引きこもりとかetc...

※あくまで自分の経験なのでこういう事例もあるのだな程度で見て下さい。

引きこもりや不登校やニートについて社会に適応出来ている方から見ると
当人の気持ちは理解し辛い思うので経験談含め書いてみます。
事象は一人ひとり違うのであくまで参考までに。
私は不登校から始まり大人になっても1年程度のニートを2回経験してます。
不登校についてはまぁ学校が嫌いってところから始まるのですが
何故行く必要があるのか?が理解出来なかったです。
今となってはもちろん行くべきだと思いますし、その頃の自分に会えるなら
無理やり引っ張って連れて行くと思います。(あくまで私の場合は)
社会に適応するということは言い換えれば社会のルールを疑ったとしても
合わせて型にはまることだと思います。今でも私は不適合と思ってます。
そこに疑問を持たずにそういうもんだと割り切れる方が楽ですね。
不登校は小学3年生からは行くようになりましたが欠席は多かったです。
ただ全く行かないということはなくなりました。
家でルールがあり欠席した日はゲームと遊びに行くのが禁止されていたので
それも大きかったですね。1日自由を奪われるわけです。
環境は大きな要因だと思いますね。今はネットという厄介なものがあるので
無限に時間が潰せちゃいますから余計に困難になると思います。
もちろん何か理由があり行きたくても行けないし環境も変えられないという
状況もあると思いますのでそういう状況下ではネットは有効だと思います。
コロナ禍のzoomの授業なんかがいい例ですね。
あと使い方次第では得意な分野を伸ばすことも出来ると思います。
学校嫌いは高校まで続きましたがそれなりに行って卒業しました。
高校までは何となく行かされてる感があったのですが大学は行くと決めて
行ったのでサボることなく通いました。
今考えると自分で決めたか否かは私の中で大きな違いだったと思います。
今そういう状況の人はたくさんいると思うんですが本人も保護者も
誰が悪いとかじゃなくて、現実的にメリットデメリットがあることを
考えて対策をする方がいいんじゃないかと個人的には思います。
もちろん簡単にいかないことは重々承知していますし、どういう状況が
正解というのはないので数年、数十年後本人が納得できるかだと思います。
単純に考えて義務教育は義務なので普通に考えれば行って当たり前ですが
行くと行かないでは行く方がメリットは多いと思います。
というのもそのときにしか経験出来ないことが多いからです。
集団行動だったり退屈な授業だったり理不尽なことだったり
色々と自分が選べない状況が多々あります。
社会も同じで理不尽なことがたくさんあります。
退屈なことも集団行動もあります。
それに慣れる時期と考えると色々な人に触れ合うことは大事ですね。
それが全くない状態で社会に放り込まれるとそこで苦労する可能性が
ありますが、もし本人がそれで納得できるし保護者も子供が苦労しても
それは自己責任だからと割り切れるのであれば何も問題ないと思います。
私の場合はもし学校に行かなくていいよというスタンスで接されていた場合
性格上ずっと行かなかった可能性が高いと思います。
仕事の長期連休の後は「会社行きたくねー」って思う方多いと思うんですが
皆さん行きますよね?それは生活がかかっていて自分が困るのが理解出来ているので「行きたくなくても行く」という選択肢が取れますが
私が子供の頃は自分が困るということは理解出来ていなかったです。
また、休む期間が長いとより行き辛くなっていきました。
1日休むより2日休んだ方が行き辛いのです。あとは長ければ長いほど。
遅れて行く日もありましたが、休み時間を狙って行っていました。
授業中に入って行くのはハードルが非常に高く感じていました。
それでもある程度ちゃんと通うようになれば順応しますので
長く休むこともなくなっていきました。
友達と外で遊ぶと家では起きないイベントが多々起こるため
時間を忘れて毎日を過ごしていたように記憶しています。
もちろん失敗もたくさんしましたし怒られることもたくさんありました。
それでも何も起こらないよりはいいと思います。
学校に行くデメリットとしては第三者に迷惑をかけることですかね。
しかし人が生きていく上で迷惑はかけるし、かけられるものなので
そこはいつか経験することになりますね。
軽度、中度、重度と段階があると思いますので自転車の補助輪的に
少し押してあげれば進める場合は、上手く乗れるまで支えてあげるのが
よいかと思います。乗れない場合は別として乗りたくないぐらいであれば
何回かチャレンジしてみてもいいかと。
私の場合、学校の門まで行くと終わるまで出れないと考えて門の前まで
行って入れないことが多々ありました。入ってもいつでも戻ってきて
いいよの一言があればもっと気楽に行けたかもしれません。
逃げ道は作ってあげておいた方がいいかもしれませんね。
不登校編はこの辺にして
あとは大人になってからのニート時期についてですが
この時期は完全に腐ってました。
1回目は高校卒業後で2回目は仕事を退職した後なのですが
どちらも共通するのは生活が何となく出来ちゃってたことですね。
もっと切羽詰まっていれば動くしかなくなるのですが
そうなる前にある程度期間があると今度はどう動いていいか
わからなくなってしまい身動きが取れなくなってしまって
切羽詰まるまで動かないようになってしまいました。
ここも動いて当たり前という考えを持っている方は
すぐに動けると思うのですが、そうじゃない方は不登校と同じで
どんどん動き辛くなってしまうと思います。
また、生活が成り立っちゃっていると余計に。
ここも環境によると思うのですが、「動けよ」って言ってくれる人の
存在も大きいと思います。
私の場合は腫れ物のような扱いを受けていたので、厳しい言葉をかけて
くれる人はいませんでした。
しかもこのときにはネットが普及していたのでもうダメでしたね。
今振り返るとそう感じることが出来ますが当時は焦燥感もあるけど
何をしていいかわからず現実から逃げていました。
私はタイプ的に無理にでも何処かへ放り込まれた方が活きるので
今は運よくそういう環境へ行けたことで何とか生きてます。
私の場合は、全て私のせいでこういう人生になったと思っています。
反省は多々ありますが後悔は1ミリもありません。
もっと若いときに色々社会について学んでおけば上手く立ちまわることが
出来たかもしれませんが、それも私が身を置いていた環境がそういう
環境ではなかったし、そこを選んだのも私なので。
少なくともニートの経験を経て何もしないと何も起きないということは
重々学んだので自ら波風立てていくスタイルで今はやってます。
あと本当に人のことを考えて何かする場合に、自分の考えを押し付けること
をやってしまいがちなのですが、相手をコントロールすることは洗脳でも
しない限り不可能なので、それを念頭に置いておかないとお互い嫌な思いを
してしまう可能性があるかと。
人は変わらないので。

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