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鏡の中の音楽室 (22)

第二部 非常識塾長

第8章 二人の出会い ③


朝から今にも泣きだしそうな空模様だったが、雲の切れ間から現れた太陽が一筋の光で放課後の校長室を照らしていた。校長室には神妙な顔つきの校長が机に、教頭と安達が応接セットに向かい合って無言で座っていた。その静寂を切り裂くように入り口のドアのノックが聞こえてきた。
 
「1年7組の坪田です。3人を連れてきました。」
 
「はい、どうぞ」
 
一呼吸も置かず校長がその声に呼応する。まるでその声を狙いすまして待っていたかのような反応であった。
 
「失礼します。」
 
広春は坪田の横にいながらも、このやり取りをテレビの画面を通じてドラマのワンシーンでも見ているかのように感じていた。『何を言っても無駄だ』という現在の自分の立場への落胆と、校長らの前でまた謝罪をすることになるという焦燥感に対し、広春自身が持っている真実に対する気持ちを欺くためにこれから起こることを俯瞰で見ているのであった。
そんな広春とは対照的に表情に余裕のある山下、元山を含めた3人を坪田は前に押し出すようにして校長室に入ってきた。そして、坪田がすでに校長室にいた3人に話しかける。
 
「本日は私の指導不足のために、このような騒ぎを起こしてしまったことをお詫びいたします。申し訳ございませんでした。他のクラスでは問題発覚後に授業態度が改まったにもかかわらず、うちのクラスに限っては授業態度が改まらず、このような不祥事を起こす結果となったことを再度お詫びいたします。申し訳ございませんでした」
 
坪田の言葉が終わると同時に勇が話し出す。
 
「熊山先生の音楽の授業の件は、再考すべき案件だと思っています。坪田君が来るまでに校長と教頭、音楽の主任の私が話をして、再度職員会議にかけることで一致しています。今回は・・・」
 
勇の体の前に右手を出しながら言葉をさえぎって、校長の大滝が勇の体の前に出てくる。
 
「ここからは校長の私の役割です。今回の横平君の件に関しては、音楽室での一件を含め、職員室での騒動に対し冷静に生徒たちの主張を聞き比べられなかった先生たちの行動にも問題があったことを認め謝罪します。申し訳なかった」
 
広春、山下、本山の3人は校長からのこの言葉を聞いて表情が変わった。山下、本山は余裕の表情から『自分たちが被害者として呼ばれたわけではない』という空気感に眉毛を少し八の字にして、少し怪訝そうな表情に変化し横目でお互いを確認した。対して広春は虚無の表情から、少し目を見開き表情がかすかに動いた。その表情を確認し、校長は続けた。
 
「まずは横平。本当にすまなかった。先生方も熊山先生が職員室に駆け込んできて、泣きながら『横平君に裏切られた』と訴えたので、そこにいたどの先生も、特に音楽主任の安達先生も横平が原因だと思ってしまいました。だからといって横平の主張に耳を貸さなかった先生たちに完全に非があることは認めます。だからこの場は君への謝罪の場となります。本当にすみませんでした」
 
夕方になり雲の切れ間からさしていた夕日が校長室全体を照らす。そして、自分の主張が全面的に受け入れられたとは一切思っていない広春が校長を睨みつけながら口を開いた。
 
「悪いけど校長先生様。この謝罪は俺の主張が通って、先生たちがもう一度話し合ったり考えた結果だとは思えないんだけど、俺が訴えかけた言葉じゃない何か別の証拠が出てきて謝られているんだったら、俺の言葉はあんたたちに届いてなかったってことになるんですけど。そこは全く納得できないんですが!」
 
広春は『正義感が服を着て歩いている』と幼少のころから身内にまで言われ続けてきた。だから、職員室の一件の後、自分の主張や言い訳を再度聞いてくれていないのもわかっていた。なのに謝られるのは何か別の証拠が出てきたことによる謝罪。すなわち、広春に対してではなく、自分たちの行動が間違っていたことに対する謝罪としか受け取れなかった。一呼吸おいて広春が続ける。
 
「校長先生様!先生たちが俺の言葉を聴く気になったのなら、あの後誰かが俺の話をしっかり聴きにきたはずだ!あんたらの「申し訳ない」は俺に対しての謝罪ではなく、自分たちが間違っていましたすみませんて意味だろ!職員室では山下のいうことを真に受けて、俺に土下座までさせたんだろ!おらぁ!安達!」
 
広春がそう叫んだと同時に180センチあり、生活指導の主任で生徒たちからも恐れられている勇の胸倉につかみかかろうとした。その瞬間誰もが驚いたのだが、瞬間的に担任の坪田が後ろから広春を羽交い絞めにした。
 
「やめろ!横平!一つの事件がっ、解決しようとしているのにっ、また一つ事件を作ろうとするなっ!お前のそういうところがっ、みんなのイメージに残っているんだっ!冷静にっ!冷静に怒れっ!」
 
この光景を後ろから見ていた山下、元山の二人は、この流れで行けば、今日の一連の事件のきっかけが自分たちにあることを先生たちの口から広春に伝わり、この広春の激しすぎる気性が自分たちに向くことに対し、すさまじい恐怖を感じていた。この瞬間、二人はいつも馬鹿にしている坪田を心の中で「がんばれ坪田!そのままずっと横平を押さえつけてもっとなだめてくれ!」と応援していた。
 
 

第8章 二人の出会い ③ 完
タイトル画像は「Bing Image Creator」が作成しました。


次回 鏡の中の音楽室 (23)

第二部 非常識塾長 編

第9章 二人の出会い ④

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