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第十二話 ペットボトルキャップは眼球置きとして丁度いいというライフハック

岸は屈んでトラックの下を覗きこんだ。何もなかった。トラックの横に回り込んでみたが同じく何もない。

岸は振り返り作業場に続くドアを見つめてからロッカーに歩み寄り開けた。
そこには様々な工具に鉄パイプや自転車の空気入れなど様々は道具が入っていた。岸はそこからベースボールバットを取りだしその攻撃力を確かめるかのように軽く床を叩いた。
カンカン!という音が車庫に響く。

岸はバットを片手に作業場に続くドアに向かいバットでドアレバーを押し下げ、そのままドアをゆっくりと押し開けた。金属製の重いドアがゆっくりと開いた。

作業場の前の細い通路には一人の男が辛うじて壁に寄りかかる様にして岸を睨みつけていた。岸は驚いたように一歩下がり少し腰を落としてバットを両手で握って構えた。

「誰だ!」
岸は素手の男にバットを見せつける様に振りかぶり構え直した。

「ここで何してやがる!どこから忍び込んだ!?」

「クソが」
男はそう言いながら自身の身体を壁に擦りつける様に何とか立ち上がった。

「クソじゃねえだろ!それはこっちのセリフだ!酒泥棒か!?」
岸はバットを振り上げ男を威嚇する。

「ふざけんな・・」
男は立つには立ったがふらついて壁に手を付き考えた。この男はスプーンで俺の目を抉り取ってカッターナイフで指を斬り落とした男ではないが、どこかで見た覚えがあると思った。しかし薬のせいで頭の中は靄がかかったようで記憶を取り出すことが出来ない。

「ふざけてんのはテメエだ!酒泥棒が開き直ってんのか!警察を呼ぶからな!」
岸はバットを片手に持ちコートのポケットのスマホに手を伸ばした。

「呼んでみろよ」
男はフンっと鼻で笑ってみたがどこか戸惑ったような表情を見せていた。

「呼ぶに決まってるだろ、コソ泥が」
岸はどちらにバットを持つべきかしばし悩み右手に持つと左手でポケットから真っ赤なスマホを取り出しもう片手に持ったバットを男に向け視線を男から外さないようにしながら慣れない左手でモタモタとスマホを操作し始めた。

「待て!本当に警察を呼ぶのか?」
男は焦って言った。

「呼ぶって言ってるだろ、じっとしてろ」
岸が脅すようにバットを向ける。

「待て!俺は泥棒じゃない!」

「あ?人の店に忍び込んでおいて何言ってやがる」

「違う!俺は監禁されていたんだ!助けてくれ!」
岸は必死に弁明する男に目を向けて言った。

「監禁されてたって?ここに?何を言っているんだ?」
困惑した表情を見せる岸に男は必死な弁明を重ねた。

「俺はここに監禁されて拷問されていたんだ!目を抉られ指を切られたんだ!見ろ!この目を!」
男は足りない指で空っぽの眼窩を指さした。岸は覗き込む様に顔を寄せたがそれが事実なのか目を瞑っているだけなのかはここからではハッキリとはわからない、スマホに視線を戻した。

「待ってくれ!本当だ!後藤と言う男にこの倉庫に監禁されて指を切られ目を抉られたんだ!本当だ!頼む助けてくれ!」
男は肩で壁を擦る様に岸に近寄ろうとした。

「後藤が?なんで?あいつがそんなことをするわけないだろ」
岸は真っ赤な色のスマホをポケットにしまい近寄ろうとする男を両手でバットを構え威嚇する。

「本当だ!後藤と言う男にここに監禁されて拷問されていたんだ!見ろ!」
男は指の足りない手を岸にかざして見せた。しばしの間二人は睨みあった。

「頼む!見逃してくれ!ここにあの男が来たら俺は殺される!」
岸は首を傾げながら横に振った。

「なら余計に警察を呼んだ方が良いだろ?後藤が本当にそんなことをしていたならだけどな」
岸はそう簡単には不審な男を信じようとはしない。

「・・・警察は・・ダメだ。今にでもあいつが来るかもしれないだろ?」

「俺の知っている後藤とお前がいう後藤が同じかどうかはわからないが、後藤はなんでそんなことをしたんだ?」
岸の問いかけに男は俯きすぐには答えなかった。

「わからない、気が付いたらここに閉じ込められていたんだ。頼む、逃がしてくれ。それにあいつが今ここに来たらあんただってどうなるか分からないぞ?ここから逃がしてくれればあんたに迷惑はかけない!絶対だ!頼む・・・泥棒なんかじゃない、酒なんて持っていないだろ・・・」
男は辛うじて立てているといった様子で岸を力でどうにかしようと言う気力はなさそうだった。

岸は思案顔で男を睨んだ。
「わかった、でも顔の写真を撮らせろ、もしもの時は通報するからな
」岸が真っ赤なスマホを男にかざした。

「動くなよ、じっとしていろよ」
岸は警戒しながらドアをくぐり数段の階段を降りゆっくりと通路に踏み入った。

「顔を上げろ。もう少し。よし」
岸は片目の男の顔をスマホで撮影した。

「これでいいか、逃がしてくれるか?」

「いや、見逃すわけじゃないからな、お前が泥棒だってわかったらすぐにこの写真を添えて警察に通報するからな」

「それでいい」
岸は男とは逆の壁に張り付くようにして道を開けた。

「行けよ、ゆっくりだぞ。振り向くな、変な気を起こしたら叩きのめすからな」

岸はスマホをしまい狭い通路で両手にバットを構えながら男が自分の前を、古いタイプのゾンビのようにゆっくりと進んで行くのを見守った。
男がふいに岸を見た。1メートルも離れていないその顔には確かに片方の眼球が無く、涙でぬれた程度の量の血が顔に赤い線を残していた。岸は思わず顔をそむけた。

