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鏡の中の音楽室 (11)

第一部 さくら と まゆ
第五章 合唱コンクール(本番編)


各クラスに分かれて朝の会が始まった。
朝の会では、各クラスの担任の先生から、合唱コンクールの注意事項とそのプログラムの中での各学年ごとの動きについて再度確認された。5、6年生は体育館に移動した。
近年のはやり病での感染防止のために、合唱コンクールは数年前とは様変わりしていた。全校生徒が集まって、その後ろに保護者の方や来賓の方々が陣取る、という例年の配置ではなくなっていた。
1年生から4年生は、出番まで各教室で待機し、教室のモニターにて体育館の様子を見ることになっていた。出番の前に呼ばれて体育館と校舎をつなぐ渡り廊下で待機するという体制になり、体育館の中は5、6年生と保護者と来賓しかいないので、人と人の間隔も取れている。コンクールの順位も学校HPの合唱コンクールの特設ページで「いいね」を押すとすぐに数字が反映される仕組みになっていた。

さくらとまゆたちの5年生から体育館に入った。準備された体育館に保護者や来賓たちがすでにちらほら座っていた。さくらとまゆは目で合図をしながら、小さくガッツポーズを見せあった。保護者席を見ると、里香がさくらにスマホを右手で差し上げて「持ってきたよ」という合図をさくらに送っていた。さくらはそれに対して手を振った。その時、師匠であり、さくらのおじいちゃんである安達勇の姿はまだなかった。そして、6年生も入場し、いよいよ合唱コンクールの準備が整った。
教頭先生の声が大きく響く。

「ただいまより!令和〇年度古中松北小学校の合唱コンクールを始めます」

いよいよ合唱コンクールの始まりだ。次に、司会の児童会長の緑川菜月が壇上に上がり、合唱コンクールの進行を説明した。
最初に校長先生が壇上に立ち、全校生徒に向けて話し始めた。

「今日は皆さんにとって大切な日ですね。合唱コンクールです。皆さんはこれまで一生懸命練習してきました。先生方も皆さんの成長を見守ってきました。今日はその成果を発揮する日です。皆さんは自分たちの力を信じてください。そして、自分たちの歌を楽しんでください。歌うことは心を豊かにすることです。歌うことは仲間と一体になることです。歌うことは自分を表現することです。皆さんは素晴らしい歌声を持っています。その歌声を存分に響かせてください。そして、観客の方々にも感動を与えてください。私も皆さんの歌を聞くのが楽しみです。それでは、合唱コンクールを楽しみましょう!」

校長先生の話が終わると、拍手が起こった。校舎で参加している学年からも大きな拍手が起こった。そして、何人かの来賓の方からのあいさつが終わった。

「次に全員で校歌を歌います。教室でいる人たちも大きな声で歌いましょう。保護者の方々や来賓の方で本校出身の方々も一緒に校歌を歌って下さい。皆さん!ご起立下さい」

体育館、校舎から大きな歌声が聞こえてきて、保護者や来賓もつられて歌う人もいた。ますます盛り上がってきた。

「ありがとうございました。ご着席ください。それではここから合唱コンクールとなります。今回は、1、2、3年生は学年全員で1曲歌います。4年生は3クラスをふたグループに分かれて1曲ずつ歌います。5、6年生は各クラスごとに1曲ずつ歌います。なお、5、6年生の指揮者とピアノ伴奏者は児童自身で行います。今年から審査員は皆さんとなっています。各学年、もしくは各クラスの合唱が終了したら審査開始です。お配りしているHPの特設ページから投票できます。・・・・」

ここから児童会長の説明は審査の方法に移った。審査は観客のスマホやタブレットから投票となり、学校が作った特設HPにプログラムのコードから入り、合唱と合唱の間が審査時間となり、画像の下にあるハート枠が3つをタップすると、一台3点まで投票できることなどの説明が行われた。その説明の中で特に面白かったのが、練習でやった校長先生の話に点数をつけるというものだったが、最初にドッキリで0点と発表されたことだった。
司会者の説明が終わると、1年生が呼び込まれ、1年生全員が壇上に上がった。1年生は元気よく『にじ』を歌った。ゆっくりとした曲で、混成にはなってはいなかったがオープニングとして1年生らしい可愛らしい歌声に観客の気持ちは盛り上がり、拍手や声援が送られた。1年生が退場の準備をしている間に司会の緑川から審査のアナウンスが行われた。
 
