鏡の中の音楽室 (21)
第二部 非常識塾長
第7章 二人の出会い ②
「誰かにいたずらされているという感じは全くしませんでした。横平君は明らかに私の『出ていきなさい』という言葉と同時に立とうとしました。君が今まで真面目に授業を受けていたのは、私を信頼させて最後の最後にとどめを刺すための壮大な計画だったんでしょう!」
職員室に響き渡る熊山先生の涙の訴えに自然と先生方の目線が集まる。そこに火のついた安達勇の怒声が響く。
「お前が熊山先生にとどめを刺したのはわかっているんだ。正直にきちんと謝って『次からしっかり授業を受けます』と言えばいいだけだろう。それで熊山先生も許してくれるはずだ!そして、迷惑をかけたクラスのみんなにも謝れ!」
守は、広春の胸ぐらを掴んで、前後に揺さぶりながら、職員室に響き渡る大きな声で広春を叱責した。
「うるせー!安達は引っ込んどけ!お前は何も見てないし、俺のこと全然わかってない!今までクラスの中で一番真面目に授業を受けてきた俺が、なんで全員に謝らなきゃいけなんだ!おい、おい!ちゃんと俺の話を聞いいてくよ!俺は熊山先生が嫌いってよりも、気に入られたかったからいつも真面目に授業を受けてきたんだよ!そんな俺が!先生が泣いてるときに冗談でもそんなことするわけないだろ!だーかーらー、後ろの席の山下が俺に足先で『カンチョー』したんだよ。それで俺がケツを浮かしたのが立つように見えたんだろ。何なら山下呼んでくれよ!そうすりゃはっきりするだろ!」
広春は両手を広げたり、勇の鼻先に指をさしたりしながらものすごい剣幕でまくしたてた。
「熊山先生は横平の言っているような動きを山下がしているような感じだったか覚えていますか?」
そう言って勇は熊山に確認を取る。
「確かにこれまで横平君はいつも私のほうをきちんと向いて、まじめに授業を受けてくれていましたし、指示通りのことは率先してやってくれていました。私は彼を誰よりも信頼していました。だから、その時は他の生徒たちのほうを向いて訴えかけていましたので、正直はっきりとは見ていません。けれど、今回の横平君の動きは、私にとって大きな裏切りに感じて感情が爆発したんです」
まだ目が真っ赤な熊山はそう言い終わるとキッと広春をにらみつける。
「!っだから、俺は熊山先生に嫌われたくないから、絶対に授業を妨害するはずないんだよ!」
広春は泣き顔の熊山を見て、自身も少し涙ぐんだ目で守を見ながら訴えた。
「おまえ!熊山先生に好きですってアピールしとけば罪が軽くなると思ったら大間違いだぞ!だったら、今から山下を呼ぶぞ。その後、本当に山下がやってないって言えば、お前はどうするつもりなんだ。クラスのみんなの前できっちり謝罪するんだろうな!」
胸ぐらをつかんでいた手を離して、勇は広春の顔に正面から指を差しながらいった。
「だって先生も見ただろ。先生が俺を連れに来た時、俺と山下と喧嘩になってただろ。そこまで冷静に見てくれよ。あの状況でなんで山下と喧嘩する必要があるんだ!大体さぁ。山下を今更呼んでも、絶対ここで嘘つくのわかってるじゃないか。俺はそんなことしてねーって絶対言うよ」
勇の目をそらさずにまっすぐにらみつけながら広春はそういった。その迫力に守は、『ひょっとしたら、広春の言っている事が真実なのではないか』とそして、その後すぐに山下は職員室に呼ばれた。
「僕はそんな事はしていません。しかも、僕が授業を妨害した横平を注意したら、逆にキレはじめて、それで安達先生が来た時にこいつと喧嘩になってたんです」
山下は優等生が返答するように淡々と冷静に受け答えをした。それを見ていた職員室の先生たちは『冷静で優等生らしい受け答え』をする山下と、『感情に任せて安達先生と言い合い』をする広春の態度を善悪の基準の天秤にかけて眺めているのであった。その話し合いは平行線をたどり、とうとう広春が山下の胸ぐらをつかみそうになったところを先生たちに止められた。
「横平!お前が言うような証拠は何も出てこない。けれど、お前が取った態度で、お前の好きな熊山先生が傷ついたことは真実だ。さらに、お前の態度がきっかけで今、授業が中断してしまっている。これもまた真実だ!だから、お前が今しなきゃいけないのは熊山先生に謝ることと、授業を中断して迷惑をかけたクラスのみんなに謝ることだ!犯人捜しよりお前がとった行動で混乱が発生した謝罪をすることだ!」
正義感の強い広春は今まで見たことのない守の迫力と、きっかけはともかく、自分がやった行動がきっかけで、今このときも熊山先生を苦しめていることと、音楽の授業が中断している現実に罪悪感を感じ始めていた。
「分かったよ。結局、俺があんなクソみたいなイタズラに反応するぐらい未熟だったってことですよね。それを謝罪しろって言うなら納得して謝罪しますよ」
広春はそう言うと熊山の前に行きおもむろに土下座をしてこう言った。
「熊山先生ごめんなさい。僕が未熟なため、そのバカ下君のクソガキのようなイタズラに反応してしまい先生を傷つけたことを謝ります。もう、しませんし、これからも真面目に授業を受けます」
勇は広春の謝罪を聞いて、何か言おうとした山下を制しながら広春を引き起こした。
「熊山先生、横平も強制されたわけではないのに土下座までしたし、今までの態度も踏まえていただいて、これからも真面目に授業を受けるそうですし、今回のその行動だけと割り切って考えていただければ許される範囲だと思うのですが・・・どうですか?」
