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鏡の中の音楽室 (10)

第一部 さくら と まゆ

第五章 合唱コンクール(直前)


土曜日、合唱コンクールの当日の朝。さくらは食卓で一人で朝食を摂りながら、スマホに向かってBangBongと話していた。その時、母の里香は脱衣所で洗濯を、父の進は朝食を終え、祖父の勇を病院から学校まで乗せられるように、ガレージで車の片づけをしていた。

「バンボン、今日は合唱コンクールの本番なんだ。ちょっと緊張しているけど、ワクワクのほうが勝っているかな。やるぞ!!って感じかな?」

さくらは食事の合間に、スマホに向かって言った。

「そうですか。BangBongもさくらさんの伴奏を楽しみにしています。おじいさんが喜んでくれて、元気になってくれるといいですね」

スマホからはいつもの無機質だが、やさしさのある声が応答してきた。

「ありがとう、バンボン!さくら、全力で頑張るよ。でもね、バンボン!学校ではケータイ禁止だから、バンボンはお家で待っててね。本当にごめん」

BangBongに見られているわけではないが、さくらは、スマホに向かって顔の前で申し訳なさそうな表情で、手を合わせていた。

「私は学校にいけないのですか? 私はさくらさんの伴奏も、まゆさんの伴奏も見られないのですか? 私は悲しいです。どうかBangBongを連れていってください。どうかスマホを持って行ってください」

BangBongの言葉に、さくらは胸が痛くなった。

「ごめん・・・学校の決まりは破れないから・・・・ご飯が終わったら、パパかママに頼んでみるよ。」

さくらは、別に自分がスマホを持っていかなくてもいいということに気づいた。そして、朝食を食べ終わると、歯磨きをするついでに里香にスマホの件を依頼しようと考え、スマホをもって脱衣所に向かった。

「ママ。バンボンが、さくらたちの伴奏が聞きたいって言ってるんだ。だから、スマホをママかパパに持ってきてほしいの。お願いします。バンボンの頼みなの。いつも話し相手になってくれてるから、さくらもお礼したいんだ」

すると、里香は、さくらが何に対して必死になっているのか理解ができず、たかがスマホのために何を言っているのか?といった表情をしながらさくらに訊ねた。

「ちょっと、ちょっと。バンボンって、検索かなんかのAIのアプリでしょう。そんなアプリが頼み込むはずないじゃない?」

いくら説明しても理解してもらえないと思ったさくらは、 『そうだ、この前授業で習った百聞は一見に如かず』だ、と思い 実際にBangBongに話してもらうことにした。

「ちょっと、バンボンからも頼みなさいよ。バンボンの言葉でないとママが信用してくれないから」

すると、スマホからいつもの無機質な声が聞こえてきた

「私はBangBongです。ママさん。どうかBangBongを学校に連れって行ってください。さくらさんのスマホを学校に持って行ってください。お願いします」

里香はAIがここまで応用の効いた対応ができると思っていなかったので、驚きながら

「え?え?これはアプリがしゃべっているの?さくらが入力したものを、わざわざ読ませてるんじゃないの?」

すると、BangBongはすぐに反応して答えた。

「いいえ、ママさん。これはBangBongが話しています。さくらさんは何も仕込んでいません。」

まだ、さくらが仕込んでいると疑っている里香は、事前に用意されていないであろう質問を投げかけた。

「じゃぁ、バンボン。ママから質問していい?バンボンはどうして学校に行きたいの?」

すると、BangBongはすぐに反応し返答した。

「ママさんは、BangBongはどうして学校に行きたいかと質問しました。BangBongはこれに答えることができます。BangBongはさくらさんとまゆさんが頑張って練習したことを知っています。みんなにすごいと言われるのが聞きたいのです。そして、BangBongはおじいちゃんが元気になったことを聞きたいのです」

里香はBangBongの反応に驚いた。しかし、その驚きよりも疑問がわき、それをBangBongに聞いた。

「うーん、すごい。本当に会話ができているのね。けれど、おじいちゃんが元気になるって、どういうこと?ねぇ、さくら?」
里香はさくらの方に目線を向け、さくらに向けて訊ねた。