「それでは、よかったと思われる方はプログラムの1年生の横にあるコードより投票を行ってください。続きまして2年生が入場してきます」

投票が行われている間に、壇上の1年生たちはゆっくりと退場していく。そして、渡り廊下で待機していた2年生とハイタッチをしながら教室に戻って行った。そのあと2年生はゆっくりと体育館に入って行き、ステージ壇上へと上がっていく。その際、5年生がステージの準備を手伝うという段取りだ。普段なら長く感じられる間の時間だが、やることがあるので観客はそんなに待たされた感じはしなかった。そうしている間に2年生の用意ができた。来賓も先生たちも、お互い確認しながら楽しそうに投票をしていた。

「それでは、ただいま2年生の準備が終わりましたので投票を終了して下さい。投票のページが締め切られました。それでは2年生の皆さんよろしくお願いします!」

次に準備のできた2年生が『友達になろうよ』を歌った。その希望にあふれた歌詞と、間奏の時にみんなが両手を挙げて手拍子と掛け声を入れたときには、観客たちも一気に手拍子と掛け声をかさねた。もうすでに会場は一つになり始めていることを感じた。
 
その雰囲気の中、次に3年生が壇上に上がった。3年生は明るく元気な歌声で、『気球にのってどこまでも』を歌った。アップテンポの力強い曲のサビの部分から混成二部で構成され、口ずさむ観客たちもいて、途中の「ランランララ・・」で自然に手拍子がわいた。これぞ合唱コンクールという雰囲気になった。
 
思いのほか盛り上がってざわつく会場。そして、小3生の採点中に4年生のAグループが壇上に上がった。4年Aグループは『100%勇気』を歌った。これは保護者達、大人も子供たちも知っている勇気をくれる歌だ。観客である5、6年生からも歌声が聞こえてきて、体育館内は大盛り上がりになった。 離れて座っているさくらとまゆはお互いに目を合わせ、胸に手を抑えて素早く上下にさする。曲が終わり、会場である体育館のボルテージが上がってきていることがみんなに伝わってくる。
会場がざわめきの渦に巻き込まれているそのすきに、さくらの父の進と祖母のすみれが、さくらの祖父であり、二人の師匠の勇を会場に連れて入ってきた。まっすぐに里香のもとに行き、あらかじめ車いすが入るように端を開けていたスペースに勇を陣取らせた。
 
「さくらたちの順番はいつなんだ?」

膝に毛布を掛け、ポロシャツの上からジャケットを羽織って、大きなマスクをした進が里香とまゆの両親の藤田夫妻に訊ねた。里香はスマホを2台操作しながらプログラムを見て確認しようとしていたが、すぐに後ろにいたまゆの父親が答えた。

「今から小4Bグループが始まりますので、このステージが終われば次に休憩が少し入ってまゆのクラスの5年1組になります」

それを聞いて、勇は大きく頷いて納得したが、里香に向かって訊ねた。
 
「里香さん、何をそんなに焦っているのですか?」

すると里香は自分のスマホで採点の操作を終えて、さくらのスマホを操作しながら、

「さくらから頼まれていて、お義父さんには多分理解していただけないと思うのですが、AIの・・・・・」

と言おうととしたとき、勇がその言葉をさえぎって

「バンボンを起動して、そのスマホに録画すればいいんだろう?私のタブレットにもバンボンは入っていたので、操作方法と録画の方法はわかる。どうせさくらがバンボンに見せたいなどと里香さんに頼んだんではないですか?だったら、私がさくらのスマホを操作しますよ」

まさかの答えが返ってきたが、里香は『さくらがお義父さんにも頼んでいたんだわ。どうせ機械音痴の私より頼りになると思っていたのね。じゃあ。お義父さんに操作してもらえば採点も私のスマホでも録画できるけれど、本当に操作できるのかしら?もしダメだったらさくらにかなり怒られるのは私だし・・・・』と心の中で思ったことが口から出てしまった。

「でも、お義父さん?本当に操作できるのですか?もし録画できてなければ、さくらはきっと私にかなり怒ると・・・」

と言葉をさえぎって、勇が里香に向かって、

「じゃぁ、私にそのスマホを貸してみなさい」

まだ、小4Bグループが準備している最中なので、とりあえずさくらのスマホを渡すと、勇は画面からBangBongアプリを立ち上げ、BangBongと話し始めた。

「バンボン。わたしはさくらの祖父です。聞いてるか?」

とBangBongに向かって話すと、すかさずBangBongが答える。

「こんにちは。わたしはBangBongです。さくらさんのおじいさんですね。今日はどんな御用ですか?」

「うん。さくらに頼まれていた『バンボンに合唱コンクールを見せる』という約束を守るため、このスマホを私が操作するのでよろしく頼みます。」

勇は人と話すようにスムーズに会話している。さらに、それにBangBongは答える。

「わかりました。それではカメラを起動していただければ、私は外の様子が見られるのですが、さくらさんとの約束を実行するのであれば、録画をしていただけませんでしょうか?もしできそうになければ、BangBongがすべて起動します」

