小此木さくらとドラゴン伝説
灰白から銀白へと変わりさらにその色を変じようとしている巨人が震えている。
背中を丸め、うずくまるように膝をついた巨人の背中がはじけ、虹色の煙を帯びた銃士が弾丸のごとく射出される。
トマトがつぶれるような音を聞いて、レイ・カリーニンに顔をしかめた。
東方教会の本部に安置されていた聖戦士ドラゴンスレイヤー。
三メートルを超えるオリハルコンの巨人はやはり聖人の血によって出現した聖なる慰霊碑「槍の大樹」に縛り付けておくべきだったのだという考えがレイ・カリーニンの頭をよぎる。
だが伝説のかなたにあった竜人の姿を見た今となってはそれこそが過ちであるとも思う。
見上げても果てがないほどに巨大で銀色の肌を持ち、ワニの口と鹿の角、鷲の翼に鉄を裂く爪と木々をへし折る尻尾を持つ、神を滅ぼしものの姿を複数見た後では・・・。
「私が数えた限りでは六体だが」
他にいないとも限らない。
「しかし本当に竜人とはな」
信仰深きレイ・カリーニンをしても驚きを禁じ得ない。
ドラゴンスレイヤーが動くと言う事については、信仰によって疑う余地を排しているレイ・カリーニンであったが神の敵である竜人の存在については半信半疑であった。
ドラゴンスレイヤーの存在を知り、それを信じつつ、竜の存在を信じ切れないことに矛盾はない。
なぜならドラゴン族はとうの昔に滅びたことになっているからだ。
ドラゴンスレイヤーが「ある」ということはそういうことなのだ。
そうでなければ東方教会の教義は「嘘」になってしまう。
「カリーニン上級牧師」
ドラゴンスレイヤーからはじき出された漕手の背中を支えた銃士の声にレイ・カリーニンは思考の糸を断ち切り、視線を向け目を細める。
ドラゴンスレイヤーに搭乗していたのは聖銃侍騎士団の騎士の一人だ。
その体は虹色の靄に包まれていた。
体が輝いていのではなく、虹色のうねりに包まれている。
「ドラゴンスレイヤー搭乗の影響か」
レイ・カリーニンは上級銃士のそばへといき、ひざを折る。
視線は合わない。
騎士は生きてはいる。
だが意識はない。
弾丸が飛ぶ速度で壁に叩きつけられれば生きてはいられない。
いや弾丸が発射される超スピードではじき出された瞬間に体が耐えきれず、呼吸は止まる。
だが実際には生きている。
膝立ちになったレイ・カリーニンは虹色の靄に触れようと手を伸ばす。
すると虹色に明滅する靄がするりとレイ・カリーニンの手を逃れる。
いや・・・
虹色の靄はレイ・カリーニンの手から逃げたわけではなかった。
固まったのだ。
最初は小さな球を作り、それから五指がガラスの鳴るような音を立てて発生した。
その手に下には、さらに手が見える。
「これは」
「この方を害するつもりはありません」
騎士の顔にうっすらと重なった顔の口が動く。
普段ならその不気味な光景を見た瞬間、反射以前に銃把を掴み、その顔を銃弾を叩きこんでいるところだ。
だが今、レイ・カリーニンは神聖なものを見る目をして身じろぎもできないでいる。
「あ、あなたは聖戦士なのですか?」
言葉が震える。
聖戦士の存在に疑問を持ったと取られては信仰に悖る。
だがこの信仰すべき聖戦士と対峙して、平然としていられるわけもない。
「ただの神殿騎士のつもりだったんですけどね」
そう言って笑った聖戦士の髪は黒々としていて、その体にはお世辞にも立派とは言えない。
その体を覆い始めている鎧も不格好な皮鎧で、粗末というのもおこがましい間に合わせの武装だった。
ありあわせの獣の皮をつなぎ合わせたような皮の鎧の腰の辺りには鉈が吊り下げられている。
もう現在では見ることもできない粗末な手袋、靴というには大きすぎる下履きを紐で膝の下あたりに結んで固定している。
教会に描かれる銀色に輝く騎士鎧をまとった聖騎士の姿と比べるとあまりにも違っていたが彼はが聖戦士であることは間違いない。
そう確信させる何かがある。
いや虹色に輝く靄の中から再生するなどということがふつうの人間にできるはずがない。
「名をお聞かせ願えませんか」
「僕はレヴィン。君は?」
今やふつうの人間と全く違いが判らない体と装備を作り終えた聖戦士が物慣れた様子でレイ・カリーニンの名をたずねる。
レイ・カリーニンは自らの名を告げ、勝手にドラゴンスレイヤーを持ちだしたことを詫びた。
突如、現れた伝説の聖騎士を見て、レイ・カリーニンをはじめ今回の作戦に関わっている聖銃侍騎士の誰もがその奇跡に立ち会えたことに感謝した。
