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年賀状じまい

今年も年賀状を整理して住所確認やらをする時期になった。今までは、喪中の人と引っ越した人くらいのチェックだったのに、今年は年賀状じまいの文章がちらほら見られるようになりちゃんと文も読まなければ💦
確かに学生時代に交流があった人とは年賀状だけのお付き合いで何十年間連絡もしたことがないし、毎年年賀状が送られてくれば、生存確認のようなもの。逆に親しく年中お付き合いしている人たちとはわざわざ年賀状を出さなくても様々なSNSを利用してスタンプをポチッと押すだけで新年の挨拶ができてしまう。だからいっそ作成に手間がかかる年賀状をやめてしまおうという事なのだろう。
20年前くらいはまだ個人情報についてあまり厳しくなかったから社員名簿とかが配られていてお世話になった上司には年賀状を出すのが常識のような時代だった。でも、今はその名簿が配られないので、年賀状を出すには相手にわざわざ住所を聞き出さなくてはならない。年々年賀状の枚数が減っているのはそういう時代の背景からだろう。

でも、年賀状を出す日本の文化っていいなぁと思ったりもする。今や何でもペーパーレス時代でボタン一つでつながったり消えてしまうこともある。ハガキにはハガキの良さがある。年賀状がたとえ生存確認の意味でしかなくても、年に一回、一枚のハガキを読む事で昔の時代を思い出し、お互いの近況を読み交わす。遠く離れた友人の写真を見て歳を重ねていく姿を今までの記憶をアップデートさせていく。年賀状だけのお付き合いであっても、その人との関係が紙一枚で繋がっているような気がして、疎遠の人からの年賀状じまいの一文を読むとプツっとつながっていた糸が切れるかのように寂しい気持ちになる今日この頃である。


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