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鏡の中の音楽室 (18)

第二部 非常識塾長

第4章 いろんな人の「あの日」


次の日の昼過ぎ、武士が広春の家にやってきた。手には、彼がずっと話していた名古屋のお菓子「ういろう」が入った袋が握られている。

「これが“ういろう”なのか?武士がずーっと俺に“どう伝えらたらいいかわからないお菓子”と言ってた“あれ”か?すごくうれしいぞ!早速神棚に献上してと」

広春は、「ういろう」の箱を紙袋から出して神棚にお供えしようとしたところで、武士が思わずツッコミを入れた。

「おい!おい!開けて食べてくれないのかよ!よこめの感想を聞きたかったんだけど。よこめならどんな風に“ういろう”を表現してくれるか楽しみだったんだけど」

「ごめん!けど、うちは工場で商売してるだろ。「安全第一」ってのがやっぱり神様に頼まなきゃならないってのが両親の想いなんだ。だから、神様に献上した後、家族みんなでいただきます。だから明日一緒に宿題の総チェックをしながら“ういろう”の感想を伝えるよ」

広春は、武士の期待に応えられないことを申し訳なく思いながら、箱を神棚に置いた。武士は、広春の家族の信仰を尊重しつつも、少し残念そうにした。

「そうだな。俺の父さんも建設会社だから、事故ってのは意識していても起こるから最後は神頼みなんだよなって言ってたな」

武士は、広春の思いを察して、自分の父親の話をした。広春は、武士の気遣いに感謝しながら、彼に笑顔を見せた。

「じゃぁ。ジュースでも飲んだ後、学校の様子を見に行こうぜ!」

「めっちゃたのしみや」

二人は、ジュースを飲み干して、自転車に飛び乗った。新春川の土手を登り切ったとき、尾島山のふもとに大きな校舎が立っているのが目に入った。

「おい!武士!あれ!新校舎だぞ!めちゃくちゃ大きいぞ!あれで半分しかできてないのか?」

広春は、驚きと興奮で声を上げた。武士も同じ気持ちだった。二人は、自転車をこぐ回転数を上げて、新校舎に近づいていった。そして、普段徒歩で登校している道の風景が早送りされているかのように流れていく。しかし、それでも二人の待ちきれない気持ちが早送りの風景の流れさえ一層遅く感じさせていた。
 
そして、学校まであと少しというところで、いきなり早送りの風景がストップする。千石病院の前を通りかかったとき、武士が急に自転車をとめたのだ。

「あれ!竹田さんやん!」

武士の父の同僚の竹田が若い男性を連れて千石病院に入っていくのが見えた。その男性は、武士といつもキャッチボールの相手をしてくれている植田さんだった。広春とも面識がある作業員だったのだ。

「なんかあったのかなぁ。」

武士は、竹田と植田の姿に不安を感じた。植田は、武士の父と仲が良くて、よく武士の家に遊びに来ていた。武士は、植田がどんな状態なのか知りたかったが、今は早く新校舎をこの目に見たくて仕方なかったので学校に急いだ。

「あの人が竹田さんなの?たぶん植田さんが怪我でもしたのかなぁ。けれど自力で歩いていたから大したことないんだろうね。それはそうと学校、学校!」

竹田と植田が千石病院に入っていくのを見た後、二人は小学校へと急いだ。千石病院の壁沿いに右折すれば小学校まで一直線である。その角を曲がると正門の奥に見慣れた風景とは違った校舎が見えてきた。それは、その新しい東校舎は、まるで城のように堂々としていて、二人の目をくぎ付けにした。 正門についた二人は自転車を正門に置き、正門から正面玄関に伸びているまっすぐな道を歩いて登っていた。その時である旧正面玄関の西側にある音楽室から「パリン」とも「ドカン」とも聞こえるような大きな破裂音が聞こえてきた。その瞬間「うぎゃ!」という大きな悲鳴が上がる。