聖騎士レヴィン再誕のきっかけとなったドラゴンスレイヤーをどうするかが大きな議論となり、さらにそれに搭乗していた漕手の騎士を聖人として認定するように東方教会本部に要請するための作業に時間が割かれる。
ばかばかしいと思う向きもあるかもしれないが東方教会の神を信仰する者にとって、聖騎士の再誕というのは記録する義務のある奇跡であり、奇跡を目の当たりにしてそれを信じるのは信仰のもっとも純粋な形なのだ。
ドラゴンスレイヤーは全高3.93メートル、重量5・6トンの人型聖遺物だ。
前面に人間の頭に当たる部分が張り出しており、その頭の下にずんぐりとした胴体部が据えられている。
肩と肘、手首などの関節部以外は鉄とも銅ともつかぬ金属で覆われており、関節部以外のすべてを守るという形態は15世紀に流行した全身鎧を思い起こさせる。
下半身も同じような造りで、やはりごてごてとした感じを受ける。
しかし関節部以外を覆う鎧部分の隙間から見える関節部分は驚くほど華奢に
だ。
見た目はヘビー級のボクサーが背中を丸めて戦闘態勢に入っているのに似ている。ただし機動性の問題か、聖ボットの安定性を維持するためか、はたまた竜と戦うためなのか、人型というよりドワーフ型になっている。
つまり背が低く、横に広い形状なのだ。
手足を持つ人型ではあるが、今人類が目指す人型ロボットではない。
あえて言うならば竜人に似ていた。
竜人を討つための兵器としては当然の帰結だろう。
医療班に他の漕手のバイタル、メディカルチェックを指示し、レイ・カリーニンは竜人たちの行方についての報告を受ける。
今の段階では「不明」だ。
洞窟への侵入は果たしたがその全貌を探るには時間が足りていないのが現状だ。
もっと慎重にとの意見はなかった。
相手は悪の「ドラゴン族」である。
信仰において許すべかざる相手だったし、こんな不可思議な大洞窟があるなどとは誰も思わなかった。
極端に言えばドラゴン族の隠れ里が「ある」かどうかを知るための侵入であり、竜人がいるかどうかなどはまだ二の次、三の次だったのだ。
それがいきなりの竜人との遭遇戦になるとはレイ・カリーニンにとっても予想外の出来事であり、ドラゴンスレイヤーを目覚めさせ、レイ・カリーニンに託した教会支部長の慧眼には我が姪ながら恐れ入るしかない。
「カリーニン上級牧師」
その声に不穏なものを感じ、カリーニンは書類から目を上げる。
そして大きくため息をつく。
そこには今しがた心の内で賞賛したばかりの姪の姿があった。
その姿を目にした瞬間にレイ・カリーニンは動いていた。
姪の横に控える聖銃侍騎士団の団員の言葉が終わる前にレイ・カリーニンの放った破滅銀の弾頭がその腹を食い破っている。
「っつ」
やはり違う。
破裂した腹部から花火のように飛び散る血しぶきは華麗なほどに見事だった。
「かっ」
「離れろ。そいつは支部長ではない」
レイ・カリーニンの叱責にも似た指摘に団員が支部長の姿をした何者かから離れ――。
瞬間、レイ・カリーニンは失策を悟った。
悟ったが今更どうすることもできない。
ざあっ。
見事なまでに散った血花火は際限なく広がり、血雨となった。
視界が真っ赤に染まる。
このやり口はあのときの悪魔だ。
さしずめ血煙の悪魔といったところか。
「再生するぞ」
そう声をかけたのはこの先に起こる出来事を知らせて、動揺を抑えるためだ。
その効果がほんのわずかであっても、やらないよりはやった方がいい予言である。
レイ・カリーニンの手には確かに腹を食い破った感触が残っている。
しかしあの悪魔にとっては何の意味もないだろう。
実際のところ、命を取ったと感じた次の瞬間にはそれはなくなっている。
豊富な戦場経験がレイ・カリーニンにそれが事実であると知らせている。
ドラゴンスレイヤーの搭乗者、管理運営スタッフが悲鳴にも似た声を上げている。
血の雨に打たれ、それでも平静を装って警戒できる者はレイ・カリーニンの他にはいない。
レイ・カリーニンは破滅銀の弾丸を持つ拳銃を落し、左腕を振ってカーボンソードを構える。
視界不明瞭な状況というのは銃撃戦には向かない。
近接戦闘をやる以外にない。
カーボンソードを構えたレイ・カリーニンの額を雨粒が撫でていく。
赤は流され、そして太陽の熱が体を包む。
気づいたときにはレイ・カリーニンをはじめとしたドラゴンスレイヤー部隊はもとのまま、その場にいた。
違うのはレイ・カリーニンの拳銃の弾が一発だけ、消費されていることだけだ。
