引き上げていた。もちろん今はクレーンは取り外してあるし運河が埋め立てられる前にここには分厚い壁がすでに建てられていた。
その左側にも壁を作りここを廊下にして今ではこのドアの向こうは後藤の新たな別の作業スペースになっている。

後藤は気が進まないといった風にドアの前に立ちすくんでいたが、時間もないと自分に言い聞かせて意を決してドアを開けた。
ここがまだ製材所だった頃に使用されていたクレオソートオイルの匂いがまだ僅かに残っている。叔父はここで南洋材を製材し、違法に木材の防腐処理もしていたのだ。初めの頃はこの部屋に入って10分もすると涙が止まらず鼻の奥に刺すような痛みが起きたが今では全く感じない。しかしこれは薬品が薄れたわけではなく体が慣れただけだ。
部屋の中はドアのすぐ横に机が置かれており、その横に今ではもう使っていないオイルヒーターがある。天井の二か所に設置された空調機器で部屋の中はそれなりに温かかった。そして中央に机とその前にはひじ掛け付きの立派な椅子が置かれていた。その椅子には一人の男がドアに背を向ける形でうなだれる様に座っていた。男はドアの音に反応し少し首を横に向けたが振り返りはしなかった。疲れ切ったようにまたうなだれた。

「閉めるよ」後藤が遠慮がちに言いドア脇の机の上に置かれていたノートパソコンを操作した。
すると部屋の中央の机の上でジャラジャラと言う鎖が引きずられるような金属音がした。
後藤はドア脇の机の前に置かれたパイプ椅子を手に取り引きずらないようにきちんと持って、椅子に座る男の前に机を挟む形で座った。男の両手は手錠でつながれていて、手錠は更に机に繋がれていた。
「時間か?」椅子の男がうなだれたまま目も合わさずに言った。
「いや、まだ二時間あるんだけど・・」後藤は含みの残す言い方をする。
「ラストスパートでも、賭けに来たのかぁ?」男は薬の影響だろう、ダルそうに返事をする。
「あの、この後ご飯作らなきゃいけないしそんなつもりはないよ」
「じゃあ、オレの勝ちだな」
「う、うん、そうだね」
「ならここで終わりだな」男が顔を起こし後藤を右目で睨みつける。
後藤が思わず机に視線を落とすと机上に逆さに置かれたペットボトルのキャップに乗った左目だった眼球と視線を合わせることになった。
後藤が気まずそう眼球の乗ったペットボトルキャップをスイッチでもひねるかのように椅子に座る男に向ける。
男は右目で後藤を睨んだままペットボトルキャップを元の向きに直し両目で後藤を見つめた。
後藤は思わず男の両眼から目を背けた。
うん、まあ彼の眼だもんね。どっちに向けるかは彼の自由だよね。まあ彼の眼をスプーンで抉り出したのは僕だけどさ。
この空気を何とかしようと後藤は机の上に散らばった指の一つを手に取った。小指の第一関節と第二関節の間、中節骨と呼ばれる部分だ。
「コロンみたいだよね」無理に作ったせいでひきつった笑顔で後藤が言う。事実切り取られた指は血まみれだったが両端は骨が白く覗き見え大きさも丁度お菓子のコロンのように見えなくもなかった。
「いいぜ、食ってみろよ、うまいかもな」指の持ち主だった椅子の男が許可を与えた。
「いや、食べないよ、これからご飯だし」後藤は再び視線を反らし行き場の無くなった手にした指を机の脇に置かれたゴミ箱に放った。
プラスティック製のゴミ箱はポコンと可愛らしい音を立てた。まあ彼の指だけどね、カッターナイフで切り落としたのは僕だけどさ。
スプーンで目玉を抉ったりカッターナイフなんかで指を斬れるわけがないって思うかもしれないけど、ちゃんと使えばスプーンとカッターナイフくらいの道具で人体はある程度ならバラバラに出来るよ。

