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手作りのシャンソンコンサート

「横浜フランス月間2023」。そのポスターは、渋谷駅の薄暗い地下通路でも人目を惹いていた。山吹色の背景に、青緑で縁取られた目玉のデザイン。ポップなイラストは、フランス人アーティスト、ギヨミットの作品である。「横浜の夏を彩るフランス文化と美食の祭典」とあるから、横浜でフランスを体験できるのだろうか。スケジュールをチェックし、最終日のシャンソンコンサートに出かけることにした。

そもそも7月14日はフランスの建国記念日である。パリ祭とも呼ばれ、それを祝うイベントを主催するのは、横浜日仏学院だ。民間の語学学校といっても、在日フランス大使館直属の公式教育機関らしい。

「パリ祭-貝山幸子によるフランスのシャンソンコンサート」。立派な宣伝からして、それなりの音楽ホールで開かれるものと思っていたが、会場は、築33年という古いビルにある学院の図書室。可動式のスチール製書架を端に寄せ、パイプ椅子を並べただけ。なんとも殺風景な簡易会場で驚いた。書棚には、フランス語の書籍や、CD、DVDが並ぶ。ネクタイ姿の男性が照明器具の最終調整に現れた。30代後半、ひげ面に丸い眼鏡をかけた瀟洒なフランス人。一緒にいる黒髪の美人秘書との会話はフランス語である。ステージでは、カマキリのように細いバイオリニストと、銀髪を縛り、赤い靴下をのぞかせる骨太のギタリストがチューニングを始めた。

「ボンジュール。ミナサンコンニチワ」。あの照明係が挨拶を始めた。彼は学院長だったのだ。アシスタントの女性が通訳をし、にわかにパリ祭らしくなる。続いてディーヴァが入ってきた。貝山幸子さん。スパンコールがちりばめられたマゼンダ色のドレスをまとっている。長身で豊満、ステージ映えする容姿である。シャンソン歌手らしいアダルトで妖艶なオーラも放たれていて、距離が近いだけに、歌手としての存在感を強く感じた。

コンサートの副題は「愛のシャンソンを歌う ピアフ・バルバラ物語」。一曲目は、ピアフの代表曲『バラ色の人生』だった。こう書くと、いかにもシャンソン通のようだが、そうではない。過去に聞いたことのあるシャンソンは、美輪明宏と大竹しのぶのみ。一度本物をじっくり聞いてみたいと思っていて、今日に至ったのだが……。フランス語ならシャンソンの雰囲気なのに、日本語訳になった途端、別物になる。マイク片手に歌う「惚れた腫れた」は、演歌とまでは言わないまでも、歌謡曲のそれ。想定外の違和感に、戸惑いを覚えた。

曲の合間には、貝山さんのフランス留学中のエピソードが語られた。ピアフが住んでいたアパルトマンで暮らしていたとか、屋敷の女中部屋を借りていた時には大家にかわいがられたとか。聞いているとパリに行ってみたくなった。

今回、バルバラという歌手について初めて知った。なんでもピアフとは正反対の歌手らしい。フランス人の間でも、ピアフ派とバルバラ派で好みが分かれるそうだ。貝山さん曰く、ピアフの歌は一人称と二人称がほとんどの「四畳半の歌」。一方バルバラは、哲学的で、反戦やエイズについても歌う社会派らしい。終盤、バルバラの曲が2曲演奏された。『孤独』と『黒い鷲』。日本語訳で歌われたのだが、たしかにピアフとは違っていた。メッセージ性があり、聞き流してしまうには惜しい。昨年は、バルバラの没後25周年で、伝記が出版されている。それにより新事実が次々に明らかになったとか。バルバラブームの到来を予感させるエピソードである。

エンディングは、お馴染み『愛の賛歌』。音楽の力や、ライブのエネルギー、目に見えない何かが琴線に触れたのだろう。こみ上げるものがあった。小さな会場だったが、シャンソンの伝道師としての彼女の歌声は本物で、記憶に残るコンサートとなった。

終了後にワンドリンクが振る舞われた。学院長がポンと栓を抜き、いそいそとグラスに注いでいる。泡の消えたシャンパングラスを受け取り、隣人と言葉を交わした。トリガラのように細いおばさんは、シャンソン歌手だという。経歴を聞いたあと、初心者の率直な質問を投げてみた。「シャンソンってどういう音楽なんですか、歌謡曲に聞こえてしまったんですが」と。庶民の歌であるが、エスプリの効いているものもあり、多種多様で幅広い。「だけど日本語訳になるとどうしても歌謡曲になっちゃうのよね」と理解を示してくれた。秋に、銀座のシャンソニエでソロライブをやるらしい。刷り上がったばかりのチラシをもらい、LINEを交換した。

今年は、ピアフの没後60周年。来年のオリンピックはパリで開かれる。本物のシャンソンを耳にする機会が増えることを願いながら、横浜を後にした。


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