小此木さくらと司馬くんの作戦

「へも、洞窟の中じゃどれだけ時間が経ったかもわはんなあいなふぁ」
「ほうはねぇ、はむられるというはおういひね」
「ほれはおもひろいほえれおからもっとたのひみひあ」
「何でこんなことに・・・」
よくはわからないけれど魔法的な何かによって湧き出てくるオレンジジュースっぽいやつが入ったコップをおいて、もぐもぐとローストビーフみたいな肉と梨みたいな果物をほおばるのに忙しいわたしたちから離れて、直哉が膝を抱えている。
「ドラゴン族の逃亡者・・・・。悪くない。そう思わないかい。直哉くん」
膝を抱える直哉とは対照的にカオルくんは楽しそうだ。
何にしても、どんよりしてても、いいことなんて一つもない。
今はおいしくて、不思議な晩餐を楽しんむもぐもぐタイム。
ホントに、このとっても広い地下洞窟都市は不思議いっぱい、夢いっぱい、ロマンも、食べ物も、おししいも、魔法も、冒険もいっぱいという日本にある夢の国が裸足で逃げだすレベルでものすごいミラクルアミューズメントパークだったりするのだ。
一日二日じゃとても見て回れない。
そう、わたしたちは司馬くんの策袋に入っていた策選書に書いてあった通りに、逃亡生活に入った。
選び抜かれた策が書かれているから策選書。
今三日目、たぶん三日目。
洞窟内には太陽がないから、おはよう太陽、さよなら夕日での時間感覚は狂いがちだけど、魔法の街燈と魔法太陽みたいなやつで明るくなったり暗くなったりするのを一日とすれば今日で三日目。
ちなみに指名手配犯みたいに、おっかけられてはいる。
それがまたスリルがあっていい!
とってもいい!
これも司馬くんが筆を酸っぱくして
「絶対に犯行現場に戻っちゃダメ、ちらっとでも見ようとか思ったら負け!」
と書いておいてくれたおかげ。
ちょっと見に戻っていたら、きっと大立ち回りになっただろうから。
たとえば悪役レスラーの怖いイメージがリングでのパフォーマンスの悪さから、認識されるように、粉々になったヒスクリフん家と並んだとしたら、わたしたちは大悪人に仕立て上げられたに違いない。
ヒスクリフがちょっとやんちゃしただけで、最凶最悪とか言われてるのも、そんなイメージ戦略のたまものだと思う。
ヒスクリフ、そんなに怖くない。
いい子だとも思わないやんちゃっぷりだけど、怖くはない。
「司馬くんがいなかったら絶対壊れた家、見に行ってたもんね」
ラブやんの言う通り。
司馬くんの策選書がなければ、わたしたちは犯行現場に戻って、凶悪犯にされて、こうして遊んでばかりはいられなかったと思う。
さすがは「隣のクラスからの亡命者にして大軍師」。
拾ってよかったボロボロ司馬くんである。
わたしたち二年四組のメンバーは司馬くんの策に絶対の信頼を置いている。だって司馬くんの作戦を無視した隣のクラスのクラス委員長諸葛くんのいる二年三組は地獄の規律牢獄と呼ばれるような悪環境に陥って酷いことになっているのだもの。
あのときは三組が消えた?と思ったくらいに突然のことだったので、よーく覚えている。
いきなり隣のクラスから音がなくなるとかホラーでしかない。
「あ、あぶなかった」と突然ぼろぼろになって廊下に出現した司馬くんを保護したのはわたし。
どうなったかについては、司馬くんが語らないのでよくわかんないんだけど、そういうレベルの惨劇が起きたらしい。
それはわたしたち二年四組の激闘の始まりでもあったのだけれど、それはまた別の話。
ちなみに今いる逃亡者メンバーはわたしとラブやん、ヒスクリフに、直哉&カオルくんコンビ。
湧き出るジュースを入れる水筒とか、コップとかこまごました物は、司馬くんが逃亡ルートに、差し入れしてくれたもので、着替えなんかもそうだったりする。
一番助かったのが、洞窟内にある食糧庫というか、無限生産施設の位置とか、トイレとか、温泉とか、物の受け渡し場所とかが書かれた地図の差し入れ。
これがなかったら、一日も持たずに詰んでいた気がする。
「この時間になったら、○○がポップする」とか書いてある当たり、地図はMMOランカーのえむえむの力作なのかもしれない。
あとでありがとうと言っておかないと。
淀殿とか、今もわたしたちのバイタルチェックをしてはらはらしているかもしれない。
あとであやまっておかないと・・・
「ねえ、さくら姉ちゃん、ラブ姉ちゃん、今日はどこに行くの?」
ため息ばかりの直哉とは違い、ヒスクリフは元気そのもの。
カオルくんと同じく「逃亡者」というワードにかっこよさを感じているみたいで、それ以上にみんなでわいわい洞窟名所めぐりのお泊りを楽しんでいる。
