小此木さくらとドラゴンスレイヤー

「ぐばぅべげぼっ・・・」
黒髪に銀白色の髪をはねさせたマーガスさんが膝をついて咳き込んでいる。
黒鵜くんの指示のもとにみんなで作った多重魔方陣という魔力収束と魔力備蓄それに魔力補給をいっしょにやってくれる便利な二十六芒星の効果だ。
マーガスさんが意識を取り戻したのを見て、のどかが祈るように手を合わせて涙ぐみ、そんなのどかの様子にクラスのみんなが肩を叩きあう。
そして
「それじゃ、マーガスさんもよみがえったことだし、ロボット捕まえに行こう!」
とこぶしを突き上げたラブやんにみんなが同意のこぶしを突き上げる。
「皆さん、待ってください。伝言を聞くのを忘れてますよ」
走り出そうとしていたラブやんは、その声に足を止める。
クラス委員長淀殿の声には人の思いを引き留める毅然とした響きがある。
「委員長ごめんね。ちょっと急ぎすぎちゃった」
ラブやんが素直に謝ると淀殿は「わかってくれたらいいんですよ」と大人びた口調で返事をする。
くぅ、かわいい。
「のどかさんは少し休みましょう」
淀殿がちょっと疲れた様子ののどかに声をかけると女子たちが、びっくりして走り寄り、メガネくんこと重藤くんが「つらかったらそう言ってくれ」とすぐに駆け付ける。
周りの男子どもが「そうだぜ」「体が弱いからって遠慮することないよ。誰でも調子が悪いことはあるのだからね」「そうそう、俺達でもちょっとは助けになれるし、できないときはできないっていうからさ」と口々にアピールタイムに入っている。
そんな男子どもに申し訳なさそうに「ありがとう」というのどかの姿はとってもキュートだと思う。
「マーガスさんはこっち」
のどかの可憐な姿にいい大人のマーガスさんまでふらふらとついていこうとしたので、わたしはその首根っこをつかんで引き戻す。
「マーガスさんはわざわざここまでテレポートしてきたんだから何かあるんでしょ?」
「ああ、実はとても貴重な銀竜の遺産である竜の巣の中にある魔法の家を、壊して逃げるというのは、同盟者間でもあんまりだ。ヒスクリフを連れ戻してくれたのは感謝するが捕まえて説教の一つや二つはしてやろうと思っていたのだが事情が変わった」
「ドラゴンスレイヤーのせい?」
「ほう、知っていたか。いやヒスクリフたちが教えたのか。何にしてもそういうことだ。東方教会の言うところの聖人、聖戦士は我々ドラゴン族の始祖である銀竜王の分身たる我らの先祖真なる竜人を撃ち滅ぼした古代の超兵器だ。それらの竜人破壊兵器十二体を総称してやつらは聖なる狩竜機械兵あるいは聖騎士と呼んでいるようだがな」
「りゅうじんはかいへいき? 竜殺しじゃないの?」
「違う。竜という存在がこちらに顕現した例はない。銀竜王の使徒たる真なる竜人をやつらは竜と呼んでいる。それを倒すほどの力を持つ巨人が聖ボット、聖人、正しくは竜狩猟機だ。あれに立ち向かうのは人間では無理だ。ここを放棄して逃げるしかない」
「逃げられるかなぁ。古代の超兵器だったらドラゴン族探知レーダみたいなものが実装されていてもおかしくないと思うけど」
魔術オタクの黒鵜くんがすごく的を射た意見を言った。
「それについては大丈夫だ。ドラゴンスレイヤーは強いドラゴン族である銀竜王の力を持つ者を退治するものだ。やつらの言うところの悪竜を倒すための竜狩猟兵機は、退治する価値のない存在つまりは力の弱い我々には対応していない。ふつうのドラゴン族が探知されることはない。たとえば今戦っている長老のように竜人化できるほどの力があっても実際に、竜力を使い竜人化しなければ探知はされん」
マーガスさんの視線を追いかけると、そこにはさっき車をぶん投げていた竜人がドラゴンスレイヤーの前で膝をついている。
洞窟の倒壊に気を取られて、ちらっとしか見なかったけど、よく見ると何かVFフィギアコレクションのリザードマンによく似た形状のでっかいものがふつーに存在していた。
弟がそういうものを、こっそり集めているのを、わたしは知っている。
中でもお気に入りがその「ドラゴンのパワーと人間の理性が奇跡を起こす。VFフィギアシリーズ第五十二弾ドラゴニアン・樹王ギレイ」だ。
だからあれを見たときにドラゴニアンつまりは樹王ギレイっぽいって思ったってわけだけど、その造形は生々しくて、迫力はあるけれど、カッコいいかと言われると首をかしげてしまう。
ちょっと骨っぽいっていうか。
何というか。
年寄りっぽい。
まあ、長老さんの変身だと聞くと「なるほど」って思う。
長老さんはかなりのおじいちゃんだったから。
そしてよく見ると似たような巨体の竜人が六体ほどドラゴンスレイヤーと戦って、ボロボロになっている。
「マーガスさんは手伝いに行かないの?」
「私は竜人化できないのだ。竜人化できるようになるには社会生活を犠牲にするような厳しい修業が必要なのだ。それに生まれつきの特性も関係あってなかなかそこまで行く者はいない」
「変身できないのが、ふつうってこと?」
「そうなるな。ドラゴン族で竜人化できるのは今や定年退職して暇を持て合した者たちの中でやる気と特性があった者とドラゴン族の衰退を防ぐために仕事につかずにがんばった一部の若者だけだ」
「仕事を辞めたおじいちゃんとやる気があるニートだけが変身できるってことかぁ」
と口をはさんだのはラブやん。
やる気のあるニートって、ワードが変な感じ。
「でも見た感じ、そんなに手に負えないって感じはしなくない? 車とかと同じで、正面からぶつからないように戦えば何とかなりそうな。それこそ、洞窟を壊しちゃえば埋められそう」
「落とし穴とかでも何とかできそうですね」
「あれ乗り物なのかなぁ」
わたしが首をひねると淀殿とラブやんが言葉を重ねてくる。
どう考えても真正面から、聖ボットと取っ組み合いしている竜人たちの戦い方に問題があるとしか思えない。
「マーガスさん、今すぐボロボロになってる竜人化したおじいちゃんたちを回収してきてくれない? テレポートでわたしたちを逃がすつもりだったんだから、それくらいは簡単でしょ。変身を解いてもらってここに移動してくれば、聖ボットのドラゴンレーダーには探知されないし、回復もできるから」
わたしがそう言って、のどかを見ると石に寄りかかっていたのどかが目で「やってみる」と伝えてくる。
その隣に立っている黒鵜くんは顎に手を当てて、小さく頭を傾ける。
「たぶん竜人化とか、竜力とかはマーガスさんがテレポートで倒れたときに使っていたのと同じ力だから二十六芒星の『魔力』供給で回復できると思うけど」
と言葉を紡ぐ。
確かに。
さっきものどかの力に、二十六芒星の魔方陣から噴き出す魔力が加わって初めてマーガスさんは意識を取り戻した。
ひょっとするとのどかの治癒能力より、『魔力』の方がキーなのかもしれない。
「この中でテレポートをすることはとても疲れるのだが」
「回復ポイントを作ってあげたんだから文句を言わない!」
わたしの言葉にマーガスさんは、むぅと唸ってうなずく。
「それからテレポートするとき、わたしたちも何人か一緒に連れて行って。ちょっと試してみたいことがあるから」