眼球にはもちろんそれを動かす筋肉があるよね。筋肉をスプーンで切るなんてA5ランクの和牛でもなければ難しそうって思うだろうけど、眼球を動かす筋肉は眼球に張り付いているだけなんだ。スプーンで筋肉を切るわけじゃないんだ。剥がすんだよ、眼球からね。感覚的にはホタテを貝殻から剥がす感じに近いね。筋肉の位置を想像しながら眼球に沿ってスプーンを動かせば意外と簡単に眼球から筋肉を剥がせるんだ。切るわけじゃななく剥がすだけだから血もそれほどでないよ。細くて赤い糸みたいな視神経を切る方が面倒なくらいだよ。
指を切るのもカッターナイフで十分だよ。ヤクザ映画でチンピラが指を詰める時に出刃包丁なんか使うけどあれは一気に切りたいからだろうね。カッターナイフではそんな風に一気に切れないからね、ちゃんと指の骨と骨の間を狙ってまずは皮膚を切るんだ。すると腱と腱鞘があるからそれを丁寧に切っていくんだ。これはいわば筋だね。これをカッターで切るのは結構手間だけどね、一つ一つ丁寧に切っていけばいいよ。あとは関節の軟骨を切っていけばカッターナイフでも指は切り落とせるよ。軟骨はちょっと硬めのプラスティックって感じかな、時間をかければカッターナイフでも切り落とせるよ。

「なら俺の勝ちだろう?早く終わりにしようぜ」男が手錠に繋がれて半分くらい指が無くなっている両手で机を叩いた。指の残りの半分は机の上でその振動で少し揺れた。
後藤は思わずビクッとしたがそれを逆に決心のスイッチにした。
「うう、うん、ソソそのことなんだけど」思わずどもってしまった。
「なんだ?あぁ早くしろよ」
「いい、いやあのあの、あのね。きょう、今日ね、キキ、キミの仲間に、ソソその、オソおそわれてね」後藤は緊張してどうしても男の顔を見ることができない。
「仲間?俺の仲間だと?」椅子の男はそう言ってから少し考えた。
「ああ、ハックエイムか?」
「うん、ソ、そう。ボボ、僕らはハハ、ハッカーズって呼んでるんだけど」
「知るかよ」男が舌打ちした。それは仲間の事か呼び方に対してか、まあ両方だろう。
「うん、うん、そうそうだよね、でもデデでもね、もちろん倒したんだ、けど、けどね」後藤が顔を上げて男を見る。
「あ!?」男は少し不安な色を見せた。
その様子を見て後藤の緊張は少し解けたがどもりは収まらない。
「でで、でね、ボボ、ボディボックスに、そいそいつを入れたんだよね」

知らない人は緊張するからどもるんだと思うだろうけど実は緊張とどもりはあまり関係がないんだ。緊張していなくてもどもるときはどもってしまう。早口だからどもるんだ、ゆっくり喋ればいいと思うかもしれないけど早口だからどもるわけではなく、どもってしまう人は早口なんだよ。

一度どもり始めた後藤の吃音はそうは収まらない。
「ダダ、だかだからさ、次のボボボディボックスが来るまでキキきみは殺せないんだ」
「俺に何の関係がある!」男は凄んだような声を出すが指を切られても目玉をえぐり取られても痛みをほとんど感じていないくらいの薬漬けにされているせいでどこか酔っているような感じがあった。
「ナナナないよ、ないないけど今ね、いまいま、今コロ殺したらツツ次のボディボックスが来るアア明日か明後日まで、きみきみのさ、シシ死体が、ここに置かれるわけじゃない?処理がメメメ面倒になるし、それはサササ避けたいから・・だよね」
「ふざけんな!三日!三日だ!!三日耐えた俺の勝ちだ!もう終わりだ!」
「ウウウうん、ソウソウそうなんだけど次のボボボディボックスがクク来るまでさ、ほらこのクク薬をあげるから、それまでネネネ寝てもらってオイおいてさ、アアあとは寝ている間に終わらせておくから」後藤は机の引き出しからいくつかの錠剤を出し机上に置いた。

男は机上に置かれた錠剤と後藤を交互に見た。
愕然としているようだったが色々な薬品を打たれているせいか口はだらしなく開き、全体的にどこか力が抜けているような表情だった。

それを見た後藤は机の引き出しから一台の黄色いスマホを取り出した。
「でもさ、薬もタダじゃないからさ、ロック解除、教えてもらえるかな?」
漸く落ち着き払った表情で後藤が聞いた。
「それと、キミはハッカーズかな?それとも・・・・・・かな?」
篠崎は心底驚いた表情で後藤を見た。口は開けたが言葉でてこなかった。
後藤は満足そうに笑みを浮かべた。


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