わたしとラブやんも不思議な食べ物と不思議な環境、気持ちのいい冷温泉に、異国情緒あふれる洞窟風景に夢中だ。
確か今年のゴールデンウィークは山の日とか海の日とかくっつけて十三連休になっている。
せっかくの海外旅行で、魔法洞窟都市。
楽しめるうちは全力で楽しまないとゴールデンウィークに失礼だ。
「今度は地底温泉目指そうよ! 途中にヒスくんが好きそうなドラゴンポイントもあるし!」
元気に提案したのはラブやん。
今の服装は制服ではなく、ダボっとしたワンピースみたいな民族服だ。
おさげ髪を隠すために白いターバンを巻いているところが芸達者なところだ。
わたしはと言えばツインテールをやめて流した髪をキャップで抑えて、目立たない程度に地味なラブプロレスシャツに、ファイヤーパンツに、ファイティングモデルのスニーカーといういで立ち。
せっかくだからナンバーワンハチマキとマスクもしようかと思ったけど自粛して、目立たないようにしている。
お小遣いをはたいて買ったサングラスがおしゃれポイントだ。
ラブやんみたいにはしゃいで地元の人も着てないような派手な民族衣装で、ばっちり決めるような思い切りの良さは、わたしにはない。
「さくらちゃんって、武者修行中のレスラーみたいだねぇ」
たぶん極悪何とか系統の武者修行だと思うけど、それはそれ。
目立たないことが大事なのだ!
その点で一番の問題児はカオルくんだ。
ヒスクリフはこの車中泊みたいな毎日を、楽しんでいるからめちゃくちゃ目立つということはない。
しかし「逃亡者」風に吹かれたカオルくんは、めちゃくちゃ目立つ。
というか「逃亡者」っぽいシチュエーションを求めて、わざと怪しい動きをするようになっている。
もちろんそれを止めるのは直哉の役目。
あー、ひょっとして直哉それで疲れてるのかも?
ともあれわたしたちのゴールデンウィークは順調に消化されていく。
すごく平和だ――
ドオオオォオオオオオオオオオオーーーーーーーーン
ったなぁ、今までは・・・・

悲鳴というか、逃げ惑う人たちの姿が良く見える。
車で逃げる人が少ないのは、パニックな人はみんなそうなのか。
安全のためなのか。
あ、人をひきそうになった車を持ち上げてる人竜がいる!
ともあれ、竜の巣は洞窟としてはめちゃくちゃひろいので、壁が崩れたくらいではみんな気づかず、平和だったかもしれないのに、天井がバラバラ落ちてくるとこうなっちゃう。
天井のおっきな塊が落ちていくところでは、「逃げろー」とか「いったい何が?」と言いながら逃げる人たちと、すごく大きな人間みたいなロボットかなにかが見える。
その数は十二体。
わたしは近くにある高い建物というか、魔法力を伝達する電信柱みたいな魔法の塔型の建造物に駆け上がって確認したけど、それぞれ形が違う。
大きさは御簾星くんたちと見に行った実物大Gスレイヤーくらいで巨大ロボットの中では御簾星くん曰く、「リアルロボット」ではなくて、「人造人間系の人型決戦兵器」ってところでもなくて、何というかずんぐりむっくりしている頭でっかちのロボットだ。
ただし、遠目から見れば、かわいカッコいい姿だけどその巨大さはパワー。
十二体の巨大ロボットがズシーンっと地面に着地した衝撃で、周囲の建物が倒壊している。
誰かが「ドラゴンスレイヤーだ!」と叫んでいる。
「さくら姉ちゃん! あれ教会の聖ボットだよ、聖人のパワーを持つ不思議兵器。先頭にいるカッコいいのが最強のドラゴンスレイヤー、セント・ジョージ!」
ヒスクリフが両手をぶんぶん振りながら、喜んでいる。
「ドラゴン族を滅ぼす者・ドラゴンスレイヤー。教会の最強の剣にしてドラゴン族の殲滅の切り札。始祖のシルバードラゴンを滅した最強の聖人部隊。十二体の聖ボット目覚めるとき、ドラゴンもまた復活を果たす、あるいはドラゴン目覚めしとき、聖ボットたちが起動するともいうけれど。これはピンチだね」
カオルくんはピンチのところでキメ顔を作った。
あんまりピンチじゃないのかもしれない。
「聖ボットかぁ」
すごく理不尽な気がするけど、この地下洞窟にある魔法都市もたいがいなのでおあいこだろう。
「何だかスケールがおっきいね」
「無駄に」
わたしはラブやんに返事をしてから、「そうでもないか」と思う。
これくらいのスケールはあってもいいんだ。
何しろ、わたしたちは本物の魔法都市にいて、学校から海外に一瞬でテレポートしてきて、校舎をボロボロになるまで使いつぶして塩になる人と戦ったのだ。
それを考えると、これからもっとすごいことがあると思った方が楽しい。
「わたしが本気で殴ったら、壊れるかなぁ。聖ボット」
わたしは握った拳を見つめる。
いけそうな気もする。
でもどうだろう?
