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もう一度人生をやり直せたなら・・・
私は、中学校2年の2学期から3年の1学期まで丸々不登校(当時は、登校拒否と呼ばれていました)をしていました。
なぜ、不登校になったのかというのは、複雑な要因が絡んでいて、一言で「これだ」と言えません。
ある理由から、勉強を自主的に放棄していました。
また、部活動で運動部に入っていました。
しかし、苦手な競技に入部したため、楽しくなかったです。
当時は、部活に入れば、苦手な競技も上達するだろうと楽観視していたのですが、それは甘い考えでした。
人には向き不向きがあるということを思い知らされました。
結局、その部活は、約半年で辞めました。
次に、別の運動部に入りました。
当時、私の中学校では、”部活動は3年間継続できないと落ちこぼれ”みたいな風潮があり、正直、自信を失っていました。
そして、中学校2年生になりました。
勉強も中途半端、部活も中途半端だった私は、完全に落ち込んでいました。
そこに付け込まれたのか、数名のクラスメイトからあだ名をつけられました。
当時の私は、被害的になっていました。
自分のことを陰でこそこそ言われている気がして、学校が怖くなりました。
だけど、ある時、堪忍袋の緒が切れて、授業中、あだ名をつけた主犯格につかみかかりました。
今は、小学生だか中学生だかわかりませんが、みんな一律に男女関係なく「さん付け」だそうですね。
いいことだと思います。
あだ名は、親しみを込めて言う場合も多いですが、言われた当人が嫌なあだ名を付けられたら、立派ないじめだと個人的に思います。
中学の一番肝心な時期に不登校だったため、特に、数学が分からなくなり高校受験では足を引っ張りました。
高校入学どころか中学卒業も危うい出席日数でした。
しかし、何とか高校に無事現役で合格することができました。
今までの話から、私は、ただの被害者だったのかというと、そうではなく、
私も、いじめ(言葉のいじめ)をしていたことがあるので、
いじめる側、いじめられる側双方の気持ちがわかります。
昔はよく、いじめられる側に問題があるという言い方をされてきました。
わたしは、いじめる側に問題があると思います。
なぜなら、本当にしっかりした人は、「いじめ」をしないと思います。
不登校になっていなかったら、今頃、どうしていたのかと考えることがあります。
でも、過去を振り返っていてもしょうがない。
人生は一度きり。
過去には戻れない。
未来は、「今」を大切にすることで開けると信じる。
だから、「もう一度、人生をやり直せたなら・・・」とは考えないようにしている。
それよりも、「今」をどう生きるかの方がはるかに大切だから。
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