マーガスさんのテレポートを受け入れるとちょっと頭がくらっとする。
理由はよくわかんないけれど、SFマニアの古賀くんによると無限方向に落ちていく重力を利用して、ワープするブラックホール航法がなんとかいっていた。
「これがドラゴンスレイヤーというものか。思ったより大きいな。身長三メートルと言われて大したことはないと思っていたけれど家くらいはあるんじゃないか」
メガネのふちを指で触りながら、重藤くんが顔を上げている。
確かに大きい。
ただ、身長18メートルのアニメロボットを見に行ったことのある滝くんや井沢くんは「SDだな」と頷きあっている。
わたしたちはマーガスさんに頼んでドラゴンスレイヤーのかかと辺りにテレポートしてきている。
マーガスさん本人はこめかみをおさえながら、竜人化したドラゴン族のニートの方に行っている。
第一目的はあくまでドラゴン族の頑張った人たちの救出だ。
そんなわけで
「ちょっと色付けてみて」
わたしの言葉にメガネくんこと重藤くんが筆を動かすように指を動かす。
するとドラゴンスレイヤーのかかとの後ろの灰色に近い色味の部分に赤い線が生まれる。
ロゼッタ・イージスのときは牽制攻撃として絵具の雨を降らせていたけど、ちゃんと制御すればこういうこともできるみたい。
「きちんと粘性を加えて乾燥させれば、色落ちは防げそうだ」
「じゃあ、ドラゴンスレイヤーに色を付けることはできるってことね」
「原色が灰色だから、塗り色を調整しないとカッコよくならないぞ」
と滝くんがドラゴンスレイヤーのかかとを、コンコンと叩いたり、撫でたり、舐めたりする。
「ううぅ」
わたしはその行動にドン引きしたけど、メガネくんも、井沢くんもそれどころではないらしく、でっかいかかとのそばにしゃがみこんで、難しい話をしている。
色を塗るのにも計算とか、いるらしい。
わたしはそんな三人を横目に見ながら、一番確かめたかったことを実行する。
「せーの」
ごぃいいいいいいいいいいいいん。
わたしの拳を受けたかかとの一部にへこみができていて、かかとを叩いたわたしの手は赤くなっている。
めちゃくちゃいたい。
魔法の家の壁を叩き壊せたから、いけそうな気がしたけど、竜狩猟機ドラゴンスレイヤーは魔法の家の壁よりずっと固いらしい。
固いというより、しなやかな金属かもしれない。
まあ、正面からガチ殴りはダメだってことはわかったから、あとは前みたいに作戦で何とかするしかない。
そう、わたしはもうドラゴンスレイヤーと戦う気になっている。
ドラゴンスレイヤーに色を付けて、楽しんだ後は、あとかたずけをしないといけない。
ロゼッタ・イージスが学校にやってきたときもそうだったけど、こういう大きな相手から逃げることはできない。
どうせ見つかって、大変な巻き込まれ事故が起こるのは映画でも、ドラマでも、アニメでも常識だし、ぐずぐずしているとまた学校での二の舞になる。わたしたちはちょっと騒いで楽しく暮らしたいだけなのに、実際にわたしたちの学校は襲った敵は、学校を包囲して、大破壊していくような連中なのだから。

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