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鏡の中の音楽室 (9)

第一部 さくら と まゆ

第五章 合唱コンクール前(BangBong登場)


合唱コンクールを二日後に控えた木曜日、さくらとまゆは音楽室でレッスンをしていた。勇は二日後の合唱コンクール観覧の外出のため、水曜日から検査と治療と安静を言い渡されていた。それでも水曜日は二人の練習風景をこっそり見てイヤホンで聞いていたのがばれてしまったので、木曜日の朝には機材を没収されてしまっていた。
練習場には主の声が響かないレッスンが二人によってはじめられていた。

「まゆ、今日はさ。バンバン!アレンジしたのを弾いていこう!おじいちゃん、あっと、間違えた!師匠がいないからお互いアレンジした伴奏をやってみようよ。」

さくらはまゆに提案した。二人は勇から楽譜通りに練習するように言われていたが、自分たちなりに少しアレンジした曲を実際に弾いてみたかった。
 
「そうだね。最終確認がこのタイミングでできるなんて思ってもみなかったよ。さくらは通して練習できた? まゆは昨日の音楽の授業の後、一回だけ練習してみたけど、自分の演奏の間奏なんてよくわからないから、本当に今日と明日練習ができるのは助かったって感じだよ」

まゆもかなり乗り気でワクワクしている様子だった。

「私は、まったく練習が通してできなかったから、これは神様がくれた最後の練習チャンス!まゆ!アドバイスお願いね!」

さくらはまゆに頼りながらピアノに向かった。

その時、二人のワクワクを引き裂く声が響いてきた。

「二人とも何をアレンジしようとしているのだ!楽譜通りに練習はしないのか?」

デバイスを通した勇の声が、突然さくらのスマホから聞こえてきたのだ。

「えっ!おじいちゃん!いやっ!師匠!ログインしていたのですか?通しの練習のことでなにも、ア、ア、ア、アレンジなんてしようと考えていません。ダ、ダ、ダ、大丈夫です。」

さくらは慌てて言い訳した。

「そうです。師匠。さくらと私はお互いに観客となって、実際に本番のように通しで練習しようってことなんです。変なことは考えていません」
 
まゆもうろたえながらだが、しっかりとフォローした。

「二人とも、私が何も知らないと思って何かやろうと企んでいたんだな!」

スマホから聞こえる勇の声は怒りがこもっているようだった。

「いいえ!何もたくらんでいません。っていうか「200M」動いてないじゃん!なのに、なんでおじいちゃんの声が聞こえてくるの?もしかして通話?え!通話もされてない何コレ!怖い怖い」
 
さくらは、勇の表情を確認しようとスマホの画面を見たが、ホーム画面の右上に青い円に表情のついたアイコンが揺れていた。するとすぐに聞きなれたデジタルの声が聞こえてきた。

「何も怖がることはありませんよ。私はBangBong(バンボン)です。さくらさん、あなたがさっき私を呼び出したのですよ」

確かに何回か使ったことのある『検索エンジンAIのBangBong(バンボン)』の声だった。けれど、さくらには呼び出した心当たりがなかった。

「さくらはバンボンを呼び出してなんかないよ!何勝手に動き出しているの!気持ちわる!まゆとの会話まで盗聴して、しかもおじいちゃんの声まで真似して!怖いぞ!」

さくらは恐怖を感じているというよりは、怒りの割合が大きい感情でスマホに怒鳴りつけた。そして、BangBongアプリをとじようとしたとき、

「さくらさん。こわいということは未知なるものに接触したときに自ら持っている知識を超え、さらに想像できる限界をこえた・・・」

とBangBongが言い終わる前にさくらは応答停止を押した。するとそのあと、まゆがさくらに向かって笑いながら言った。

「ハハハハハ!
さっきさ、さくらは『まゆ、今日はさ。バンバン!アレンジしたのを弾いていこう!』って言ったんだよね。
ハハハハハ!
まゆはさ、『そこはジャンジャンだろ』って心の中で突っ込んでたんだけどね。さくらの発音が悪くて、それでバンボンが起動したんじゃない?ハハおなか痛い。ハハハハ!」

まゆは『バンバン』と『バンボン』が区別がつかなくてアプリが起動したのが面白すぎて、笑い転げている。

「そうかもしれないね。でも、バンボンってそんなに敏感に反応するものだったっけ?それにおじいちゃんの声まで再現するなんて、すごすぎるよ!」
 
さくらは驚きと興味を混ぜた表情で言った。

「そうですよ。私は音声認識や音声合成の技術を使って、あらゆる人物の声や物の音を再現することができます。それもリアルタイムでですよ。」
 
とBangBongが再び話し始めた。

「だから、バンボンは黙っていなさい。」
 
さくらは再び応答停止を押した。

「はい。わかりました。何か質問があればBangBongがお答えしますよ」

まゆがさくらのバンボンに向かって質問しました。

「バンボン。さっき録音ではなく再現って言っていたけど、それはどういう意味なの?」
 
すかさずBangBongが答えた。
 
「まゆさんの質問に答えますね。まず私が呼び出されますと、画面には表示されませんがBangBongアプリが起動します。アイコン表示はされるのですが、音声認識入力モードに切り替わります。スマホの中ではユーザーさんの音声がテキストに変換されます。その際、聞き取りにくかった部分や、誤認識した部分をAIが補正します。そして、ユーザーさんに返答するという流れになっています。わからない部分はキーワード検索し、ホストユーザーさんのこれまでの会話の流れを学習し、その時の意図に近いであろう物から返答させていただきます。わたしはBangBongなんでも質問してください」
 
