小此木さくらとニート竜人たち

黒髪に銀の混じった髪がべったりと額に沈み込んでいるような感覚がある。
竜の巣でのテレポートという難行を繰り返した報いである。
それどころか、足元さえおぼつかない。
膝まで地面に埋め込まれて、さらに背中に冷水を浴びせられ、際限なくウォッカを飲んだ報いの二日酔いにさいなまれているような、朦朧としたというにはつらすぎる状態だ。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけてくる少女の声さえ歪んで聞こえる。
ただし彼には、その声がこの苦行を強いた少女小此木さくらのものではないことさえわからない。
疲労しすぎている。
「二十六芒星の魔法陣で魔力の補充は十二分に果たせているはずだけど」
という声は少年のものだ。
黒鵜とか言った気がする。
この少年がいなければ彼は一回のテレポートでふらふらになり、三回目で気絶していたことは間違いない。
それも最悪の体調で、だ。
今と同じか、それ以上・・・
今、彼がつらいと感じられているのはひとえにこの少年黒鵜の魔力供給があったからである。
今もこの魔力があふれかえっている竜の巣の魔力を集め、供給する魔方陣から彼に力が流れ込んでいる。
「マーガスさん、ご苦労様」
ぽんっと肩を叩いてきたのは長い髪を後ろでまとめ、それを登山帽に似た不可思議な帽子の中に押し込んでいる派手なTシャツと悪目立ちするスニーカーを履いた快活そのものの少女だ。
名を小此木さくらという。
再生者軍団二年四組のリーダーシップをとる最強の扇動者であり、彼を酷使して悪びれない精神を持つ猛女である。

わたしにに肩を叩かれたマーガスさんはくるくるっと宙を回転するような変な動きをして、地面にぶっ倒れた。
そしてそのまま動かなくなる。
「ちょ、マーガスさん!?」
わたしはびっくりして、倒れたマーガスを抱き起そうと手を伸ばしたが、その手が触れるとマーガスさんはその長身をびくんっと震わせて意識を失った・・・ように見えた。
「どうなってるの?」
「無理しすぎたんじゃないかな?」
恐る恐るといった様子でさっきマーガスさんに声をかけたのどかが口を開く。
のどかは我が二年四組の超良心で最高に一生懸命頑張る癒しの力を持った保健委員だ。
今もがんばって六人の竜人だった長老とヒキニートたちの疲労を癒して、マーガスさんのところへ息をきらせてやってきたところ。
ちなみに竜人化していた人たちは変身するときに服を着たままやったせいで「元に戻ると裸だから」とかヌルいことを言って変身解除を拒否っていた。
二年四組の副委員長のメガネくんこと重藤くんの指示で直哉とカオルくんが毛布を配ってまわったのと、淀殿の一喝でみんなしぶしぶ変身を解いたけれど、そうでなかったら銀色がかった白い鱗みたいな肌をした二メートル越えの竜顔の首が長いリザードマンみたいな巨大生物があちこちに寝っ転がっているという事態になっていたかもしれない。
もちろんわたしに思いっきりぶん殴られて、気絶してる姿だ。
竜殺しというか真の竜人殺しのキリングマシーン・ドラゴンスレイヤー・聖ボット、竜狩猟機は強力な竜力を探知するドラゴンレーダーを装備している。
わたしたちは当然、竜人化しているドラゴン族のやる気のあるニートと定年退職者にそれを話せば、すぐに助けた竜人が変身を解いてくれると思っていた。
そうしないとめちゃくちゃ危ないのは、今の竜人より遥かに優れた竜力を持つ始祖の竜人が聖人・聖騎士・竜狩猟兵器やられた伝説を知るドラゴン族にとっては常識、理解できたはずだ。
それなのにぐずぐすいって、いるというのは言語道断!
わたしが本気でぶん殴っていい場面だ。
気絶して竜力コントロールできなくなったら、変身も解けたに違いない。
解けなくても、意識を失うので竜力は激減しただろう。
そんなことにならなくて本当に良かった。
「ほんとにそう思ってる?」
「うーん、変身してる姿なら『違う』って言えたかもだけど・・・」
今、毛布をかぶって、ぷるぷる震えているのドラゴン族ニートを見ていると、そんな気はなくなってしまった。
定年退職者、無職ニートともにわたしが想像していたのとは違い、めちゃくちゃひょろい。
こう、精神と肉体を鍛え上げた末に得られる超変身というより、ホントに偶然できちゃった系のとんでも能力(しかも全然使いこなせず、振り回されて、めっちゃ疲れてる感じ)では怒る気にもなれない。
というか、この風が吹けば飛んでいくような人たちがドラゴンスレイヤーに立ち向かっていたことが不思議なことにしか思えない。
「ねえ、ねえ、そんなにひょろいのにどうして聖ボットと戦おうと思ったの?」
尋ねたのはラブやん。
そのラブやんに対して、その場にいた長老プラス六人はみんな顔を伏せ気味の姿勢で、上目遣いでこう言った。
「「「「「「「な、なんかやれそうな気がして・・・」」」」」」」

