やっぱり写真撮りたい!!
文学にかぶれたこともある僕にしては、めずらしくストレートなタイトルで行こうと思った。
先日にカメラが壊れた。
取替えたいとは思っていたのだが、調べれば調べるほどに、レンズ含めて50万超えする機種にしたくなっていた。
落とせないランニングコストをさらに無理矢理に落としたことや、勤め先の業績好調の恩恵も受け貯金は作れていた。
ただどうしても覚悟だけは決まらなかったのだ……。「ここでカメラを買ったら撮影機会を増やす事も求める事になりそうだなと……。」
それならばもっと安い機種を選ぶことで、単なるカメラの交換にすれば良いのではないか?と思われそうだが妥協できなかった……。
体調不良もあり、静かに過ごしていた時のこと。
年内にやり残した事を整理した。
やっぱり、カメラを買いたいと改めて思った。
そして、本日に買いに行ってきた……。
クレカが不正利用されて以来は、店舗でも現金支払いのみを貫いており、手元には現金で50万以上を持っていたのだが「勝ちにいこう!!」と思っていた。
店舗に入り、すぐに店員さんに声をかける。
迷いはなかった。
ご厚意で2万円ほど値引きして頂けた。
家に帰ると壊れたカメラはそこに佇んでいた。
思えば、10年以上前に購入し、あまり使う機会も無かったままでいたのだが、コロナ禍に入り突如として使う回数が増えたことや、色々と学ばせてもらったなと思う。
「ありがとう」とは思うが、未練はない。
これは自作だが「自転車と少年」と言う考えがある。
二人の少年がいる。
A君は自転車に乗れるように毎日練習して、そのたびに転んでいた。
B君も同じように練習していたが転ぶ前に足をついたりして転ぶことはなかったのだが覚えるのにも時間がかかった。
二人の少年は(身体的な意味として)成長し、自転車が小さくなったので、大きいサイズの自転車に乗り換えることにした。
小さくなった自転車だが、A君の方はボロボロで傷も多かった。
一方でB君の方はまだ他の誰かが乗れるくらいにはキレイだった。
さて二人の少年のどちらが自転車をより"大切に"乗っていたのか?と言うもの。
僕にとっての答えはA君なのだ。
シンプルに「使い倒した」と言っても良いのかもしれない……。
新しく買った方のカメラもメーカーが同じな事もあり、ストレスはなく使えそうかなとは思っている。
まだ初期設定も終わっていないが、また新しく撮影を重ねていけたら良いなと思っていたら事件が起きた!!
カメラバッグにカメラがおさまらないのだ……。
(要因は本体ではなくレンズ。)
仕方ないとまた同じお店に行く。
カメラバッグも単独で用意すると(特に遠征の際には)手荷物が増えるのだが、気に入ったものがあったのでそちらを購入する。
今後の遠征はカメラバッグにリュックサックとなるがそれでもかまわないと思った。
ふと気づく。
これだけのお金を使っていながら、そこには全くの痛みがないこと、むしろ「広がり」を感じていた……。
お金にしろエネルギーにしろ正しい方向に流すことの大切さを感じた気がする……。
ずっと「次のステージに行きたい」と思っている。
休みの日はシャッターを切り続けていた……。
全てではないが、積もり積もった思いが解き放たれた様な気もするし、それを広がりと感じたのかもしれない。
例えばそれは、水回りの詰まりがあり、それを抜いた後は、溜まっていた水が最初は勢いよく出てきて、やがて静かに流れる様に……。
一段落ついた、今はなぜだか冷静な感覚を感じている。
色々な気分になるものだ……。
或いはそれは雪が溶けて春が来るような感覚なのかもしれない……。
卒業間近に「次来る春はみんなバラバラだね」って、いつもよりも寒く感じた日の後の、選んだ道を受け入れた時の春の暖かさが嬉しくなるように……。
僕も望んだ未来をつかみ取りに行かなきゃ行けないのかもしれない……。
カメラと出会えてよかったと思う。
こんなにも色々と学ばせてもらえるのだから……。
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