見出し画像

花がない世界の詩

夏は花が少ないことを知らなかった。床の間に飾る花がない。今年は猛暑で、梅雨入りも早かったから余計にそうなのだと知った。確かに、洋花は見かけるけれど野花はほとんど見かけないし、夏は確かに、思い出せば緑色だったと思う。

/"ない"ことに気づく時ってどんなときだろう。
プルースト。車両の窓から見える、なぜか気になる、過ぎ去って行く、もう二度と会えない三本の木。
あのとき追い払ってしまった人。気になり続けてしまうこと。無意識に探してしまうもの。
"もし、あの時---"
 残っている可能性を感じる時、その可能性が捨てられない時。
偉大なるギャツビーと主人公、ヒッチコックの目眩、村上春樹の国境の南、太陽の西。誰を追いかけているのかわからなくなる。喪ってしまったもの。幽霊のような思いにとわれて、身が破壊されても追い求めてしまうことをやめられない。

/どうしたら、"ない"ことに気づけるんだろう。
 モンテーニュのエセーでの試みは、"逃走の迅速なのを、わたしの把握の迅速さで引き留めたい"だった。
 大乗仏教の教えには、「空」と「縁起」があるけれど、「空」は、何もないという意味ではなくて、"もしそれがなかったら"というふうに仮説することだった。
 プルースト"生の意味<センス>としての時間"。プルーストが<センス>という言葉で語ったもの。
 高山宏の”「言葉」と「物」を「表象」という「契約」で無理やりつなぐ”こと。

”契約”というと、なぜかネガティブなもののように聞こえるけれど、もしかしたら、喪失と、召喚のために、悪魔と契約したがるのは、今も昔もそれが悲願だからなのかもしれない。

/"ない"こと、それでも。
何かを永遠に失ってしまうことに怯えてびくびくして過ごしてる。それでも。
紹鴎のわび茶の精神を表現したもの。藤原定家がうたった。
 見渡せば 花も紅葉もなかりけり
  浦のとまやの秋の夕暮れ
千利休の茶の精神を表わすもの。藤原隆家がうたった。
 花をのみ待つらん人に山里の
  雪間の草の春を見せばや
花がない世界の詩。花がない世界で花がないことをお侘びしながら。せめて花を感じるもてなしをしよう。寂しさを一緒に。一座建立。
"ない"ものや別のものを、思い出したり想起させたりできることって、なんてパワフルなことなんだろうと思う。
花がない世界で花を贈る詩をうたいたいと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?