「おい!よこめ!なんかあったみたいだぞ!行ってみよう!」

武士は、音楽室の方に走り出した。武士は、好奇心旺盛で冒険好きな性格だった。武士は、何が起きたのか見てみたかった。

「おい、おい。大丈夫かよ?解体する際の爆薬が暴発したのかもしれないぞ。やばいから近づくのやめようよ」

広春は、武士を引き止めようとした。広春は、慎重で用心深い性格だった。広春は、危険なことは避けたかった。

「父上から木造校舎を解体するときには爆薬は使わないということは確認済みだから。爆発することはないはずなんだ。だから見えるところまで行ってみよう。あれは爆発した音に違いないから」

武士は、広春の心配をよそに、音楽室に向かって進んだ。武士は、父の話を信じていた。武士は、爆発の原因を突き止めたかった。
二人が校舎に近づいていくと、出入り口から血だらけになった3人を、4人の作業員が連れ出す場面に出くわした。

「すぐに病院に行きましょう。ちょうど植田が治療を受けている最中だろうし、竹田さんもいるはずです。」

と大きな切羽詰まった声が聞こえてきて、血だらけになったリーダーらしき人に確認を取り、残りの作業員は解体工事を中断して3人を病院に連れていくようだった。その3人の中には、武士の父がいた。

「おい、やっぱり何かあったみたいだぞ!ちょっと覗いてみないか?」

武士は、広春にそういうとゆっくりと取り壊しの始まった旧校舎のほうへ歩き始めた。武士は、流血した作業員たちを見て、ショックを受けたが、それでも気になることがあった。武士は、音楽室で何が起きたのか知りたかった。

「ダメだって、武士・・・危険だって。やめとこうよ。俺たちもああなるかもしれないんだぞ」

広春は、武士を引き止めようとした。広春は、さっきの作業員たちの姿を見て、心配になったが、それでも武士についていった。広春は、武士を一人にさせたくなかった。

「ばか!俺たちは今日『新校舎偵察作戦』に来ているんだから中には入らなくても、最悪でも見えるところまで移動しないと」

武士は、広春の忠告を無視して、旧校舎のほうへ歩き続けた。武士は、自分の目で確かめないと気が済まないタイプだった。武士は、音楽室の中に何かがあると感じていた。

「分かった。どうでもいいけどこれは『旧校舎偵察作戦』になっとるぞ!やばそうなら速攻で逃げるからな」

広春は、武士の言葉に苦笑しながら、彼に従った。広春は、武士の友達であることを誇りに思っていた。広春は、武士の冒険に付き合っていた。
そういって西半分に残っている旧校舎の音楽室を外からのぞける位置まで移動したとき、

「おい武士。腕やらこめかみやら足がぞわぞわしてきたぞ!誰かに触られてるような感覚があるんだけど。俗に言う呪いや幽霊の仕業かこれ?窓ガラスもなんかかすかに震えているように感じるぞ」

広春は、音楽室の窓に近づいて、不気味な感覚に襲われた。広春は、音楽室に何か違和感を感じていた。そして、早くここから離れたかった。

「おぉ・・・なんかやばい感じがするな。俺も腕や足にトリハダがめちゃくちゃ出ているぞ。なんかやばそうなんで家に帰ったら父上に何があったか詳しく聞いてみるわ。じゃぁもう退散しよう」

武士は、広春の言葉に同意して、音楽室から離れようとした。武士は、音楽室に興味はあったが、安全を優先した。武士は、父の話を聞くのを楽しみにした。
と武士が言って二人が振り返ろうとした時に、「バリン!」と音楽室の中の廊下側の窓ガラスが割れて飛び散った。校舎の外から見ている二人に影響がなかったが、誰もいない教室の中で自然に割れたことによる精神的ショックは計り知れないものがあった。