男は内心鼻で笑った、こんなものを恐れる岸を、この狭い通路でバットを頼りにするような素人丸出しの岸をあざ笑った。
バーナーで焼かれた指を見せたら腰の抜かすかもしれないな。

しかしこの男は誰だったか?どこかで見た覚えがある。
いや、今は早く逃げることだ。片目を失い指はバラバラだ、これじゃあ目立ちすぎてもう前の生活には戻れないだろう。
だが、あのドモり野郎だけはいつか殺してやる。必ず殺しに戻る。そのために今は逃げる、一歩でも早くここから離れることだ。

片目男が薄い数段の階段の上に立った時、岸が誰だったかを思い出し振り向いた。
岸は既にバットを手にしていなかった。代わりに手にしていた棒状の器具を片目男の首に押し当てた。
数十万ボルトの電撃が男を襲った。強烈な電撃で身体は硬直し、喉は声ではない別の音を発し脳の思考はかき乱された。
後ろに引き倒されそうとしているのは分かった。たった今あざ笑った男がすでにバットを持っていないことも分かった、両手で顎と頭を押さえられたことも分かった。ボグン!という音が自分の首の骨が折れた音だというのも分かった。自分を見下ろす男が殺すべき対象だったことを思いだしたところで世界は真っ白になった。

岸は片目の男が階段の上に立ったところでスタンガンを男の首に押し当てた。首に当てるのが一番効くからだ。振り向いては欲しくなかった、できれば顔は見たくなかった。
男の声帯は叫び声ではなく電撃のもたらす筋肉の痙攣による音を発した。岸はスタンガンを放り男を襟をつかんで後ろに引くと男は全身を硬直させたまま背後に傾いた。
岸は倒れる男の頭部に肩を当て両手で顎を掴んだ。男の身体が通路に倒れるときの衝撃が、男と岸の二人分の体重が首に集中した。ゴグン!!という音で男の首の骨が折れたことが分かった。

首の骨と言うのはハリウッド映画のヒーローが悪党やゾンビを倒すように両手で真横に回すだけで簡単に折れるというものではない。
人の首を真横に回すだけでそんな簡単に折れてしまってはマイクタイソンは今頃あの強烈なフックで大量殺人者になっていたことだろう。だがマイクタイソンのフックで首の骨を折って死んだ者はいない。

コツは斜めだ、人の首を折るコツは斜めに力を入れることだ。顎を横ではなく斜め上に押すこと。これだけ言うと、ならマイクタイソンはアッパーで大量殺人者になっているはずだと思うだろう。だがもう一つ大事なポイントがある、それは頭部を抑え斜め下に引くことだ。
マイクタイソンが強烈なアッパーを顎めがけて斜めに叩き込んでも対戦相手はそう簡単には死なない。その衝撃は首だけでなく上半身に伝わり分散されるからだ。
人の首を折るコツは顎に真横ではなく斜めに力を入れること、そしてその頭部を抑え込みつつ顎とは逆の方向に力を入れることだ。片手で殴って人の首を折ることはおそらく不可能だ。相手の顎を押し上げつつ頭部を引き下げる、ドライバーをしっかり握って回せばその力の全てがその先端に集中しネジを回すように、人の首も顎と頭部をしっかりと抑えて正しい方向に回せばその力は首の骨に集中し、折れる。

片目の男の頭部は首より下にまで伸び頚髄は酷く損傷し身体機能はほぼ停止した。岸は片目の男を見下ろしていた。男は片目で岸を見た、もはや動かせるのは目と口だけだった。
「お前は・・」
そうだ、俺はこいつを殺しに・・き・た・・。
男の視界は真っ白になり残った片目もテーブルの上のペットボトルキャップに置かれた片目と同じく、もう何も見ることは無くなった。

この方法で首の骨を折られた場合、多くの場合上から三番目あたりの骨が折れる。人の首の骨が折れた時、その骨が頭部に近ければ近いほどダメージは大きくなる。骨の損傷と言うよりその内部の頚髄の損傷によるものだが、それが三番目より上の骨である場合はほぼ助からない。

しかしごくまれに死なないこともあるらしい。岸はそんな奇跡を見たことはなかったが、それはきちんと「返し」を忘れないからだ。
だから岸は返した。片目の男の顎を掴み頭を抱え込み今度は逆方向に回転させた。少し骨がぶつかるような音がしたが折れたような派手な音はしなかった。
岸は片目の男の喉を掴んでみた。拍動は一切感じなかった。一つしかない眼球に触れてみたが何の反応もない。男は間違いなく死んでいる。
岸はしっかりと死体となった片目の男を引きずり作業場に入れた。背後でドアが閉まり自動でロックがかかった。
死体を机のそばまで運び、置いた。机に目を向けるとそこにあった眼球と目が合った。
この男は嘘が下手だった、少なくとも岸よりは。

岸は眼球から目を背け振り返るとドア脇のテンキーを操作して解錠し出た。

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