「いや、録画の方法は赤いボタンを押せばいいのでわかる。撮りたいところだけ撮るので私が操作しよう」

「わかりました。それでは写真モードではなく、ビデオモードになっていることを確認して赤いボタンを押してください。では、勇様。約束を実行してください。よろしくお願いします」

そのやり取りを見ていた里香は勇の操作の的確さと、BangBongとの会話がスムーズに行われていたことに感動して呆気に取られていた。
 
すかさず気を取り直して、
 
「お義父さん・・・私より上手に操作できるんですね。ほんとにお任せしても大丈夫でしょうか?」
 
すると、マスク越しでもわかるような笑顔を浮かべていった。
 
「これは、私が操作して録画するほうがいいんだ。そう、私がしなければならない最後の仕事かもしれない・・・」
 
その言葉を聞いて、藤田夫妻、さくらの両親、勇の妻のすみれ、みんなが黙ってしまった。
 
「さぁ、そろそろ小4グループBの準備ができたぞ。みんな合唱コンクールに集中しよう。さぁ進も席に着くんだ。みんなの迷惑になるぞ」
 
と勇はみんなに声をかけた。
そして、小4生のグループBの曲「世界が一つになるまで」が始まった。先の2曲とは違って、落ち着いた曲で会場の上がったボルテージを元に戻した感じがした。けれど白けた感じではなく、しっとりとした「心が濡れる」そういった雰囲気に一変させた。間奏で手拍子が自然と起こり、予期せぬ感情のジェットコースター現象に思わず涙を浮かべる人もいた。曲の終わりには誰もが「いい映画、小説などのエンディング」で漏らすため息をついていた。
「世界が一つになるまで」が壇上で歌われていた時、勇はさくらのスマホに向かって何かを話しているようであったが、周りにいる人たちは少しも気にはしていなかった。
そして、小4Bグループの採点時間が始まり、20分の休憩をはさむというアナウンスがされた。教室にいる学年の保護者の方には、教室のほうで子どもたちと一緒に合唱コンクールを見られるということもアナウンスされた。そして、その休憩の最中、子どもたちはそれぞれの保護者のもとに駆け寄ったり、逆にステージの終わった学年の保護者が子どもたちの教室に移動したりしていた。その時、勇の傍にさくらとまゆが駆け寄ってきた。
 
「おじいちゃん。ようこそおいでくださいました。今日は療養中なのにありがとうね。無理しないでね」
 
さくらがそういうと、まゆも続けた。
 
「師匠!私は次が出番です。どうか緊張せずにいつも通り演奏できるようにおまじないを下さい」
 
まゆがそういうと勇はさくらとまゆ二人を呼び寄せ、
 
「一生懸命練習してない者は緊張すらしない。しっかりやった者だからこそ緊張が生まれる。失敗を心配するから緊張するんだ。この観客を見なさい。みんな合唱コンクールを楽しんでいる。採点を楽しんでいる。観客をもっと盛り上げたいと思えばいい。みんなを笑顔にし、みんなを泣かせて、さらにみんなを驚かせてやろうと考えればいい。そうすれば、緊張がワクワクに変わる。二人とも1回しかないチャンスだ。練習通りに呼吸を合わせて伴奏してくるんだ。絶対に頑張るな!やったことを普通にやってくればいい」
 
さくらとまゆの二人はその言葉を聞いて、かなり落ち着いた様子に変わった。
 
「休憩終了5分前です。次の5年1組はステージの用意をしてください」
 
というアナウンスが流れた。まゆは胸の前で両手でガッツポーズをしてステージのほうへかけていった。

第五章 合唱コンクール(本番編)  完

次回 第五章 合唱コンクール(5年1組まゆ編)

(鏡の中の音楽室 第一部 さくら と まゆ  より)

(タイトルの画像は「体育館のステージ上で30人の子どもたちが合唱をしている 漫画アニメ」というお題でBing Image Creatorが作成した作品です。)
 


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