特論36.よみがえるAIでの美空ひばり(NHK放送)2019.9.29新曲「あれから」における歌唱について

○全体評

(敬称は、略して述べていきます。[2019.10 NHK放映のものに基づきます。紅白歌合戦のものと同じとは限りません。])
最初の1行(夕日…一日)は、少し弱いが表現としては、充分と思います。「(どこかに大事な)何かを」で表現力が落ち、軽さ、落ち着きのなさで違和感を抱きます。「何かを」ここで、わかってしまいます。特に「を」の処理の甘さです。「大事な」と「何かを」が、ややエコーがかかり、また、これまでのパターンにはまるのです。つまり、期待を裏切って引きつけるだけの表現処理がされていないのです。
ひばりも4フレーズくらいはパターンで歌ってしまうこともあるのですが、全体として、そればかりが目立ってしまっています。それは、歌わされている歌手、歌いこなしている歌手で、本気のときのひばりにはかないません。「自分の影」のはずみ。
「置き忘れたような」の「よな」「自分の影」は、まるで最近の歌手のように口先の処理のように聞こえます。呼吸やための深さや圧力が感じられないのです。それは全体的にいえますが。(しかし、それが平成以降の歌唱への音響処理で、ひばり自身、昭和のころですが、東京ドーム公演で「エコーがかかりすぎる」という感想をもらしていました。)
「地平線」の「ち」はっきりしない、頭の高出し不足。「生きるというのは」は、流れています。「生きる」などは、ひばりなら、必ず力強いニュアンスやためを入れているでしょう。「移ろう」が言えていません。「というのは」も。
(サビで)「あれから」の入り方から、安易で何の切り替えもない。「(歳を)とりました」の「ました」がバタバタで、「口ずさんで…」のアクセントは、おかしいです。
「ずいぶん」から、4つのワンパターンのくり返し
「人生」、「なぜ~だか」、「振り向けば幸せな時代でしたね」

「夕日が…でいく」で「いっく」としています。「く」の処理が悪い。やはり、「いく」というところは、ひばりなら消し込むと思うのです。
「あっと」も、確かに2通り考えられますが、ひばりは、この場合、リズムでなく歌詞を重視すると思います。
「どうしていましたかー」の「かー」が軽すぎます。
「(私も歳を)とりました」「うたをー」は、明瞭でない。特に「をー」。
語尾ヴィブラートに関しては、どれもとてもよく再現できていると評価できますが、ここはダメです。「口ずさんで」の「ず」、「います」の「い」。
とにかくフレーズが8~16小節でも、一本にまとめ上げてから、さらに分散しておいていけるのがひばりです。 それが、わずか4~8小節でさえ、4つくらいに分けてエネルギーを分散して均等においているので、メリハリや焦点がないのです。つまり、中心点に向かいドラマ仕立てにピークを盛り上げ、その後に余韻を残すといった構成、展開がないのです。それでは、1フレーズずつのつながりでつくっているのが、みえてしまうでしょう。
「昔の歌をー気づくと」この「をー気づく」の入り方が凡庸です。極端に言うと「振り向けばー幸せなー時ー代ーでしーたね」となっています。呼吸で声を動かすのなら、ありえない、いや、最近の歌手はそうなのですが、ひばりは、そうはしないでしょう。

「星」の「ほ」、「美しい」の「う」、「さえ」も「何かが」の「が」、「してくる」の「くる」「ようやくたどり」「生まれた」の「う」、「母のその背中、あれから」まったくピークなしにリズムやピッチをとってしまっています。「母」も。
あと、「元気」「何度も」こういう均等な置き方はしないでしょう。
「(伝え)たくなります」で、はずまないはずです。
「思い出が」の裏声が細すぎて「人生」もパワーが不足、つながりもよくないです。
 「なぜーだか」も。

とはいえ、語尾ヴィブラートとせりふには感心しました。少し、均等な間合いと声の均質で変化がないのが気になりますが、ひばりは、そういう話し方もするので、そこはOKかと思います。
語尾ヴィブラートがひばりらしすぎて、その前までがスムーズでなく、このヴィブラートをもたらすのに耐える、つまり、もってこられるだけのメリハリを、そこまでに付けていないために不しぜんに感じるのです。ひばりのものまねを優秀な声の使い手やプロが行うと、よくそういうアンバランスが生じます。7の表現の余力の3のヴィブラートが、3しか表現できずに3のヴィブラートがついてしまうため、嘘くさく、つくりがみえてしまうのです。

最後、「心が」の「が」が、その前と同じ置き方、トーンです。結局、深い吐息で全身一体で歌っている感じが出ていないのです。
「いましたかー」「いまし」と「かー」の流れ、「歳をとりました」このあたりも、もっと泣かせる音色を使うはずです。

全体的に発声が胸からでなく口内の軟口蓋あたりでの音質のため、口内で歌声をつくっている感じです。メリハリのなさで、そうした印象を強くするのですが。
比較してみると、今回、人工的につくった表情が、ちょうどそのくらいの完成度でしょうか。振り付け、仕草は、なんとも判断しがたいのですが(ひばりは、動かないで歌うときが真骨頂なので)。

