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第五話 ダクトテープで芋虫みたいにぐるぐる巻きにすると稀に人は死ぬ。理由はわからん。

手錠に縛られ椅子に座る篠崎はすでに右目といくつかの手指を失っていたが今また一つ大事なものを失った。
それは、自分自身。全てのと言いうより最後の自信を失い自分を見失っていた。
あと少しで勝てるはずだったのにどうして、どうしてこんなことに……。

後藤は、だらしなく口を半開きにして虚空を見つめ茫然自失する篠崎の顔をよく眺めてから、その顔の前で手を振ってみたが何一つ反応はなかった。
一応、篠崎の右手の小指の切断面を触ってみたが篠崎の痛覚はまだ戻っていないようで、まだ薬は充分に効いているということだ。バーナーで焦がした切断面から血が流れだし後藤の指を血で汚したので、後藤は血の付いた指同士で軽くこすり合わせてから篠崎の手の甲で拭う様にこすりつけた。そうしてから後藤は篠崎の両手を机に繋いでいた鎖を外した。

手錠に繋がれた篠崎の両手を引き寄せ右腕を肘掛けに乗せダクトテープで肘付近と手首付近、前腕の中ほどの三か所を巻きつけた。肘から手首まで全て巻き付けた方が確実だがこの薬の効きようなら大丈夫だろう。どうせ更に薬を飲ませるわけだし。
後藤は篠崎の両手を繋いでいた手錠を外し今度は左手をもう片方のひじ掛けにダクトテープで同じように縛りつけた。

これから薬を飲んでもらって寝てもらうから指を突っ込んで薬を吐いたりしないように縛り付けておかないとね。まあこのまま死んでいてくれれば楽なんだけどねぇ、寝ている人を殺すのはイマイチ気が乗らないからね。
ダクトテープで縛ったくらいで人が死ぬわけがないって思うかもしれないけど、意外と死ぬんだよ。
前はよくダクトテープで全身をグルグル巻きにして芋虫みたいにしてね、動けないようにしておくことがあったんだけど、不思議と死んじゃう人がいるんだ。死因?死因はわからないけどね、ボクは医者じゃないんでね、もちろん岸くんも。
でさ、ダクトテープでぐるぐる巻きにした芋虫が死んじゃうとそのままボディボックスに入れるのは難しいから厳重に巻いたダクトテープをはがさないといけないんだけど、これが結構大変なんだよ。
死んだ人って言うのは汚物と言うかさ、尿とか大便が出ちゃうことがあるんだ。

腸なんて身体の中でグルグルしてるはずよね、だから中身が出てくることなんかそうそうないと思うんだけど、出てきちゃうことがよくあるんだ。
そうなると大変だよ。剥がしたダクトテープは大便塗れだし、もちろん身体もね。そのままボックスに入れようとしたらボックスまで大便塗れになっちゃうからね。そんな臭い箱は誰も運ぶのはイヤだよね。だからボックスに入れる前に身体も綺麗にしないといけなくなるんだよ。
もしかしたら死後硬直ってやつで腸から中身が押し出されてくるのかもしれないけどね、死後硬直って言うのは内臓から始まるらしいんだよ、wikiでしらべたんだけどね。

でも全員じゃないからね。そもそも死後硬直ってとても硬いらしいんだよね、おそらくなったことはないと思うんだよね。ボックスに入れるときに困ったことはないからね。wikiには二日くらい固まったままになるって書いてあったからね。

でもwikiに【人をダクトテープでぐるぐる巻きにすると死ぬ】なんて項目はなかったからね。そっちの理由はわからないよ。岸君はクラッシュ症候群じゃないかって言うんだけどね。クラッシュ症候群って言うのは圧迫された筋肉から毒素が生まれてそれで死んじゃうことがあるらしいんだよね、もちろんこれもwikiで調べたんだけどね。
でも僕はダクトテープの接着剤か何かの成分が皮膚から入り込んでアレルギーを起こしてアナフィラキシーショックを起こしているんじゃないかって思っているんだ。もちろんアナフィラキシーショックの項目もwikiで調べたんだけどね。
結束バンドで手足を縛っておいても死んだことはないからダクトテープがなんか作用しているのは間違いないと思うんだよね。
まあ理由はわからないけど、人をダクトテープでぐるぐる巻きにして芋虫みたいにして放っておくと死んじゃうことがあって、見たくないものを見ることになって、やりたくないことをやらなきゃならないハメになることがあるんだ。
だから今は固定した椅子を置いてそこに座ってもらうことにしているんだよ。