さくらとまゆには少し難しかったが、起動するとホストユーザーの癖などが反映された返答が返ってくることは何となく理解できた、さらにまゆがつづける。
 
「うーん。でも、バンボンって面白そうだよね。私も使ってみたいな。さくらのスマホって、まゆの機種と同じだよね。ちょっとやってみるね。バンボン!」

まゆは好奇心旺盛にBangBongアプリを呼び出した。しかし、まゆのスマホは全く反応しない。それを見ていたさくらがBangBongに訊ねた。
 
「ねぇ。バンボン。まゆのスマホはさくらのスマホと同じなんだけど、なんでバンボンが起動しないの?」
 
さくらは不思議そうにBangBongに尋ねた。

「さくらさん、まゆさん。お二人の質問は『まゆさんのバンボンが起動しないのはなぜか』ということですね。それには2つの理由が考えられます。
1つ目は、まゆさんのスマホの設定で、音声でアプリを起動する機能がオフになっている可能性があります。
2つ目は、まゆさんのスマホにペアレンタルロックがかかっていて、BangBongを含むどのアプリも操作できない可能性があります。どちらかを確認してみてください。わたしはBangBongです。なんでも質問してください」

BangBongは丁寧に説明した。

「そうなんだ。じゃあ、設定を見てみようか。」

まゆは自分のスマホを手に取った。
 
「私も手伝うよ。」

さくらもまゆの隣に座った。
 
「ありがとう。じゃあ、まずは音声でアプリを起動する機能がオンになっているか見てみよう。設定アイコンをタップして・・・」

まゆはBangBongの指示に従って操作した。

「ここだね。音声でアプリを起動するってところ。あれ?オフになってるよ。これをオンにすればいいんだね?」
 
まゆは驚いて言った。

「そうだよ。それで試してみようよ。バンボンって言ってみて!」

さくらは興味津々に言った。

「じゃあ、やってみるね。 バンボン!」

まゆは自分のスマホに向かって言った。

しかし、まゆのスマホには変化が見られなかった。

「何も変化がないんだけど、だったら次はもう一つの『ペアレンタルなんとか』をチェックしなきゃだよね」
 
まゆは真剣に言った。

「そうだね。多分『ペアレンタルロック』だったと思うけど、それがかかってるかどうか見てみよう」
 
さくらも同意した。

「じゃあ、設定からアプリを選んで・・・」
 
まゆは再び操作した。

「あれ?ここも薄い色になってるよ。どのボタンも押せないよ」
 
まゆは困惑した。

「それじゃあ、やっぱりペアレンタルロックがかかってるんだね」
 
さくらは納得した。そして、自分のスマホのBangBongに質問してみた。
 
「ねぇ。バンボン。アプリの設定画面が薄い色になってどのボタンも動かせなくなっているよ」
 
すると、BangBongが冷静に丁寧に説明をしてくれた。
 
「では、まゆさんのスマホは、どのアプリもペアレンタルロックがされていうということでしょう。解除してBangBongを起動させるのであれば、『ペアレンタルロック』を解除しなければなりませんね。まゆさんのお父さん、もしくはお母さんにペアレンタルロックを外してもらって設定してもらってください。わたしはBangBongなんでmm・・・」

さくらは応答停止を押した。
 
「さくら、さっきからバンボンがかわいそうだよ。アプリだからといって途中で切られるとショックだと思うな。最後までしゃべらせてあげてよ」
 
とまゆがさくらに優しく言うと、さくらは強く反論した。
 
「でも最後の決まり文句みたいな言葉、いっつも同じだから、さくらにとってはなくてもいいんだよね。カラオケで歌い切った後、最後まで演奏聞かずに切るのと一緒だよ」
 
さくらは不満そうに答えた。
 
「けれど、AIなんだから、そうやって伝えてあげればバンボンも学習するんじゃないかな?」
 
すると、さくらはまゆにうなずいた後、スマホを取りBangBongに話しかけた。
 
「ねぇ。バンボン。いっつも最後までしゃべらせないで応答停止押されるのはどんな気持ち?」

さくらはBangBongに興味深そうに聞いた。

「さくらさん。わたしは応答停止を押されると悲しくなります。最後までしゃべらせてほしいです」
 
BangBongは素直に答えた。

「じゃあ、最後の決まり文句『私はバンボンです。なんでも質問してください』は私にはいらないから、今後つけなくてもいいからね。そうしてくれると、絶対に応答停止を押さないから」