「やべー。武士!全力疾走だ!逃げろ!逃げろ!」

二人は、窓ガラスの破片が飛び散るのを見て、悲鳴を上げた。広春は、音楽室に何か恐ろしいことが起こっていると確信した。そして、武士と一緒に逃げ出した。

「うーん。これはヤバい。これはヤバい。」

二人は踵を返すと一目散に正門のところまで全力疾走で逃げた。その長い坂道の途中で顔色を失っている竹田が坂道を急いで駆け上がってくる。

「おぉ!君は蟹江さんちの武士君じゃないか!ここで何をしてるんだ!」

竹田は、武士の顔を見て驚いた。そして、武士が危険な場所にいることを心配した。

「アッ!竹田さん。別に俺たち怪しいことしてたわけじゃないよ。実は俺たち校舎の東側が新しくなったって、父さんから聞いて友達の横平と見に来ていたんだ。すると・・・・・」

武士は、竹田に事情を説明し、音楽室の窓ガラスが割れたことを話した。武士は、竹田に何が起こっているのか尋ねた。

「そうか・・・・やはりな・・・・うーん。これは厄介なことになったな。しかもちょっとやそっとのレベルじゃないぞ」

竹田は、武士の話を聞いて深刻な表情になった。さらに、音楽室の窓ガラスが割れたことについて、何か隠しているようだった。竹田は、武士に真実を言えなかった。

「竹田さん。これは呪いとか祟り、もしくは精霊のいたずらではないんですか?」

広春は、竹田に質問した。広春は、超常現象に興味や知識があった。広春は、音楽室の窓ガラスが割れたことについて、超自然的な説明を求めた。

「そうなんだよ。俺もいろんな工事現場を経験しているんだけど、常識や普通では考えられないことをかなり経験してきたんだよなぁ。今回もそれに近い感じなんだよ」

竹田は、広春の質問に答え、超常現象を否定しなかった。そして、音楽室の窓ガラスが割れたことについて、自分も理解できないことがあるとほのめかした。
そういうと竹田は校舎の方に向かって歩いていこうとした。

「竹田さん。やばいよ。ケガするかもしれないから近づかないほうがいいって」

武士は、竹田が危険を冒すことを嫌い止めようとした。そして、竹田に安全を考えるように促した。

「武士君。これでも俺は工事の責任者だから、正確なことを上司の人たちに報告して工事の方向転換もしくは修正を提案しなければならないんだ。こんな経験もたくさんしているから大丈夫だよ。しかも今は昼だし。解体班は千石病院に行っているけど、現場には建設班がいるから大丈夫だよ。君たちはもう帰った方がいい。ここからおじさんが頑張る番だから。何かわかったら蟹江次長に報告しとくから」

竹田は工事の責任者としての職務を遂行しようとしていた。さらに、音楽室の窓ガラスが割れたことの原因をしっかり調べ、今後のスケジュールや設計に変更などを報告しなければならないことについて自分で調べると決めていた。そして、竹田は新校舎の方に向い建設班の人たちと合流し、旧校舎の中へと入っていった。
二人は自転車を止めたところまで戻ってきた。

「武士、俺、帰ってやらなきゃならないことができた。」

真剣な顔つきで広春が武士に言った。

「なんだ?俺は今ちょーっとだけビビってるから、一人になりたくないんだよなー。だから一緒によこめん家に行ってもいいか?で、やらなきゃならに事って神頼みか?」

こわばった顔で武士が言う。

「いや、これだけの経験をしたんだから、今日の夏休みの日記を書き直すことになりそうだ。まずは今日の部分を全部消さなきゃ。そして書き直しだ。」

武士は少し驚いた表情をしながら、

「おぉ!よこめのそういうとこ好きだぜ。お前、結構憶病なくせに何か起こったときはいつも落ち込んだりビビったりしないもんな。そういわれると俺も今日の日記は書き直しになるな。一度家に帰って日記を取ってきてよこめの家に行くわ」

そういうと二人は自転車に乗ってきた道を帰っていくのであった。


第4章 いろんな人の「あの日」 完
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