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鏡の中の音楽室 (27)

第三部 壮太のあこがれ

第1章 とんでもなくない話


「えぇー!!『カンチョ―事件』っておじいちゃんがつけた名前だったの?」

前のめりに話に聞き入っていたさくらの背中に突然電気が流れたかのようにピンとのけぞり、驚いた表情で広春に訊ねた。

「未来人?タイムトラベル?これって塾長先生が作った話でしょ?私たちが何も知らない小学生だと思って勝手に話を作ってるんだったら、なんかむかつく!さくら、信じちゃだめだよ」

まゆはこのとんでもない話を鵜呑みにはせず、まずは疑ってかかった。

「おい!おまえら!塾長先生のこの話を信じられないのはお前らの目が節穴なんだよ!」

壮太が二人に対してものすごい剣幕でまくしたてた。

「お前らこの塾に入って何も感じないのかよ?まずは入口にある発話ロボットの「onion」君、そして高校生の授業はPCの中でやっていたり、それで、俺が自習室で宿題をしているとき、高校生の授業に塾長先生とAI が一緒に授業しているのを見たことがあるんだ。どう考えてもほかの塾よりかなり進んでいるし、塾長先生はスマホやPCの「BangBong(バンボン)」とめちゃくちゃスムーズに話をしていたりするんだ。これは未来の教育がどうなるかすでに知っているとしか思えないだろう」

壮太は涙目になりながら必死で二人に訴えかける。

「確かにテクノロジーやAI技術の使い方はほかで見ることができないし、確かに「BangBong」が塾長先生の仕事を手伝っているのを見たこともあるけど、それは塾長先生が最先端の情報からその技術をうまく取り入れて使っているだけで塾長先生の能力が長けているだけだと思うわ。壮太が塾長先生にあこがれるのは勝手だけど、あまりにも信用しすぎるとあんた!将来、結婚詐欺にあうわよ」

まゆから壮太は手厳しい辛辣な批判を浴びた。

「まゆはそういうけど、さくら!お前は身に覚えがあるはずだぞ!」

いきなり壮太に言葉を振られたさくらはまゆの方に向きなおし、俗にいうデニーロポーズをしながら首を傾げた。

「じゃあ。お前のおじいちゃんは、なんで?スマホのバンボンの使い方がさくらより詳しいんだよ!お前のおじいちゃんがお前のスマホを買ってきたとき、すぐに塾長先生に見せに来て『昔見たスマホはこんな色でこんな形だったんだ』って塾長先生に話しているのを俺は聞いたんだ!」

壮太の目には涙が浮かんでいた。壮太にとっては勉強だけでなく、未知のものを教えてくれる塾長の広春は本当に『あこがれの先生』と呼べる存在だった。

「壮太。お前、あの日、僕たちの会話を聞いていたのか・・・お前、どこまで聞いたんだ?叱らないから正直に話してくれ!」

広春は壮太の両肩に両手を置き、顔を覗き込むように訊ねた。

「ここでしゃべってもいいのかよ?」

「どうせここで隔離して訊いても、二人に問い詰められてお前は口を割るはずだから同じことだよ。ここで話してみろ」

「あの日、自習スペースに俺がいるのを気づかずに二人は・・・・」

塾の自習部屋に続いている玄関の戸が開いて、勇が赤い紙袋を持って入ってきた。壮太はその人が保育所の時代のピアノ演奏者の「安達勇」だということはすぐに分かった。かつて、あの人のようにピアノを弾けるようになりたいと思い、母親にピアノ教室に通いたいと懇願した『あこがれの人』だった。

「こんにちは。横平。今は暇かな?」

勇は自習室の隅っこで小さくなって学校の宿題を済ませている壮太には気づかずに奥の教場に入っていった。広春は教場のPCで作業をしていた。

「じゃぁ。BangBong!今日の保護者一斉メールなんだけど、月末なんで月謝の締め切りについて書いてくれないか?」

勇に気づいた広春は右手でちょっと待ってくれというような動作を勇に向けながら作業を進めた。

「はいわかりました。いつもと同じ文字数で以下の文章を作成しました。・・・・・・・・Banbonコラム「月末です」・・・・・
いかがでしょうか?」

デジタル仕立てだが、温かみのある声がPCから響く。

「ありがとう。今週もすごくいい文章で、僕の希望通りとなっています。じゃぁ、コピペして送信しておいてくれますか?」

まるで人間の秘書に話しかけているように広春の声がした。

「おほめいただきありがとうございます。それではいつものように送信しておきます。またお役に立てることがあればおっしゃってください。それではよい一日を」

「BangBongありがとう。では君はPCからスマホに移動しておいてください」

「了解しました。スマホでお待ちしています」

広春は椅子から立ち上がりながらノートパソコンの画面を閉じて、スマホを持ち勇の方に向かった。

「すごいな横平!お前のところではAIが仕事をしてくれているのか?」

「簡単な事務作業であれば十分BangBongがやってくれるのでいい時代になったもんですよ」

「けれど、ほかの役所や教育機関ではそこまでAI対応されていないぞ。」

「一般の人たちにとっては、AIに仕事を奪われる筋書きになるのはできるだけ避けたいのですよ。だから気づかないふりをするんです。うちが僕一人でやれているのも、安達先生がいろいろ未来の情報を教えてくれたからですよ。けれど、知りすぎたことが原因で僕は貪欲に金儲けをしようと思わなくなりましたよ。なんかだましてお金儲けするより、信じてくれた人たちを導くという方に傾きました。」

「そうかそれはすまなかったな。横平には過酷な十字架を背負わせてしまったようだな。ところで、前から言っていた『さくらのスマホ』を契約してきたんだ。ちょっと見てくれ。たぶん、これが例のスマホなんだろうけれど、全く使い方がわからんのだ。昔見たスマホはこんな色でこんな形だったんだけれど画面の中に【B】のボタンがないんだ。それに『やぁ!BangBong!』って話しかけてもうんともすんとも言わないんだ」

勇は首をかしげながら紙袋から箱を取り出し、まるで分娩室で生まれたばかりの赤ん坊を抱くようにして新品のスマホを出した。

「先生!このスマホ、まだBangBongのアプリがインストールされていませんよ。まずはこの『アプリ屋』からBangBongアプリを探してインストールしましょう。・・・・・・先生!もうインストールできましたよ。最初に設定で『アサイメントAI』、もしくは『クラウドAI』の設定ができますが、どちらで設定しますか?」

広春はどぎまぎしている勇を横目に一流の料理人が料理を進めながらお客様に何味に調理するのかというように訊ねた。

「おい!おい!私にはお前が何を言っているのか?さっぱりわからないぞ!どういう設定なのか説明でお願いする。単語じゃわからん。」

広春は「はいはい」という風に両手を動かしながら

「わかりました。まずは『クラウドAI』というのはクラウドホストに接続してクラウドの情報とインターネットを介して会話を成立させる方式です。一方、『アサイメントAI設定』はWi-Fiなどインターネットに接続しなくてもその端末にある情報と状況を判断、計算し会話する方法です。今までの話の内容からすると『アサイメントAI設定』の方がいいですね。今まで聞かされてきた先生のお話では、今後インターネットに接続できない状況に陥る可能性が高いですからね」

お客様と話をしながら料理を進めていく鉄人のように広春は『BangBong』の設定をしていった。

「初めまして、私は『BangBong』です。今日は何を手伝いましょうか?」

この言葉を聞いて、つぼみから花弁が開くように勇の表情が変わった。

第1章 とんでもなくない話  完
タイトル画像は「Copilotデザイナー」が作成しました。


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第2章 信じてもらえない者の話



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