勇は広春と口論していた時の口調と比べて、かなり温和で冷静な口調で熊山をなだめ、説得した。
「分かりました。今回のことは今までの信頼の貯金を使ったことにします。横平君、私のあなたに対する信頼の貯金は今底を突きましたので、これからの態度でしっかり挽回してください」
熊山は涙の止まった赤い目で広春を見ながらそう言った。
「さぁ。横平!次はクラスのみんなに謝罪する番だ!みんなの前で土下座することはないが、授業を中断させたことをしっかりと謝罪するんだ。けれど、さっきのような余計なことは言わなくていいからな。あんな三流の悪口をはさむなんて、お前のほうがよっぽど幼稚園児のようだぞ」
結局、広春が言うような証拠が何一つないということで、犯人捜しはせずに終わらせ、広春は『混乱させた行動を起こした』ということを謝罪するという守の機転の利いた解決地点に着地し、広春は勇、熊山、山下と共に音楽室に戻っていった。そして広春はその正義感の強さから、みんなの見ている黒板の前でまた土下座をして謝った。そして、事は丸く収まったかに思えた。
授業が終了した後の休み時間に、小松由美子と白川幸子が職員室にいる勇と熊山の元を訪れた。そして、事件の真相である事の顛末を2人に伝えた。それは、『あのタイミングで山下が広春にちょっかいを出した』のを目撃したことと、勇が広春を連れて行った後の先生たちがいない教室で、山下が『横平のような素行の悪い、いわゆる不良の部類に入る奴が真面目に授業を受けるだけで先生に気に入られ、信頼されるのが気に入らない』と話していたことを証言しに来たのだった。さらに、広春が小学生のころから眼鏡をかけた女性がタイプであり、広春の性格から好きなタイプである熊山にそんな悪いことをするような人間でないということを伝えた。
小松と白川の話を聞いた熊山は『土下座をする広春の悔しさ』をわかってあげられなかった自分に腹を立てながら
「安達先生。やっぱり横平君にしっかり謝らなければだめですよね。私も感情的になっていたから、いつも真面目に受けてくれている横平くんだったからこそ、裏切られたという感じになってヒステリックになってしまいましたし、他のクラスと違って7組だけは全く変化がなかったので、そのショックを横平君に押し付けた感じになったんだと思います。なので、横平君に謝ってきます」
熊山はそういうと、両手をついていた勇の机から広春のところに向かおうとした。
「熊山先生。この件は僕に任せてもらえないでしょうか?わざわざ我々がみんなの前で横平に謝罪する必要はありませんが、我々がしっかりとジャッジできなかったのに責任があるわけですから、主任である私が全て責任を持ちましょう。今日の放課後に横平としっかり話しますので、熊山先生はその時に一緒にいて下さい」
そう言うと勇は熊山を止め、1年7組の担任の坪田に近寄って行き、放課後、広春を職員室に呼んでもらえないかと伝えた。
「聞こえていましたよ。安達主任。はぁー。うちのクラスだけまだ音楽の授業が荒れていましたか。僕が新卒でなめられているために横平を傷つけてしまったようですね。奴は音楽の授業だけまじめにやってるって聞いてたから、授業妨害したって聞いておかしいなぁと思ったんですよ。けれど、奴はすぐキレるでしょう。多分今回の顛末を聞いたら、安達先生と山下は胸ぐらつかまれて振り回されますよ。正義のヒーローが核ミサイルのボタンを持った勢いで迫ってきますよ。大丈夫ですか?何なら私が伝えときましょうか。奴は頼りない僕が困っているときも助けてくれて、僕に対して少しは信頼はあると思うんで・・・・」
そう言って、坪田はにっこり笑った。
「いえ、坪田先生、申し訳ないが、私が大人の論理をひけらかして、彼に対し謝罪理由を押し込み、彼の責任感と熊山先生への気持ちをうまく利用して謝罪させた結果です。私自身の不足が生み出したことなので、私からしっかりと謝罪しないと横平は今後ねじ曲がった性格になってしまいます。だから、ここできちんと大人が間違いを認めて謝る必要があるんです。彼のような間違ったことに対し、純粋にキレるような子供はしっかりと大人が見本を見せてやらないと、かなり卑屈でねじ曲がった人格に成長してしまう。下手すると犯罪者にまでなる可能性がある。私も子供のころ信じられない経験をしたんですが、周りの人は誰も信じてくれなかった。だから、正直者が馬鹿を見るような社会がまかり通るのではいけませんので、間違ったことをした大人は堂々としっかりと謝罪するべきなのです」
勇は頭を下げながらそう言うと、坪田もにっこりと笑って
「わかりました。帰りの会にしっかりと横平と山下に伝ます。そして、僕も同席させてください。けれど、横平は野球部なんで、顧問の多田先生にも伝えておかないと、次は部活に行って『なんで遅れてきたんだ』って叱られますからね。しっかりとその辺の根回しをしとかないとね。安達先生」
そう言い終わると、坪田は体育教官室へ内線電話をかけていた。
第7章 二人の出会い ② 完
タイトル画像は「Bing Image Creator」が作成しました。
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