もちろん椅子に座らせていても死んでしまうことはあるけどね。でもそれはおそらく椅子のせいじゃなくて、薬のせいだよ。
この椅子に座ってもらう人は、話はできるけど痛みは感じないって状態にするのが大事なんだけど、これは加減がとても難しくてね、寝たまま二度と起きないとか、起きてはいるけどまともに会話ができないとかね。
脊髄注射って言って文字通り脊髄に麻酔薬を打つんだけどこれがとっても難しいんだ。
まず背骨の骨と骨の間から注射針を刺し入れるんだけど、もうすでにここから難しいんだよ。一つ一つの背骨の位置がはっきりわかるほどガリガリな人は中々いないからね。だから骨のつなぎ目が分かりやすい首の後ろから打ってみるんだけど結構簡単に死ぬんだよね、人って。背中からでも首からでもそんなに大きな違いはないと思うんだけどね、会話どころか完全に意識を失っちゃうことが多いんだよ。
それに刺し方だって浅すぎて脊髄に届いていないのはダメだし、だからと言って深く刺しすぎて脊髄を貫通してももちろんダメだからね。麻酔薬の量も少なすぎたら痛みが消えずに大騒ぎになるから多めにするんだけどこれも意識を切ってしまう原因の一つだとは思うけどね。
でも痛みに反応されてギャーギャー大声出されるのと、意識を失って会話もできないから仕方なく終わりにするのではどっちがいいかと言ったらもちろん終わりにした方がいいよね。
指を切り落とすたびに叫び声や怒号や罵声を聞かされるくらいならさっさと死んでもらったほうが静かでいいし、痛みっていうのは上手に使わないと相手を弱めるどころか怒りや憎しみの元になって強さを増すことだってあるからね。

あとは色んな薬の混ぜ具合も大事だね。注射で痛みを無くしてお薬で感覚や判断力ってやつを鈍らせたりするんだ。
初めの頃はほとんど上手く行かなかったけど最近はだいぶ感覚を掴めてきてさ、3人中2人はそれなりにうまくいくようになったかな。
その中でもこの篠崎くんは今まで一番上手くいったと思うよ。
篠崎くんは三日間耐えれば勝つ!と思いこんで、それがあとたった2時間ってところまで来ていたんだ。
あと2時間で勝てる。そう思っていたところにボクが負けを認めて花束と歓声に囲まれた華やかなゴールを用意してあげた。
篠崎君は目の前にゴールテープを用意されてあと一歩進むだけ。それだけで勝利だって思っただろうね。

そこでボクは篠崎くんをちょっぴり現実にもどしてあげたんだ。
華やかさの欠片もない、どこかも分からない冷たいコンクリートの壁に囲まれた薬品臭くて薄暗い部屋で、あと一歩進むどころか鎖に繋がれて移動できるのは便座か椅子だけ。
机の上には切り取られた五本分くらいの指とペットボトルのキャップに乗せられた眼球。

この部屋に閉じ込められた時点で篠崎くんに勝利なんてものはなかったんだ、あるとすれば万が一の生還くらいのものだね。
そんな篠崎くんに三日間耐えて勝利して殺されるか、耐えられずに敗北して殺されるかって思わせたんだ。

ボクは篠崎くんに、三日間パスワードを言わずに耐えれば勝者として殺されると信じ込ませたんだ。
もちろんだいぶクレジットを使ったけどね、三日分の脊髄注射や薬代だけでもかなりかかったよ。
それなのに篠崎くんはね、よくこんなんでバトルを仕掛けてきたなって思うくらい何も持っていなかったけどさ。
ピストル一丁とスタンガンが二つ。せっかく聞き出したパスワードでスマホの中身を見てもクレジットを使い果たしてから玉砕しに来たのかなって感じだった。正直に言えば赤字だったよ。しかもかなりの赤字だった。

でもね、そんなことはどうでもいいんだ。篠崎くんは自分を殺す相手に対して勝ち誇っていたんだよ。
カッターナイフで指をバラバラにされてティースプーンで眼球を抉り出されて、注射器でちょっぴり脳みそを吸い出されたのにだよ。
ああ、カッターナイフで指を切ったり小さいスプーンで目玉を抉り出したり注射器で脳ミソを吸い出すなんて無理だと思うでしょ?これそんなに難しくないんだよ。
確かにカッターナイフなんて人に刺そうしても無理だし、切りつけようと思ってもせいぜい皮膚をちょっと切るくらいですぐに折れちゃうし、どう頑張っても骨なんか切り落とせないよ。
でもね、指を切ることなら出来るよ。骨と骨の間をゆっくり切っていけば大丈夫。骨と骨の間を丁寧に切っていけば結構簡単に切断できるよ。骨の間に軟骨みたいな組織とか腱はあるけど少し時間をかければカッターナイフでちゃんと切れるよ。五分もかからないよ。
眼球だって小さなスプーンで簡単に抉り出せる。もちろん眼球は動くよね、動くためには当然筋肉があるわけだけど、別にスプーンで筋肉を切るってわけじゃないんだ。眼球から剥がすって感じかな。ホタテ貝から身を剝がすのに切れ味鋭いナイフなんか使わないよね?そう、筋肉を切るんじゃなくて眼球から剥がすだけでいいんだ。それならスプーンでも大丈夫なんだ。因みに眼球を抉り出したらとっても血が出そうだけど意外と出ないんだ。目玉なんて需要な器官はとっても血液が流れていそうだけどね、眼球を失った眼窩からは血がダラダラ流れることなんてないよ。
注射器で脳ミソを吸い出すのは一番簡単だよ。自分で額を触ってみればわかるだろうけどちょっとミゾになってるような部分があるよね。そこは前頭骨って言うんだけど産まれた時にはまだ左右に二つに分かれていて成長するにつれくっついていく部分なんだ。だから人によっては意外と注射器の針でも貫通して脳まで届くんだ。
脳ミソなんて吸い出したらすぐに死んじゃうだろって思うかもしれないけど、前頭葉なら全然大丈夫。そう簡単には死なないよ、まあ後頭部は止めた方が良いと思うけどね。脳は前の方なら少しくらい減っても大丈夫。後頭部は少し減っただけですぐ死んじゃうことが多いけどね。

