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鏡の中の音楽室 (23)

第二部 非常識塾長

第9章 二人の出会い ④


ガラガラガラドン!
 
突然、校長室に雷のような音が鳴り響く。それと同時に何か塊のようなものが広春の前に滑り込んできた。
 
「ごめんなさい。横平君!」
 
そこには土下座する熊山がいた。
 
「私が横平君と同じようにここで土下座をしたからといって、君にさせた二度の土下座の屈辱がなくなるとは思えません。けれど、私にはこうすることしかできないんです。本当にごめんなさい!横平君」
 
と言いながら熊山が床に額をつけようとするのを、勇が彼女のとなりにしゃがみ込み左手で右肩を制した。
 
「熊山さん。私はここへは来なくてもいいと言いまいしたよね。横平に謝るべきは『あなたではなく私』です。職員室で横平に土下座をさせ、その後の音楽室で土下座をするのも止められなかったのも私です。あなたは職員室で私たちに現状を伝えただけです。だから、その後の対応をしっかりしなければならなかったのは私たち責任者なんですよ」
 
熊山の震える右肩に左手を添えながら勇は語りかけた。
 
「けれど、横平君の行動に対して、その場でしっかり確かめもせず職場を放棄してしまい泣きながら職員室へ駈け込めば、どんな先生だって私の報告の通り横平君を犯人扱いします。当然そうなることも予想できました。さらにこれらの経緯を含めて、誰かに丸投げしようとも考えました。だから、今日の出来事はすべて私が未熟だったために起こったんです。これまでの授業崩壊だって、私が安達先生のような先生であれば起こらなかったはずなんです!」
 
瞳を涙でいっぱいにしながら熊山がそういうと、勇は言葉に詰まった。
 
そもそも、勇たちの筋書きとしては、熊山に対して、今回の出来事が今後の教師生活にトラウマを残さずこれからも平穏に教職を続られるために、勇たち責任者たちが「解決」し、全て丸く収まったということを熊山に伝えればよかった。
その筋書きや勇たちの読みでは、広春を納得させるために勇たち責任者が深く謝罪し、事件のきっかけを作った張本人たちに土下座をさせるという流れで全てうまくいく目論見であった。
しかし、予想もしない出来事が目の前で起こっているのだ。
まず、勇に対し激昂した広春の声が隣の職員室にいる熊山の耳い届いたことであった。
次に、それを聞いた熊山は『自分を慕ってくれていた広春』がその自分の誤解から二度の屈辱を自分の目の前で味わわせられたことにとてつもない罪悪感を覚えてしまっておりとてつもなく悔やんでいること。
そして、この後、熱くなった広春と、自己否定し続ける熊山の両者を納得させて解決しなければならなくなったのである。
勇はこの状況で、「どんな言葉を使いどう納得させるか?」さらに「膠着しつつあるこの状況を打破するための最良の言葉は何なのか?」ということに思いを巡らせた。それはほんの2,3秒の沈黙であった。このとき何とも言えない静寂が校長室に広がった。そこにいた先生たちはこの静寂を打ち破る手立てがないまま、一瞬で永遠の静寂を打破する役割を他人に委ねる時間を過ごしていた。すると広春の怒声がその静寂を切り裂いた!
 
「放せ!坪田!暴れないから放せ!」
 
坪田に後ろから羽交い絞めにされている広春が体を左右に振りながら、背後の坪田に叫んだ。
 
「けど!今!お前を放すと!すぐに安達先生に!殴りに行くだろ!」
 
坪田はもがく広春を必死に抑えながら答えた。
 
「そんなことしねーよ!この状況だったら俺がしゃべるしかねーだろが!けれど、こんな状態じゃまともにしゃべれねーだろが!今!先生様たちは何をしゃべったらいいのかわからないんだろう。だから、何もしゃべれないんだろう!だったら、これから俺が納得し、満足することをここにいるみんながしてくれたらすべてうまく収まるだろうが!だ・か・ら!その話をするんだよ!わかったか!放せ!坪田!」
 
力づくで離れようとする広春と、力づくで抑え込もうとする坪田が小競り合いをしている中、勇が声をかけた。
 
「大丈夫だ。坪田先生、横平君を放してあげなさい」
 
勇はそういうと熊山の腕をつかみあげながら立ち上がった。同時に坪田が広春を解放した。
 
「じゃぁ、横平が満足することとはどんなことですか?」
 
それまで黙っていた校長先生が口を開いた。
 
「俺は、一方的に謝られるのは大嫌いだし、それは正義ではないと思っている!だって、子供から大人まで言うんだぜ、『謝ったんだから許してあげなさい』じゃぁ。いつも被害者は確実にやられ損じゃないか!『謝って許されるんだったら警察はいらねぇ!』って、小学生でも言ってるんだぜ!まず、なぜこいつらは俺に意地悪をしたのか?何が原因かもわからない行動に対して、謝られても許すわけないだろうが!しかも、両者とも強制的に謝罪儀式を済ましただけだから、絶対次もやってくんだよ!あんたら先生様の論理はいつもおかしいんだよ!そもそも、喧嘩両成敗って言葉も被害者の立場に立ってないんだよ!なぜそんなことが起こったか被害者も先生もしっかり理解できていないのに、『謝っているんだから許してあげなさい』?で!その謝罪も大人のあんたたちが、『やって当然なんだから、やれっ!』って空気にさせて謝罪させてるんだろ?さらに被害者側にも『ほら、謝ってくれましたよ。もう、許してあげなさい』という魔法かけてうまくいったように見せかけてんだって!俺は!そんな自分の心の底から出てきていない『ごめんなさい』なんていらねーんだよ!俺はまずこの原因を作った山下と元山がなんであのタイミングであんなことをしたのか?が知りたいし、俺が故意的に熊山先生の授業を妨害したいわけではなく、こいつらのいたずらだったという証拠がどこから出てきたのかも知りたい!それもなしに一方的に安達が俺に頭を下げて何の解決になるんじゃ!先に生きているだけの先生なんか?先生って生き物は!」
 
それを聞いた校長が
 
「横平君。ちょっと待ってください。坪田先生、とりあえず入口の戸を閉めてもらえませんか」
 
そういうと坪田は広春を警戒しながら、熊山が飛び込んできた時から開けっ放しになっていた校長室の入り口の戸を閉めた。
 
「分かりました。横平君の言い分は校長である私が聞き入れましょう。けれど、君の言葉は我々教師にとっても目から鱗が落ちる部分があり、心にグサッと刺さる言葉でした。私は君の主張をかなり理解できました。本当にそうだと賛同もします。しかしながら、ここから君の意見を尊重し話し合いを円滑に進めるためには、いくら君が正義だったからと言って、そのけんか腰の言葉遣いを許すわけにはいきません。君の怒りは本当に理解できますが、冷静に話し合いを進められるような言葉遣いをしてもらえなければ君の望む方法は『絵にかいた餅』となってしまいます。承諾してもらえますか?」
 
校長は広春のほうをじっと見据えながら冷静にそう言った。
しかし、広春は校長の穏やかな表情と冷静な言葉の中と目の奥底に底知れぬ恐怖を感じながら首を縦に振るのであった。

第9章 二人の出会い ④ 完
タイトル画像は「Copilotデザイナー」が作成しました。


次回 鏡の中の音楽室 (24)

第二部 非常識塾長 編

第9章 広春と勇と校長  ➀

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