鏡の中の音楽室 (25)
第二部 非常識塾長
第11章 決 着
怒りに満ちた表情で口論していた元山と熊山さえ、あっけにとられるぐらい落ち着いた態度と口調で言葉を発した広春の方に一同の視線が集まる。
「俺、元山が考えているほど熊山先生が好きなわけじゃないよ。俺は眼鏡をかけている女の人が好きなだけで、ほら、うちは町工場を経営してるだろう。だから、工場にいる女の人はどの人も田舎の肝っ玉母ちゃんみたいな人ばっかりなんだよ。だから、眼鏡をかけている女の人を見ると知的に見えてしまうんだ。それで、いつも見とれてしまうんだ。小学校のころ「無い物ねだりだ!」と蟹江に言われたこともある。そして、熊山先生が考えているほど俺はまじめに音楽の授業を受けているわけじゃないと思う。さっきも言ったように眼鏡をかけている人を見とれる癖があるので、ぼーっと見とれているからたぶん授業の内容なんてほとんど頭に残ってない。元山が固執しているからわからないかもしれないけど、地理の北山先生はおばさんだけど、眼鏡をかけているだろ。だから地理の時間も多分ぼーっと北山先生を見てるんだって」
広春がその場の重い空気を一変するように軽い口調で話をする。すると、山下が思い出したように自分の左手のひらを右こぶしで一発たたいた。
「そういや、地理の時間に『横平君!ぼーっとしてないでノートをとりなさい』ってよく言われてるわ!」
このやり取りが重苦しかった校長室の空気が一変した。
「本当だ!横平が小学校の給食の時、机を向かい合わせにしてグループで食べているとき、眼鏡かけている白川や小松を見すぎて食べるのが遅くなって昼休みに一人で食ってた時があったな。で、みんなで冷やかしたとき横平が『眼鏡をかけた女の人が好き』って言ったら、次の日から眼鏡をかけている女子がみんな眼鏡をはずした事件あった、あった!」
元山も広春が昔からそうだったということを思い出した。その言葉にさっきまでの恨み節は消えていた。
「ごめん横平。僕は熊山先生のことが好きすぎて、横平がそんな奴だったってことが本当に見えなくなっていたよ。お前が言ってたように無理やり謝らせられていたら、同じようなことや、別のやり方で今日みたいなことが今後も続いていたと思う。今回は、お前のその前向きで明るい性格が僕の隠れた人間性の部分を気づかさせてくれたよ。けど、お前のすぐキレる性格はちょっと直した方がいいと思うぞ。だって、すごくからかいがいがあって、おちょくる対象になってしまうからな。今回は僕が悪かった、本当に、本当にごめんなさい」
元山はそう言いながらの土下座をした。それに続いて山下も土下座をした。その土下座は大人が作ってきた常識というマニュアルから強制されたものではなく、二人が自発的に行ったものだった。
「そして、熊山先生。僕の勘違いによって、先導して授業を妨害してきたことを謝ります。ごめんなさい。これからはもう二度とこのようなことを起こさないと誓います。なので、熊山先生をもう一度好きになるチャンスをください」
元山は土下座した姿勢から顔を上げて熊山の方を見上げながら言った。その表情はつい先ほどまでの復讐を基本とした悪魔の表情ではなく、無垢な中学生の表情になっていた。
「いいわ。だけど私も人間ですから感情があります。今回私にも反省する点がたくさんあります。私も横平君に対して、もう一度やり直すチャンスをもらわないといけない立場なので元山君の言葉を否定することはできません。その代わり、私も元山君も今回のチャンスは0「ゼロ」スタートではなく、マイナスのスタートからになることになります。お互い覚悟してもう一度スタートしましょう」
元山の言葉の後、熊山は『ほどけた靴紐を急いで結びなおす』ときの焦った真剣な表情を浮かべながらゆっくり頷き謝罪を受け入れてた。しかし、その表情にはさわやかさがにじみ出ていた。
「俺はもうわだかまりが解けたから、元山と山下に関してはもう何も責めないよ。今回のことは許す!けれど、今日みたいに俺の悪いところがあったらはっきり言ってくれな。そんで、これからはあったかい目で見てくれな!」
広春は二人を立たせて握手を求めた。そして、二人はにっこり笑いながらそれに答えた。
「では、お互いのわだかまりは解けたようですね。熊山先生も今回のことではかなり教訓になったと思います。では、あとは我々教師と横平君との問題になるので、坪田先生、山下君、元山君は退室してもらえますか?」
校長は厳しい表情を浮かべながらも、優しい口調で三人に伝えた。それと同時三人は校長室を出て行った。