まあ、篠崎くんは指と眼球は半分くらいなくなっているのにチョッピリ減った脳みそで必死に勝つんだ勝利は目前だって思っていたんだよ。
こんなことそう簡単にはできないと思うよ。
今から殺される人がこれから殺そうとしてくる人に勝ち誇ってたんだよ。
いや、うん、赤字だよ。脊髄に打った注射も飲ませた薬品も、頭蓋の間を通す極細の注射針も高かったよ。
そうだね、すごい赤字だね、分かってるよ。
でもさ、彼はハッカーズだったわけだし、もしかしたら・・・。
イヤ、うん彼はびっくりするほどの一文無しだったけど、うん雑魚だったね。雑魚にちょっと使いすぎたね、うん・・ごめんなさい。

後藤は一つしかない篠崎の目の前でもう一度手を振ってみたが反応はやはり乏しかった。
机の上には置かれたままの赤い錠剤の睡眠薬を篠崎に飲ませようとするが篠崎は薬を嫌がるように顔をそむけ「水」とだけ言った。

後藤はそっぽを向いたままの篠崎を観察してみたが特に気になる素振りはなかった。
机の脇の床に置かれたペットボトルのミネラルウォーターを一本取るとキャップを外した。
縛る前に飲ませればよかったと思いながらペットボトルを篠崎の口にあてがってやる。
後藤はむせかえって口から吹き出された水を浴びたくはないので少しずつ飲ませようとしていたが、篠崎はボトルに噛み付きかねない勢いで水を飲み、喉を鳴らし続け500mlのペットボトルがすぐに空になった。
後藤は空になったペットボトルを小さく潰してからキャップを嵌めゴミ箱に投げ入れた。
もう一本ペットボトルを拾い上げキャップを外し差し向けると篠崎はまた親鳥に餌をねだるひな鳥のように顔を近づけてきた。口の端からだいぶ零れていたがボトルの中身が半分くらいになったところで後藤はペットボトルを篠崎から離し錠剤を摘まみ上げ篠崎の口に近づけた。
篠崎が口を半開きにして動きを止め、そこに錠剤を放り込んだ。

噛まれたくはないからね。

3つの錠剤を全て篠崎の口内に放り込み再びペットボトルを近づけると篠崎は先ほどと同じような勢いで水を飲み続けた。後藤は篠崎の口にペットボトルをあてがいながらもう一度、指の切断面を強く摘まんでみたがやはり反応はなかった。薬は充分に効いている、今のところは。
後藤はまた空になったペットボトルを潰してキャップを嵌めてからゴミ箱に放りこんだ。篠崎を見るとまだ水を飲みたそうにしていた。
後藤はまたペットボトルを拾い上げキャップを外しひな鳥の口にあてがってやった。
「最後だよ」
後藤がそう言ったからか篠崎は今度はこぼすことなくペットボトルを空にした。
満足そうというよりは少し苦しそうにも見えた。
そりゃあそうだろうね、1.5リットル近い水を飲んだんだからさ。どんなに喉が渇いていたと言ってもなかなかそこまでは飲めないよ。
疲れ切ったように呆ける篠崎の口の中を見たが錠剤は残っていないようだ。飲んでいる最中も口の中のどこかに錠剤を押しとどめているような素振りはなかった。薬はまだまだ十分効いているようだし、まあ大丈夫だろうと後藤は思った。
もし錠剤をのんでいなかったとしても、薬が切れて痛覚が戻った時に苦しみを味わうのはこっちじゃなくて篠崎くん自身だしね。
その篠崎はグエッとゲップをして少し顔をのけぞらせ呆けて口を開けたままの顔は僅かに微笑んでいるようにも見えてとってもマヌケに見えた。
後藤は「じゃあね」と言って立ち上がりパイプ椅子をたたんで手に持つと思い出したかのように机の上の眼球が乗ったペットボトルキャップを摘まみまわし篠崎に向け直した。
篠崎に背を向けパイプ椅子をドア脇の机に立てかけ壁に設置されたテンキーを操作する。
(5,1,0っとね)ピッピッピと電子音が三回鳴り最後に〇印のキーを押すとピーっと鳴りドアが解錠された。
「じゃあ、ね」
後藤が振り向くと篠崎は先ほどの姿勢のままでやはり反応はなかった。
後藤は部屋から出てドアを閉めた。

部屋に残された篠崎は机上に置かれた眼球とにらみ合い歯を食いしばるその顔は煮えたぎる憤怒の皴を浮かび上がらせていた。

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