○3Dでのステージ発表形式について

近親者には、涙を誘うだけのものがあったのは、イマジネーションで充分にこの不足分を補えるからです。まして、会場で何十年ぶりに聞いたら、それは胸にせまるものとなったのは疑いようがありません。
その点では、これ以上、アーティストひばりに近づけるよりは、このあたりに止めておく方が一般のお客さんも感情移入しやすいと思います。近づけるほどに、本当に微妙なところが、逆に目立って違和感を感じるのは、視覚では顕著ですが、本当にコアなファンなら、聴覚でも聞き分けられてしまうでしょう。
特に、ひばりのファンは、ひばりのよいところ、悪いところも丸ごと入れているので、今回足らなかったところやアーティストとしての表現性よりも、独特のくせ、音楽的でないギリギリのところを毒として入れる必要があります。
しかし、それに近づけるのでは、ひばりのそっくりさんづくりであって、アーティストとしては遠ざかるからです。今回の画像を80歳になったときのような顔にするようなことは、私には50歳、いや40代までのひばりで充分なので、これを期待したりはしません。
最後に入ったNHKのナレーション「AIだけでなく、人の情感が歌に命を吹き込んだ」というのは、まさにその通りです。

○聴くことと見て聞くことの違い

改良前の作品を聞いた近親者の感想が流れていました。
「歌詞が聞こえてこない」「ことばがはっきりしていない」「声の独特の力が感じられない」「濃い空気が足りない」「浅かった」「本当のよさは出てこない」
秋元康も「人間味がない、雑味、人間くささ、温かみ、すごさ、つつみこむ大きさがない」と言っていました。作成途中ということもありますが、このときは、音声だけを聞いての感想です。映像がないので、音に厳しいともいえます。つまり、本番ライブは、映像や舞台演出、さらに出演者やファンの熱気にかなり救われているので、これと改良後の完成時との比較は、相当にアンフェアです。
そこから、高次倍音を入れたというのがありましたが、私が思うに、大して関係ないでしょう。よくなったのは確かですが、それは、主に楽譜と音程、タイミングのずれを見つけて直したことによります。「川の流れのように…」などで、ピッチとのずれを新たに法則として入れていく。
でも、この歌唱は、ひばりのクリエイティブな力が出ているというよりは、キャリアでこなした歌といえなくもありません。ですから、こういうときにサンプルとしては使いやすいのです。
このAIの仕組みでは、「音程」「タイミング」「ヴィブラート」「音色」の4つのパラメーターで決めていくそうです。そこで「音程」「タイミング」の関与を強めたとかいうことです。それは、結果として現れた形の法則のコピーですから、本当はもっと根本での息と音圧の研究と構成、展開が必要でしょう。一つずつ異なるということと結びつきの中で決まってくるということです。この破格(型破り)からの型づくり(納型とでもいうべきでしょうか)に、ひばりは、何人にも代えがたい能力を有するのです。ひばりを目標にしてきたプロ歌手にここまで越えられないなら、これからのAIに頼るのも一案とも思うのですが…。
「ひばりの音楽になっている」という開発者に対しては、「まだ、ひばりの歌にはなっていない」と思うのです。

○「人間モニタリング」という番組でのプロの歌唱力への感想

ついでに、「人間モニタリング」という番組で天童よしみ(2019年10月)、小林幸子(9月)が、プロ歌手が変装して歌うとどうなるかという実験(バラエティ)に出ていたので加えます。
天童よしみ「糸」「マリーゴールド」では、ただのプロ並みの処理ですが、「Love Is Over」では、「Love…」「わけなどないよ~」からの組み立て、メリハリ、盛り上げ、サビの「私は…」「きっと最後の恋~だと思うから…」での展開、構成は見事です。
こぶしからファルセットに入って裏声での展開は、まさに世界にも通じるものと思われます。ひばりのようなくせ、毒がない分、あっても、それは演歌やこぶしで個としてのものではないので、サンプリングに最適というのは確かです。AIひばりでも、新曲での3D映像の動きを天童からサンプリングしたようですが、歌唱こそすればよいのにと思います。
小林幸子「時の流れに身をまかせ」、ノンブレスで「だからお願い」につなげるところ、少し、くせとヴィブラートが強くなり過ぎています。以前よりも、くせで毒されていますが、本人とわかりやすいのです。もちろん、このままではサンプルにはとれません。

この番組の、プロ歌手の声の入り方一つでシーンとさせ、歌一つで盛り上げてしまうところは、よく、卓球選手が、相手のコーナーのビンを一発で倒したり、サッカー選手や野球のピッチャーが、ボールで20個くらいの的を時間内で全て抜いたりと、一流の選手が数秒で何かを完璧にやるのを見て、人があっけにとられるさまと同じです。びっくりさせられ、感動させられる点では、プロのシンガーも同じです。
こうした番組の一発勝負で、本当のというか、別面からのプロたるものの凄さ、潜在力、応用力を知るのは、よいことと思うのですが…。そうしたサービスや種明かしをこうして公開するのも、なんだかなあ、と個人的には思っています。
そういう面では、私が述べたようなことを人間がプログラミングするのではなく、AIがディープラーニングしてブラックホールのままに歌えば、技術としてはひばりを超える日もくるのかもしれません。

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