いやもう一つ違うことがある。
だがそれに気づくにはあと少し時間と冷静さが必要だった。
「きらきらしてないね。あ、いや、重藤くんとか滝くんとかはキラキラしてるよ」
ラブやんの声に作業中のメガネくんと滝くんの体がビクンっと震えた。
「ほら、専用の塗料とか機材とか無いから仕方ないって」
「いや専用の機材があってもうまくいったかは怪しいな」
冷静な声を出したのはロボモデラ―井沢くんである。
アニオタマンガ博士のメガネくんこと重藤くんがわかりやすく動揺しているのと好対照だ。
「冷静だねー」
「まあね。滝とか重藤と違って、俺は興味本位のモデラ―だから素材の扱いにくさより、珍しさの方に目がいってしまう。成功失敗よりあの変な感じがすげえって方が先っていうか」
「ふうん」
かなり大人ぶった言い方をする井沢くんをラブやんがにやにやしながら見ている。
なぜって?
メガネくんと滝くんが出張る前に作業をしていたのは何を隠そうこの井沢くんなのである。
んで、ロボモデラ―井沢くんは「何でこんなので動くんだ。黒鵜、説明しろ!」と困惑する黒鵜くんの顔を手で挟んで詰め寄りながら、絶叫してた。
こういうたぐいの人は夢中になると他人の目をはじめ、いろんなものが気にならなくなるらしい。
絶叫とか。ないわー。
なんてことを思っている間にも男どもが言うところの「ロマン」が完成していく。
「敵の最新鋭ロボットを奪って、無双するってのは王道中の王道。くー、燃える~!」
こぶしを握り締めているのは「いやちょっとは見るけど。オタク的知識なんて全然ないし」と言いつつ、ほぼ全方向でアニメ話にはしっかりついてくる男KJくんである。
自称オタクじゃないはソフトアニオタ。
KJソフとか言われている。
深堀はしないけどいろいろ楽しむ。
その姿勢はわたしが部活掛け持ちする感覚に似ているのかもしれない。
わたしも隠れていろんな競技の全国大会に出まくっている。
ラブやんによるとしっかり競技種目の専門雑誌に顔バレしているらしいが、だいたいが団体戦か、代役なんでそんなに目立っていないと思う。
「二人ともそれくらいにしろって淀殿が言ってるよ」
「少し猶予を」
「もうちょっとだけ」
「ダメダメ、放っておいたらずーっと終わらないでしょ。淀殿の言う事を聞く!」
ぱんぱんと手を打ち鳴らすラブやんは実行委員長といったところ。
その音に立ったままウトウトしていた淀殿がはっと目を覚まし、同調する。
「そ、そうですよ。その、えっと、そうだ。その子に名前を付けないと」
完璧かわいい委員長の淀殿にとって井沢くんやメガネくんたちが夢中になって格闘しているモノはとても退屈なものだったようだ。
まあ、プラモデル組み立てるのを見てて楽しいかどうかと言った基準だろうけど。
「名前かぁ」
わたしが顔をあげるとそこには本来の形の上にでっかい角やらライオンのマークやらつけかけて挫折した翼みたいなものやら、いろいろと付け足され、白を基調として差し色に赤とか金をいれたいかにもロボットアニメの主人公機といった姿に改造と彩色が施された元ドラゴンスレイヤーが立っている。
めちゃくちゃ強そうな感じはしないけれど、めちゃくちゃカッコいいとも言えないけれど、わたしは好きだ。
こう手作り感があるっていうか。
「名前についてはアイデアがある」
そう言ってメガネをくいっとしたのはメガネくんならぬ、ラノベマスター田中だ。
万のラノベシリーズを制覇した男とも言われる彼の知識は頼りになりそうな気がする。
くどいかもだけど。
「ドラグーンダブルクロスというのはどうだろう?」
「裏切りの竜騎兵かぁ。かっこいい!」
ラノベマスター田中くんの発言に即座に反応したのはKJソフだ。
同類だなぁ。
「竜騎兵は小型のマスケット銃を持った騎兵のことだから火器装備が一つもないと違和感があるな」
「そう言われればマシンドラグーンはビーム兵器が必須だし、ドラゴンライダー、ドラグーンの方にもブレスがあるわね」
武器知識のともくん、MMOハイランカーのえむえむが口をはさみ、元聖ボット、ドラゴンスレイヤー、竜狩猟機を見る。
「ドラゴヌスプレデンテス」
「「「「うーん」」」」
カオルくんの提案は全員から却下されたみたい。
そのあとクラスのみんながあーだこーだと意見を出す。
たった一体の超レアロボットだ。
意見百出。
あののどかでさえ「ロボ太くん」の名称を提示して、即座に却下された。
わが二年四組は常に公平!
