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鏡の中の音楽室 (15)

第二部 非常識塾長

第1章 非常識塾長 登場!


 古中松北小学校の合唱コンクールは6年生が1~3位を独占して終了した。5年生は『最新の曲を選曲できない条件の中でよくやった』と皆が思っていた。しかも、『練習中では味わえない達成感』なども感じていた。ただ、さくらとまゆだけは違っていた。これは合唱コンクールの日の夜から始まるお話である。
 
「さくら。今日は藤田さんちと一緒に打ち上げをするわよ。さくらのスマホにおじいちゃんがしっかりとメッセージを入れてくれていたから、まゆちゃんが来たら一緒に見ましょう。」
 
家に帰ってきてからも、ふさぎ込んでいたさくらに里香が声をかける。
 
「・・・・・・」
 
さくらはいつもの元気がなく。口から言葉すら出ない状態であった。
 
「今日の藤田家との打ち上げは、おじいちゃんやおばあちゃんがいないからピザパーティーに決定していまーす。もうすぐまゆちゃんたちがさくら待望のピザをもってきてくれるから元気出しなさい」
 
すると、さくらは少し顔をあげて反応する。
 
「本当に本当にピザが食べられるの?スーパーで売っているのじゃなく、宅配の広告のピザが食べられるの?」
 
すかさず里香も嬉しそうに答える。
 
「おじいちゃんや、おばあちゃんにピザを宅配してもらおうと提案しても、いつも寿司になってたでしょう?年配の人たちにはきつい食べ物なんだよね。ピザって。私だってピザ食べたかったんだから今日ぐらいいいでしょ」
 
普段食べることのできなかったさくらの憧れのピザと、まゆの家族との夕食とあってさくらに元気が出てきた。そうこうしているうちに藤田家がピザとともに到着した。
 
「お待たせ。さくらちゃん。元気でたようね。まゆも、さっきまでかなり落ち込んでいたんだけど、この量のピザと、夕食中にお茶以外が飲めるっていうことでテンション上がって、ほぼいつも通りに戻ってきたわ」
 
まゆの母、好美が元気になったまゆの肩に手を置きながら話した。
 
「藤田さん。この量はさすがに7人分以上ありますよね?お金って足りました?」
 
積み上げられたピザの箱を見て、里香は驚きながら訊ねると、
 
「大丈夫。大丈夫。体育館でこの話になったときに、二人でホームページ見て計算したでしょう?いったん家に帰ってから注文した時にね、宅配かテイクアウトを選べたの。でねテイクアウトすると半額ってなってたの。どうせならここへ来るついでにテイクアウトすればいいじゃないってことになって、だいたい予定の倍の量を注文しているときに、まゆのテンションも上がって元気になったのよね。で、その上預かっていた予算から700円バックなのよ」
 
それを聞いてさくらのテンションはさらに上がる。
 
「ねぇ、ねぇ、なんのピザなの?ねぇ、まゆはなんのピザか知ってるの?」
 
ここから、すっかり元気になった二人は、そこからいつもの表情に戻り、まゆの妹のひかりを交えてあまりピザを食べたことのないさくらにピザの解説をしていた。
 
二人はいつもの明るさを取り戻し、楽しい夕食が一通り終了したころ、里香がその場を取り仕切る。
 
「はーい、皆さん。特にさくらとまゆちゃん、おじいちゃんからメッセージを預かっています。合唱コンクールが終了して、さくらのスマホにメッセージと感想を残してくれています。それをみんなで見ましょう!」
 
そういうと、さくらのスマホを取り出して録画された勇のメッセージを再生し始めた。
 
【まゆ。君は会場の雰囲気の盛り上がりにつられて自分の力の調整を忘れてしまった。しかし、結果としてクラスみんなの声が大きくなり、ピアノの音も大きくなった。だから、まゆが意図したこととは別にみんなにとって満足いく結果となった。最後も力尽きて音が小さくなった分、余韻が残って観客の皆さんには感情的にも幾分の冷却時間となり、うまく締められたように感じられた。だからこそクラスメートから褒められたり感謝されたのではないか?そして、それが矛盾点となってつらいのだろう。】
 
ここまで聞いたまゆは驚きの表情を見せる。なぜなら、まゆには理解できなかったクラスみんなの感情のわけが勇のコメントの中でズバリ考察されていて、実際その通りだったからである。そして、驚いた表情でさくらと顔を見合わせる。さらに勇からのメッセージは続く。
 