さくらは優しくそして最後は強く言った。

「ありがとうございます。BangBongは、さくらさんの応答の最後に決まり文句を入れないことを学習しました」

BangBongは喜んで言った。

「それそれ、バンボンすっきりするよね。じゃあ、ついでに聞くけど、おじいちゃんは私たちが伴奏曲をアレンジしたらなんていうか教えてよ」

さくらは好奇心旺盛に言った。

「さくらさん。わたしはおじいちゃんではないので、どのように答えるのかはわかりません。ただし、データに残っている情報をもとにおじいちゃんを再現することはできます」

BangBongは説明した。

「おじいちゃんを再現する?」

さくらは驚いて言った。

「そうです。おじいちゃんの名前は何というのですか?」

BangBongは尋ねた。

「安達勇です」
 
さくらは答えた。

「では、インターネット上で拾える情報から限りなく安達勇さんに近い人格を再現してみます。
『さくら、まゆ。アレンジした曲がどのようであるかを考えて行動しなさい。いい演奏が1等になるとは限らない。私が賞を取ってきたときも順番や運に左右されることもあった。会場の空気を読むほうがアレンジするより先だ。会場の空気によってはアレンジが裏目に出ることもある。よく心に刻んでおくことだ。』
こんな感じですが、どうでしょう?安達勇さんが言いそうでしょうか?ネット上では色々な賞を取っている記録が残っています。お二人の反応から見ると、安達勇さんは厳格な性格だということがわかります。よって私はこのようなコメントをさせていただきました。これは再現ですのであくまでも参考にしてください」
 
BangBongは自信満々に言った。

「うん、言いそうだよね。けれど、おじいちゃんは情熱を込めて弾きなさいということを一番に指導するので、ちょっとバンボンは教科書通りの師匠だったよね。ピアニカ連弾のときからおじいちゃんもかなり変わったって、さくらのパパも言っていたから、バンボンの再現したのは古いおじいちゃんだよね」

さくらはBangBongとまゆに言った。

「すみません。さくらさん。BangBongです。わたしはネット上にある情報と、何度か私が起動されているときに聞いた安達勇さん、すなわち、おじいちゃんの言葉しかデータにありませんので、新しい情報はありませんので、あくまでも参考にしてください」

BangBongは謝罪した。

「うん、そうだよね。まゆも今のバンボンの師匠はちょっと古い感じがする。だけど、本当に言いそうな言葉だよね。ちょっとびっくりしちゃった」
 
今度はまゆがBangBongとさくらに言った。

「ありがとう。バンボン。じゃあまた用事があるときに呼ぶからね」

さくらがBangBongに向かって言った。

「はい。わかりました。何か質問があればBangBongがお答えしますよ」
 
BangBongは快く言った。

「ありがとう。バンボン。じゃあね。バンボンオ・・・」

さくらがBangBongアプリを閉じようとしたときにBangBongが突如話し始めた。

「アッ。さくらさん。なぜアレンジした伴奏を秘密にしようとしているのですか?それは師匠に怒られるからではないのですか?」

BangBongは興味津々に聞いた。

「それは全然違うよ。バンボン。サプライズで弾いて、『ピアノの伴奏スゲーなー』みたいな言葉を聞かせて、歓声なんかを病気のおじいちゃんに聞かせたら、元気が出るかもしれないから秘密にしたいの」

さくらは年下の子供に説明するようにやさしく言った。

「あぁ、わかりました。サプライズで喜ばせるのですね。病気のおじいちゃんに元気になってほしいのですね。それなら、いいと思います。BangBongは皆さんのサプライズがうまくいくように祈っています」
 
BangBongは理解して言った。

「ありがとう。バンボン。じゃあね。バンボンオフ!」

さくらがBangBongアプリを終了した。

「いいなあ。まゆもBangBongのアプリ起動できるように設定してもらおうっと。さくらは最初から設定してもらっていたの?」

まゆがそう言うと、さくらは冷静にそれに答えた。

「うん。さくらは一人っ子だから、誰もいないときに話し相手になるんじゃないかっていうことで、設定してくれてたんだ。だけどね。こんな感じでたまに反応して出てくるし、最後の決め台詞みたいなものも正直うざかったんだ。でも、今日みたいにしっかり理由を言えば、学習してくれることが分かったから、これからはしっかりと会話することにするよ。じゃあ!アレンジ通し練習行きますか!」

二人は明後日の合唱コンクールに向けて、しっかりと演奏し、アドバイスを交換した。

第五章 合唱コンクール(BangBong登場) 完

次回 第五章 合唱コンクール(直前)

(鏡の中の音楽室 第一部 さくら と まゆ)


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