カッコよさの前には日頃の献身とか努力とか憧れとかはすべて排除されるのだ!
もちろんドラゴンスレイヤーをぶん捕ってきたからと言って、カオルくんが優遇されることもない。
「名前なんかなくてもいいだろうに」
と顔をしかめて体を起こしたマーガスさんの言葉に盛り上がっていた二年四組覇王会議に沈黙が下りた。
「な、なんだ」
「それだあああああああ!」
名前もわからない機体というのは問答無用でカッコいい!
そう名前なんてものは人が勝手につけるものなのだ!
ここにいる誰一人として自分で名前を付けた子はいない!
みんなの二つ名だってクラスの誰かが言い出してついたものだ!
そうだ、名前なんて決めなくても・・・
「でも名前がないとあたしたちが呼びにくいよ」
「あっ!」
そうだ、わたしたちは自分で名前を付けたわけじゃないけど名前があったから便利に生活できていたのだ。
つまり
「あー、なんか今の一瞬無駄だったよな」
「うん、考えてた名前忘れちゃったよ」
「まったくマーガスのオッサンは」
みんながふかーくため息をついてマーガスさんを見る。
「なんだ、何か悪いことでも」
マーガスさんは弁解しているようだったがみんなの関心はすでにドラゴンスレイヤーの名前に戻っている。
「もうドラゴンナイトでよくない?」
長い論争にみんなが疲れてきたところに声を入れたのはラブやん。
「竜の守護者と書いて、ドラゴンガーディアン!」
「乗り手の名前を取って○○の剣!」
「○○盾は?」
「竜の聖騎士ドラゴンパラディン!」
もう少し待っていればきっと名前なんてどーでもいいや的な終わり方をしたんだろうけどラブやんのひねりのない提案がオタク心にまた火を付けてしまったようで・・・
「はー、しまったよぅ」
「仕方ありませんよ。蝋燭の火が消える瞬間激しく燃えるのですから私たちは戦いにそなえて休んでいましょう」
「そうだね~。淀殿、元気そうだね」
「私はドラゴンブレイカーWXを出してからアイデアが浮かびませんでしたから」
「竜御前とかじゃないんだ」
「そういえば戦艦になぞらえて竜殺丸という案も出ていますよ」
「りゅうさつまるかぁ。語呂悪いね」
「中が神とか王とか言うのもあったのですが、なぜか皆さん却下しまして」「えー、いい名前なのに」
「権利関係がまずいらしいです」
「こんなところで権利とか言ってもしょうがないじゃない」
「そこはこだわりなんでしょうね」
「で、他に離脱してきた子たちは?」
「それが皆さん元気で離脱者はゼロなんですよ」
「ヒスくんも?」
「ヒスクリフさんはあそこです」
「えっ!」
ラブやんと淀殿の話を聞いていたわたしはラブやんの声を聴いて、ふと後ろを振り返る。
そこには白を基調に黄金色の差し色と黒と赤のアクセントが加えられた白い巨人とそれに乗り込もうとしているヒスクリフの姿が・・・・
「ちょ、ヒース何やってんの!?」
わたしの声に名前議論で盛り上がっていた全員が塗装済みのドラゴンスレイヤーを見る。
「ふぅ、まさかこの僕が先を越されるなんてね。熱くなりすぎたか」
優雅な舌打ちをかましたカオルくん。
「みんな、カオルくん、取り押さえといて! 幻覚見せてくるから気を付けて!」
わたしはみんなの協力を仰ぎ、急いでドラゴンスレイヤーうなじあたりへ飛び乗った。
そしてヒスクリフの首根っこを掴もうとして・・・
「「わあああああ」」
ヒスクリフと一緒に開いていた背中の中に飲み込まれたのであった。
ちょ、聞いてないよ~。
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