【今回は合唱が主人公であって、ピアノは伴奏でなければいけない。これはさくらにとっても同じだ。さくらはいつも聞いていたまゆの演奏と違った箇所に気が付いた。さらに、いつもと違う様子のまゆと5年1組のみんなの雰囲気が全く背反であることに気が付いた。その矛盾点がさくらの心の楔(くさび)となって演奏寸前まで迷ったんだろう?それで行き着いたのが楽譜通りに演奏することだった。違うか?けれど、さくらはラッキーだった。大西圭君の音楽センスがかなり高くて、いや雰囲気を察知する能力というべきか、そのおかげでさくらやみんなを引っ張ってくれた。会場内の聴衆や歌っているクラスメートにとってはいいパフォーマンスになった。けれど、それ自体がさくらにとって「私は特別なことを何もできなかった」という悔しい思いだけしか残らなかったんだろう。】
 
さくらもまゆも驚きの表情を浮かべながらお互いを見る。まゆにとっては5年3組のいい合唱を見た後『すごくいい合唱の出来だったのに、さくらがなぜ落ち込んでいるのか』が理解できていなかった。この言葉で初めてさくらの精神的な足かせが自分の演奏にあったことに気づき、さくらに向かってまゆは手を合わせて2度頭を小さく縦に振った。さくらも『自分自身がなぜ悔しかったのか?』という理由がはっきりし、すっきりした気分になった。さらに勇のコメントは続く。
 
【何もしなくていいんだ二人とも、今日は合唱の伴奏だったのだから、同音異義語で「走ると書いて、伴走」という言葉がある。そうだ!ピアノを演奏する者は、合唱者たちの伴走者にならなければならないのだ。だから結果的に君たちは合唱曲を伴奏したようになった。二人の様子を見て推測すると、さくらもまゆも、どこかで何かを仕掛けようとしていたのかもしれないが、そんなことをしていれば、いつもと違った部分が周りのリズムを崩してしまって、大きなミスが産まれていたかもしれない。】
 
ここで二人はまたお互いを見て、まゆは自らの口を手で押さえて失礼しましたという表情を浮かべほくそ笑みおどける、一方、さくらは舌を出し両肩をすくめる。
 
【私が二人にしきりに楽譜通りの練習をさせていた理由が、ここではっきりと理解できたはずだ。これは二人にとって良い経験となったはずだ。二人が自分のやりたいことをやれなかったという後悔が残っているだけで、君たちの隣で歌って笑顔になった人たちがいることに気づいてほしい。今回の合唱の経験は、今後の人生でも役に立つ教訓が含まれていた。いつでも自分が主人公になることはない!与えられた役割をしっかりこなすということだ。】
 
この言葉を聞いて、その場にいた人たちみんなが頷き納得した。
 
【ものすごく長いメッセージになってスマン。このメッセージをしっかりと心に刻むんだ。いつか来るピアノのコンテストやコンクールは、君たち二人が主役で、戦う相手は会場の雰囲気であることを。合唱などの伴奏はピアノ演奏者が出しゃばってはいけない。そう私の師匠たちも私に教えてくれた。今日はいい勉強になったな。君たちにはまだまだ経験しなければならない物がこれからもたくさんあるということだ。私はこれで病院に戻るとする。二人の気持ちはどうあれ、いろんな意味でいい合唱だった。伴奏としては合格点だ。君たちの未来につながるいい経験となるだろう。】
 
この勇のメッセージを聞いた後、二人の表情は明らかに満足したものに変化した。自分たちが何かの呪いにでもかかっていたかのように、失敗と思っていたものがそうではなく偶然のいたずらであったことに安心した。さらに、自分たちが与えられた役割を全うすることで得られる満足感があることに気づいた。
 
【そうそう、頑張った君たち二人へのご褒美だ。紹介したい人がいるから、明日の日曜日の午後にでも病院に来てくれ。きっと君たちに必要なものを教えてくれるだろう。以上】
 
最後の言葉を聞いて二人は顔を見合わせて、里香とさくらの父である進に向かって
 
「誰?誰なの?パパはだれか知っているんだよね?」
 
さくらは矢継ぎ早に進に向かって問いかける。
 
「紹介したい人って!ひょっとして新しいピアノの先生なのかな?」
 
まゆはさくらの手を取って、不安そうに問いかけた。
 
「僕も病室の外にいたからよくわからないんだけどね。日曜日の約束をしていた電話の内容を盗み聞きした感じでは、どうもお父さんの教え子みたいな感じなんだよね。わからないけれど『よろしく頼む』的なことを言っていたようだったね」
 