ちらっとラブやんを見ると、なんかテレパシーを飛ばしていた。
「とりあえず、淀殿に連絡したよ」
ラブやんは屈託のない笑顔で言った。
わたしは何となく察した。
ラブやんは何だかんだで猪突猛進、即断即決な女の子だ。
「ねぇ。聖ボットにさわりに行こうよ!」
「みんなを逃がすために、僕たちが駆けつける。指名手配されている僕らの出現に戸惑うドラゴン族の人たち、中には僕らを捕まえようとする者も。そんな中、『ここは任せて』と答える僕。襲ってくるドラゴンスレイヤーたち、複雑な感情に揺れる人たちに向かって放つ言葉は『これが終わって生きていたら僕たちを好きにするといいい。ただし僕たちの力が及ばずドラゴンスレイヤーに蹂躙されたときはゆるしてね』・・・・これは」
直哉はいつものようにこっちを見て、何か言われるのを待っている。
止めて欲しそうだ。
でも、もう遅い。
だって
「ラブやん、淀殿に聖ボットのいるところに集まるように連絡入れたでしょ」
「もっちろん。あんな面白そうなもの放っておくわたしたちじゃないでしょ!」
その通り、わたしたち二年四組は好奇心の塊で、学区で好奇心暴走集団認定されているくらいには、止まれないクラスなのだ。

「淀殿久しぶり~」
「もう、心配していたのですよ」
「ごめんね」
わたしはぷくーっと頬を膨らませる淀殿の頬をつんつんする。
淀殿は本当にかわいい妹キャラだ。
一部男子はロリ生徒会長とか言っているが、淀殿はしっかりもののお姉さん気質の立派なクラスのお母さん的な存在だ。
ただし、激烈にかわいい。
ご当地キャラのわたぽんレベルにかわいい。
「淀殿久しぶり~」
わたしが淀殿の頬をつんつんしていると、わぁいとラブやんが全力で抱きしめにかかる。
「ちょ、やめてください」
といいつつもラブやんにつかまってしまった淀殿は子供みたいにばたばた暴れたりはしない。
この落ち着きこそ我らが委員長にして、影の生徒会長淀殿なのだ。
かわいい。
「それでどうするつもりなんだ」
眼鏡を指ではなく、手の平でくいっと持ち上げたのは、アニオタマンガ博士の重藤くんだ。
背が高くて、イケメンなので、それ系統のキャラを憑依させていると言われている謎使用のクラスの副委員長である。
勉強もできて、運動もできる。
しかも、淀殿と並ぶとこっちがクラス委員長にしか見えないハイスぺ男子だ。
男子のリーダー格に押し立てられているので、何かあったときに声をかけてくる率が高い。
司馬くんの操り人形説もあり。
「う~ん、逃げるか、戦うか、触りに行くか、どうする?」
『触りに行く!』
全会一致、全会員一致、クラス全員がそろってそう言ったわけはないけれど、淀殿なんかも「皆さんが行くなら仕方ないですね」と反対はしない。
というか、賛成みたい。
何だかんだ言っても淀殿も二年四組なのだ。
好奇心と冒険心にあふれている。
そんな気前の良さこそが淀殿がこの荒くれ者集団的なクラスの委員長を務めあげられている理由だ。
たぶん、みんながやめよっかと言ったら「どうしてですか?」と言うと思う。
そんなわけでわたしたちはドラゴンスレイヤー見学を実行することになった。
もちろん人間相手のことだから、聖ボット相手のことだから何か突発的な出来事が起こるかもしれない。
そう戦いになったり、戦いになったり、戦いになったりだ。
「ちょっといいかな小此木の言ったドラゴンスレイヤー、聖ボットのカラーリングについてだが・・・」
語り始めたのは重藤くん。
「こいつの言う通り、地肌が灰色っぽい白ってのはある種の統一感はあるけどそれぞれの型式が違って、姿が違う以上は意味がない。基本色を決めて、差し色を入れて、個性を出すべきだ。せっかくの生ロボットなのに、もったいない!!」
重藤くんの語りに同意して、熱心に配色を語るのはロボモデラーの滝くんだ。
滝くんは自分の家の車を、変形してロボットになりそうな配色に塗り替えたりして怒られるような豪の者で、被害者も、依頼者も続出するほど界隈では有名な中学生だ。
ちなみにその片棒を担いでいるのが、井沢くんでそういう系のパスを出すのが好きでいろいろと顔が広い。
重藤くん、滝くん、井沢くん。
外迷惑が多い行動系アニオタスリートップである。