「では横平君。今度は一連の事件は二人が原因で起こったことだという君の主張を無視して無理やり君に土下座までさせた我々が謝る番です。さっきのように何か我々に要望はありますか?」
校長は厳しい表情を崩さない。けれど、優しい丁寧な口調で広春に語り掛ける。
「俺、いやっ!僕はもう先生たちに謝ってもらわなくてもいいです。もう山下、元山の二人とのわだかまりも解けたし、特に先生たちに謝ってもらわなくてもいいです。まだ部活にも間に合いそうだし、僕も帰っていいですか?」
広春はそういうと入口の方に向かっていこうとした。しかし、熊山がそれを見てすぐに広春の腕をつかんで引き留めた。
「横平君はそう言うけど、私が君にしたことは許されないことなの。君の言葉を聴かずに職場放棄し、結果、安達先生に全てを委ねて君を成敗してもらう形になったのは先生として失格なの。せめて土下座で謝らせてよ」
そういうと熊山は土下座をしようと膝まづこうとしたが、それを広春が止めた。
「それが大人の理論だっていうんだよ。自分が何かをして『許された』という証明が欲しいでしょう。僕はもうすっきりしたんだって。元山と山下もしっかり謝ってくれたし、しかもクラスの何人かも原因は二人にあることだって知っているし、先生たちは自分たちの仕事をしただけなんだから。もう十分だよ」
そう広春が告げると、すかさず真剣な表情の校長が口をはさむ。
「確かにそうだ。横平君のいう通り、我々の罪が軽くなる一番手っ取り早い方法は君に謝って、君から許しを得ることなんだ。それをしないと君への罪を心の中に押し込めたまま、これからも君たちの授業をしていかなければならなくなる。だから、君のさっきの『自分たちの仕事をしただけ』という言葉は熊山先生だけでなく、安達先生や私にも残酷な絶望的な言葉なんだよ」
校長は厳しい真剣な表情から、眉を八の字にし少し困った表情で続ける。
「もういい、もういいって。校長先生が今何を言ったのか全く理解できないんだけど、僕が先生たちに謝ってもらうと、先生たちより偉くなった感じがして気持ち悪いから、やっぱり謝罪なんていらないよ」
さっぱりした表情で明るい口調で広春は言う。その言葉や表情には全くの悪気などは感じられなかった。
「じゃぁ。山本、元山君両名の時のように何か良い解決法はないのですか?私はこのままじゃ自分が許せないの・・・」
熊山が広春の前に立ち顔を見つめながら訪ねる。
「じゃあさ。先生たちに注文するよ。これからは、今回のことのように見えている部分でいろいろ判断せずに、しっかり俺たち生徒の言い分を聞いてほしいかな。『僕が授業の妨害をしないはず』って思ってくれていたのに、そんな行動をとったのならば、何か裏があるはずだということを読み取って冷静にいろいろ話を聞いてほしかったな。そうすると、今みたいな時間が音楽の授業中に終わってたかもしれない。駆け込んできた安達先生もそうだよ。悪くない僕にあんな口調で怒鳴り上げられたら、こっちも同じ口調で返すにきまってんじゃん。だから、これから今回のようなことがもう起こらないようにしてよ。よろしく頼むぜ!先生たち」
広春はそういうと、安達、熊山、校長の三人に対して深々と頭を下げた。
「横平君、頭を上げてください。君の要望は聞き入れました。今回のことを肝に銘じて、君がくれたチャンスを無駄にしないようにみんなの指導をしっかりしていくように先生方に通達します。今回は本当にすまなかった。そして気づかせてくれたことに感謝します。ありがとう」
そういうと、今度は先生たち三人が深々と頭を下げた。
「あっ!これは謝罪の叩頭ではなく、感謝の叩頭だからしっかり下げさせてもらいます」
広春は照れながらも校長らの叩頭を受け入れた。
「では、今回のことはこれで一件落着ということでいいかな」
と校長が広春と安達、熊山の両名に同意を求めた。三人は軽く頭を下げ了承した。そしてその場は解散となり三人は校長室を出た。
「ちょっと横平。今回のことも含めて少し話に付き合ってくれないか?お前に聞きたいことがあるんだ・・・・・」
安達は少し言いにくそうに斜め下を見つめながら広春に言った。
第11章 決 着 完
タイトル画像は「Copilotデザイナー」が作成しました。
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第12章 とんでもない話
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