進はさくらとまゆ二人というより、その場にいたみんなに対して言った。
 
「えぇー。やっぱり新しいピアノの先生なんだよ。さくらはどう思う?」
 
「私はまゆとピアノを続けていくためには、新しい先生に教えてもらわなければ世界的なピアニストにはなれないと思うけど・・・・その先生が私たちに合うかどうかだもんね」
 
この時「新しいピアノの先生」の紹介が明日あるという雰囲気になっていた。
 
「私たち夫婦も、安達勇先生のギリギリ教え子で先生に教わっていたんだけど、安達先生がまゆとさくらちゃんを引き合わせてくれなければ、私たち夫婦の力では、まゆがこんなにのめりこめて、集中できて、悔しがったり、もっと上手になりたいと欲や向上心をもらえるものに出会わせてあげられなかったと思うんです。本当に先生には感謝しています。それに明日どんな先生と出会うとしても、さくらちゃんと一緒ならまゆも頑張れると思うんです。だから、不安ではなく楽しみだというのが正直な気持ちですね」
 
そうしてまゆの父の敦樹のほうに視線を向けると、敦樹も目を赤くしながら何度もうなづいていた。
 
「ごめん!感動するような話を続けたいのだけど、お義父さんって何かいろいろ隠しているような感じを受けるのだけれど、さくらとまゆちゃん、最初にお見舞いに行ったときかなり落ち込んでいた二人が、部屋を出た後元気になったじゃない?あれも私たち大人は何も知らされていないのよ。あそこでおじいちゃんから何て言われたの?」
 
里香が二人にそういうと、進と藤田夫妻も興味深々で身を乗り出して聞く姿勢を作った。
 
「あれはね・・・。どこまでなら話しても大丈夫かな?ね、まゆ?」
 
すると、まゆもかなり考えながら言葉を選んで話そうとする。
 
「うーん、私たちも誰かの師匠になるんだということを言われたんだ。その時のために『二人はお互いのいい先生になりなさい』的な内容で・・・その時期が来るまで家族にも話してはいけないというのが約束だったんで・・・・」
 
この言葉を聞いて進が反応した。
 
「お父さんはよく担当の医師(せんせい)に『いつまで生きられるのか?』ということを訊ねていたんだけど、お父さんは医師(せんせい)の言う時期よりは長生きできるって言ってたなぁ。それと関係するんじゃない?」
 
それを聞いて二人は口をつぐんで首を横に振るばかりで何も答えようとしなかった。その湿った雰囲気を壊すように里香と好美が楽しそうにいった。
 
「さぁ。みんな明日は明日が来ればわかることなんだから楽しくいきましょう。ということで藤田ママさんと一緒に買ってあったアイスパフェを食べましょう」
 
「そうそう。私たちはこのためにピザをセーブしていたのでした」
 
周りのみんなはもう食べられないといった表情の中、豪華なアイスパフェが人数分出てくるのであった。そして、打ち上げはお開きとなった。
 
「では明日14時ごろにお義父さんの病院で会いましょうね」
 
そう言って、里香は玄関で藤田家を見送る。気持ちの吹っ切れたさくらとまゆはお互いに笑顔でハイタッチをする。
 
そして、次の日の日曜日の病室に全員が勢ぞろいして、ある人物が勇から紹介されるのであった。
 
「さくら、まゆ、この人は私の中学の時の教え子の横平広春君だ。かれの考え方はちょっと変わっていて、我々が住んでいるのは中松市だ。しかし彼は“中松”では普通の松では面白くないというんだ。彼曰く、松は普通『横に広がって育っていく植物だ!しかし、その常識を覆した縦に成長する“高松”という言葉を使う』って考えて、『高松進学塾』と名前を付けて塾を20年してきている人だ。その変わり様から『非常識塾長』とも呼ばれている。さくらとまゆ、君たちは来月からこの先生の元で学びなさい。月謝は私が出そう。里香さん、進。藤田さんもいいですね」
 
勇がそう紹介すると、一同は驚きのあまり口をぽかんと開けて時間が止まったようになった。そんな中、横平が自己紹介を始める。
 
「安達先生!2か所間違っています。塾名は『TSJGYM高松進学塾』です。そして、僕は呼ばれているのではなく、自分から『非常識塾長』と二つ名を名乗っています。改めまして塾長の横平広春です。以後よろしくお願いします」
 
全員が予想もしていない人物の登場に戸惑っている中、ベッドの上で勇はにやりと笑っていた。

第1章 非常識塾長 登場!完

第二部 非常識塾長


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第2章 古中松北小学校 

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