その陰収入は迷惑行為の慰謝料に化けるというアニオタ系稼ぎ頭たち。
「では、カラーリング案を募集します」
そう提案したのは淀殿。
艶々の長い髪を乱さない程度に、しかし、上げた手ははっきりとみんなに分かるように背伸びをしながらまっすぐに、つま先立ちになるかならないかでがんばっているところが愛でポイントだ。
「やっぱり市街地だから迷彩を考えて」
「いや、勇者ロボットは青か赤に決まってるだろ」
「黄金に光るギミックを」
「その前に名前決めようぜ」
「デザートフォックスとか。バカにしてるっぽくて、でもカッコいいくらいが」
「それはいいからあの起動兵器についての対抗策を・・・」
「ここら辺の狙撃ポイントは」
「とにかく各個撃破、どれから色付けるかの作業工程をきっちり作らないと」
「合体とかするかなぁ」
「ドラゴンスレイヤー合体?」
「十二神合体じゃないの?」
「ドラゴンの天敵に変身する機能が・・・」
「ドラゴンの天敵って結局、人間じゃん?」
喧々諤々。
みんなノッテきたみたい。
そこへ、
「またお前たちが何かやったというわけではなさそうだな」
マーガスさんがテレポートで跳んできた。
「顔が青いですよ。マーガスさん」
「それは仕方がない。ここでテレポートを使うととても疲れるのだ・・・のだ・・・」
「マーガスさん!? せめて預かってる伝言とか情報とかをしゃべってから倒れて!」
わたしはマーガスさんの襟首をつかんで、ゆすったがもはや首ががくがくするだけで意識はない。
「テレポートって、使えたら便利だと思ってたけど大変なんだね」
「まったくだな」
聖ボットのカラーリングについての喧々諤々のやりとり止まり、ラブやんと重藤くんがみんなを代表して、マーガスさんの様子についての感想を漏らす。
「ヒーリングしてもいい?」
「お願い。のどか」
「うんっ!」
のどかは嬉しそうにうなずいて、大地に倒れ伏したマーガスさんに向かって、祈るように両手を合わっせて、回復を願う。
保健委員ののどかにぴったりの、ちょっと病弱なのどかにふさわしい癒しの力が発動する。
のどかの祈りは人のケガや病気を癒す「能力」だ。
わたしたち二年四組の再生者のなかでも、ラブやんのテレパシーと同じく、かなりの役に立つ、使い勝手の良い「能力」だ。
わたしの精神を入れ替える「能力」とか、重藤くんの絵具を降らす「能力」とか、ごんたんの地面を泥水に変える「能力」とかと比べるとかなり便利。
そのせいか、「能力」にはそれにふさわしいリスクがある派は結構本気で心配している。
のどかのライバルのチユとかは、「ほんとのほんとに大丈夫なんでしょうね!」といつにもまして声が大きい。
実は、のどかに負担がかかってるんじゃないかと心配している男子が多いことも、わたしは知っている。
のどかは、ちょっと病弱だけど誰よりも人のために頑張れる女の子なのだ。
わたしも宿題とか手伝ってもらうなら、重藤くんだけど、いっしょにマラソンを走るならのどかがいい。
苦しいときとか、ぜったいに助けになってくれるから・・・
「どうしてだろう? 体力は戻ってるはずなのに」
祈りの姿勢を崩したのどかが、ちょこんと首をかしげる。
「たぶん、それ魔力切れだ。精神とか肉体とかと別の根源たる力が枯渇してるに違いない!」
言い切ったのは、空想魔術大好き黒鵜くんだ。
たっかい魔術書を買うために商店街で辻占いとかやっている。
通称、商店街のパパ。
ホロスコープとタロットと水晶なんでもこいのオールマイティ・フォーチュンテラーである。
超占い師として人気の黒鵜くんは、ほんとの魔法使いかもと言われてたりする。
「じゃあどうしたらいいの?」
「えっと、魔力の枯渇だから大気中の魔力を集めて、体の中に注入するとか」
必死でたずねてくるのどかに、さすがの黒鵜くんもたじたじだ。
というか、こうなったのどかはだれにも止められない。
「皆さん、聖ボットのカラーについては後で話をするとして、今はのどかさんに協力しましょう」
淀殿の一決で、やることは定まった。
こうしてあーだーこーだと話し合いが続いていた聖ボットのカラーリングについての議論や計画は一時中断することとなった。

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