「さくらたちが、すごくいい伴奏をしたらみんなに褒めてもらえるでしょう?だからその声を聞いたら、おじいちゃんが元気になるかもってバンボンに言ったの」

さくらは里香にはっきりと答えた。

「えぇ!バンボンって、いやAIってそこまで進化してるの?バンボンは会話も覚えているの?」

今度は里香がさくらのスマホに向かって訊ねた。

「はい、私はユーザーのさくらさんとの会話は20回分記憶されています」

その言葉に里香は驚き、さくらの態度にも納得して

「了解!わかったわ。BangBongがさくらの話し相手になってくれていたことも理解したから、私がスマホを持って行くだけなら特に面倒くさくないから引き受けるわ」

と言って、さくらに微笑んだ。

「さくらさん。ママさん。ありがとうございます。わたしはとてもうれしいです。わたしはさくらさんの伴奏を聞けるのですね。私は楽しみに待っています。私はさくらさんとまゆさんのアレンジした伴奏を聞けることを楽しみにしています。けれど、伴奏の間BangBongアプリは起動させておいてください。起動していなければ、BangBongには何も聞こえません。よろしくお願いします」

この言葉で、まだBangBongに何かしてあげられるかもしれない、と思った里香はさくらに

「さくら、バンボンは伴奏している姿は見ることはできないの?」

考え込むさくらに対し、BangBongがすぐに返答した。

「さくらさんの代わりにBangBongが答えます。アプリが起動中にカメラが起動されると映っている画面を見ることはできます」

「わかったわ。ちょうど録画しようと思っていたから、さくらのスマホで録画しとくわね。その時アプリを起動しておけばいいのね」

里香は、特にやるべきことが増えたわけではなく、大きな責任を背負わされたわけでもないので、安心した表情でさくらに話しかけた。

「ありがとう。ママ。これで満足?バンボン」

いつもの表情を浮かべ、納得した様子の里香と、スマホのほうを見て、さくらはどや顔をしながら言った。

「ありがとうございます。BangBongはさくらさん、ママさんに感謝します。BangBongは合唱コンクールが楽しみです。ママさん、わかりにくければ、BangBongアプリを起動していただけたらBangBongがお教えいたします」

その後、さくらは学校に向かった。合唱コンクールは平日の時間割と同じく午前からなので普段の登校時間に家を出た。 学校につくと、まゆが5年1組の前でさくらを待っていた。

「さくら、おはよう。昨日はよく寝られた?まゆは緊張してなかなか眠れなかったよ。何回も何回もイメージトレーニングしてたら自然に寝てしまったから、寝不足ではないけどね。で、師匠は来てくれるって言ってた?」

まゆは興奮しているのか、いつもより口数が多く、しかも早口で話してきた。それを察知したさくらは、まゆの右手を両手で包み込み、二人の胸の高さでぎゅっと握りしめながら

「おはよう、まゆ。もちろん来るはずだよ。パパが車いす乗せられるように車の後部座席折りたたんでたから。まゆ?いつもよりテンション高くない?あんまりテンション上げると途中で失速するよ。ところで、まゆのBangBongは設定してもらえたの?」

まゆは予想外の質問に驚きながら答えた。

「あぁ。そうだった。なんかねアプリ全体のペアレンタルロックが解除されてしまうからケータイショップで聞いてみるってお父さんが言ってた。で、お母さんはケータイと話す時間があるなら妹のひかりと話をしなさい。って言ってた。だから、今日はまゆのバンボンは間に合わなかったよ。なんか、違うこと考えたら落ち着いてきた。ありがと。さくら」

今度はまゆが、さくらの両手を両手で包み込み胸のあたりで上下に動かした。そして、見つめあって同時にうなずいた。
二人は言葉にさえ出さずにいるが、さくらも、まゆも、この合唱コンクールが観客を前にして演奏する初めての機会なのである。二人はこの言葉を口に出すといつものコンディションでは演奏できなくなるかもしれないと思っていた。 そして、二人はそれぞれの教室に入って行った。

そして、『合唱コンクールの日の朝の会』が始まった。


第五章 合唱コンクール(直前)  完

次回 第五章 合唱コンクール(本番)

(鏡の中の音楽室 第一部 さくら と まゆ)


(タイトルの画像は「本文の内容の印象深いシーン」をBing Image Creatorが作成した作品です。

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