「の、のどかちゃん、ちょ、ちょっと休んだ方がいいよ」
のどかに声をかけたのはわたしの幼馴染の直哉だ。
ちなみに銃弾に倒れたカオルくんをも癒した直哉の能力は「完全復元」。
どんな負傷もあっという間に癒してしまうすごい能力なのだけど、一回使うと二十四時間は使えなくなるという使い勝手が悪い能力だったりする。
二十四時間に一回じゃなくて、一回使ったら二十四時間過ぎるまで使えないのがポイント。
最悪の事態のために温存しておくのがベストで、下手に使うと二十四時間後まで使用不能になるというのはめちゃくちゃ不便という仕様なのだ。
カオルくんのときみたいに本当に命の危機のとき以外は使わないようにと、直哉本人も気を付けていて、ほとんど封印された能力と化している。
もしのどかという回復能力持ちがいてくれなかったら、わたしはロゼッタ・イージスとの戦いでやられていたに違いない。
ともあれのどかに声をかけるとは「やる」。
まあ、直哉の場合、じゃんけんで負けたとかそんな感じだろうけど・・・。
とか思っていると
「草薙くん、わたしは大丈夫だから」
と、ちょっと青白い顔で笑うのどかに直哉は言葉に詰まって、後ろを振り返った。
やっぱり。
のどかは頑張り屋だから休まないだろうけど、声をかけないのはクラスメイトとしてダメだ。だけど断れれるのは嫌だなぁって感じで押し付けあったのだろう。
ふつうなら軟弱とか思うけど、のどか相手だから仕方ないなぁと思ってしまうわたしがいる。
きっと直哉も「だから言っただろ」とか思っているのだろう。
のどかはわたしも降参するくらいのがんばりやなのだ。
無理してほしくはないけど、やっちゃうのを止めることもできない。
ホントにやれなくなったとき、のどかが弱音を吐くようなときこそ、支えて引っ張り上げてあげる決意はある。
わたしにとって、のどかはそんな友達だ。
「そういえばマーガスさんには何回くらいテレポートしてもらったんだっけ?」
わたしはそばにいる民族衣装を身にまとい、メガネをキラキラ輝かせるおさげ髪の親友に声をかけた。
「十八回以上は飛んでると思うなぁ。さくらちゃんとは別にマーガスさん使った人がけっこういるから」
「そんなに!?」
「滝くんとか、重藤くんもそうだけどえむえむとか、カオルくんなんかもいろいろやってたよ」
「あー、そういえばいってたっけ。カオルくんも何かやらかしてるの!?」
「ヒスくんも一緒に行ってたよー」
MMOゲームのハイ・ランカーとして罠設置を主張していたえむえむはともかく、悪目立ちと事態を悪化させる特性を持つカオルくんはヤバい気がする。
「カオルくん、それからヒースちょっとこっち来て」
わたしが少し離れたところにいる二人を手招きすると、直哉がびくっとしてカオルくんが自分を指さしていい笑顔をした。
これはやらかしたな。
「あー、これはダメだねぇ」
ラブやんが人差し指で頬をかいて、苦笑い。
「私もいいか」
ハック&スラッシュ、戦闘メインのゲームでやりこみ要素があるやつが大好きで、世界大会も開かれる超有名対人戦闘MMOゲームで賞金ランキング1位になったこともある風魔さんがシュタッと手を上げる。
「?、何で?」
「仕掛けた罠について情報共有しておきたいんだ」
背が高くてすらっとした美人さんが無表情に見える口元を吊り上げる。
とても同年代とは思えない。
まあえむえむにそれを言ったら「MMO界隈では生ける伝説だから」と悔しそうに唇をかんでいた。
ハクスラだけでなく、えむえむ得意のガンシューティング界隈でもその名は知られているらしい。
えむえむも相当すごいんだけど・・・
ちなみにえむえむは「さくらだって同じようなもんじゃない」とも言っていた。
わたしは「えっ、わたしってそんなに大人っぽいかな」と照れたら、「運動部助っ人で全国制覇してるところ! 体形とかでは断じてないわ!」と机をたたかれた。
そこまではっきり言わなくてもいいのに・・・
あ、
「じゃ、えむえむもお願い。ってかみんなも呼んだ方が良くない?」
わたしが提案すると
「うーむ」
風魔さんは一つ唸ってから、
「さくらも私もいない局面があるかもしれないから、他の連中にも一応走らせておいた方がいいか。えむえむとの共有は済ませてあるから心配はない。私が仕掛けた罠は相当にテクニカルなものだから、タイミングがな・・・」
「それってわたしには無理なんじゃ」
「いや、さくらなら大丈夫だ。えむえむも太鼓判だ。しかしなぁ」
「大丈夫。私の仕掛けたのは単純だから、そっちだけでも作動タイミングとか連携を教えていた方がいいと思うよ」
えむえむがキラリンと瞳を輝かせる。
うーん、いろいろ心配だなぁ。
何だかんだでえむえむもMMOのトップランカーだから、単純の基準が違う気がする。
「で、どうするの?」
「うーん、まあ、とりあえずは今、ここにいる長老退職組&ヒキニート連中が一息つくまでは休憩かなぁ。その間にカオルくんたちを問いただして、それを織り込んでからみんなと二人が仕掛けた罠についての話をするってのでどう? ヒキニートならゲーマーだったりする可能性あるし」
何より今はカオルくんたちの仕掛けた爆弾の方が気になる。
わたしがそう言うとラブやんは「だよね」と頷いてくれた。
「とりあえず、淀殿と重藤くん、こっちに。直哉、逃げられないわよ」
わたしの言葉に、直哉とヒスクリフは顔を見合わせ、カオルくんはさわやかに笑って見せた。

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