論25.マイクと歌唱の振りについて<「チコちゃんに叱られる!」(2018.12.21放映、年末拡大版)への疑問>

〇セッティング

年末のTVで、「マイクを持っていない手を動かすのはなぜ」という珍問と、「マイクを持つと歌が下手になるから」という珍答がありました。専門家に聞くという人気番組ゆえ、戸惑う人もいたように思います。それについての見解を述べます。
お答えになったのは、オペラ歌手関係の方なので、まず、キャスティングに無理があります。本番でマイクを持つことのないオペラ歌手に、なぜ聞くのでしょう。
音楽や歌となると何でも専門はクラシック、声楽家という権威付けは、まだはびこっているわけです。(そこでの実験台は、松崎しげるというポピュラー歌手でやっているのに、です。)
ここからの答えは、この質問に対してというのではなく、こういう「的確でないセッティングの害」ということになりそうです。クイズ形式の番組にすると、ともかくも奇をてらったような、きっと皆が「はっ」と驚いたりびっくりするような答えを先に期待して設問してしまうのでしょう。そこでまるでやらせ番組のようにおかしくなるのです。

〇マイクと呼吸

まず、「マイクを持っていない手を動かさないで歌う歌手がいる、あるいは、動かさないで歌う歌がある」ということを簡単にスルーしているのです。
回答者の理由は、「歌うときにマイクを持ち口先にキープすると、肩まわりがロックされた状態になり、肺を膨らますことができなくなる。肩を動かさないと肩につながる筋肉が収縮し、働きが低下するので肺に取り込む空気が減る」
「結果、声量が減り音も出にくくなり高音も出ず歌が下手になってしまう。それを補うのがマイクを持っていない手」であり、マイクを持つ手(例えば右として)の方の肺(右)は80%になり、持たない方の手(左)を動かすことで肺(左)は120%になって補えるみたいな論旨でした。
その後のオペラ歌手の動画では、マイクも使わず両手を動かして歌うという関係のないもので「オペラでは、大きな声や高音を出すときは、手を大きく動かしている」という説明でした。

〇肩のロック

オペラ歌手に関しては、マイクを持とうと持つまいと、手の振りをつけようとつけまいと、同じレベルの歌唱ができるのが最低条件です。劇を演じるのですから、そこでの役割にふさわしい手振り身振りをしなくてはなりません。座ったり寝転んだり抱きしめたり握手したり直立不動でも歌えるのです。(ちなみに先日、観賞した映画「私はマリアカラス」では、両手を前で交差させて腰にそえて歌っているのが印象的でした。)
ステージではともかく、声楽のレッスンでは、肩を動かしてはいけないというのが定石です(私は必ずしもそう思うわけではありませんが)。
「肩が動かせないと、高くも大きくも歌うのに不自由になる」というのは、声楽家なら、初心者もいいところです。むしろ、トレーナーは、そういう初心者の肩を「ロック」させます。それは、喉が安定する=歌唱の発声が安定するからです。

〇マイクと振り

声楽家については、スタンドマイクで直立不動の方がよほど安定して歌えます。ハンドマイクは、持っていない手の動きが難しいのです。この場合の動きは見せ方ということです。
ポピュラー歌手では、逆にスタンドマイクの方は両手の動きが目立つので、マイクを持つ方がやりやすいです。片手がロックできるからです。初心者にもその方がよいはずです。
スタンドマイクでの手の所作は、とても目立つだけに別の技術がいるほど難しいのです。それが完全にできているのは美輪明宏など少数です。
パフォーマンスで演じる“振付”と歌の表現上に出てくる“振り”とは、違います。その比率も歌手によって違います。
肺の容量が変わるなどというなら、手をずっと上にあげて歌うのが最良の声という話になるでしょう。

他の質問や回答ではけっこうレベルが高いのに、歌や声になると、ここまで低次元でバラエティ化されるのは、それこそスタッフも「ボーっとしてるんじゃねーよ」です。せめて教育番組くらいは、何とか教育できないのでしょうか。

ちなみに松崎しげるのように、オーバーアクションで歌う人、あるいは、そういう曲の動きを封じたら、歌いにくくなるのは当たり前です。その実験は受け狙いのような偏向したものです。東海林太郎さんならどうだったでしょう。それぞれの歌手と歌にスタイルがあります。
ですから、真面目に考えるのなら、マイクを持っていない手の問題ではなく、“振り”の問題として捉えた方がよいのです。
ちなみに、クラシック歌手でマイクを使うときの動きとしては、秋川雅史をみてみるとよいでしょう。確かに両手を大きく広げていますが、それは表現効果のためで、歌いやすくするためとは、私は思わないのですが。

〇振りと呼吸

腹式呼吸に伴う胸式呼吸でも、歌唱では、胸の上方や左右でなく下方がメインです。それを担う肋間筋は肩や手の動きで広げるものではありません。走った後など「ハアハア」と肩で息をします。こうした緊急時の呼吸に関わることはありますが、歌唱のコントロールはしにくいのです。
プロ歌手なら、マイクを持たない手を動かそうが動かすまいが、歌いやすい、歌いにくいはそれほどありません。オペラ歌手なら、なおさらそうです。
素人の場合も、あの回答では、肩式中心の胸式呼吸になり、歌いにくくしてしまうと思います。「緊張をほぐすため肩を回してから歌いましょう」くらいなら、わかりますが。

〇手振りとパフォーマンス

しっかりと歌う、その延線上、補助、補強に、動かしやすい手は使われます。マイクを持つ方が固定されているので、そうでない手をどう処理するのかは、なかなか難しいのです。手を下におくこともあります。胸におくこともあります。両手でマイクを持つこともあります。歌の効果に+αを狙うためです。マイクコードを持ったりリズムをとるのに動かすのはタブーです。
お客にリズムを、この場合は拍ですが、とらせるために拍手のまねをするのは、よくあるパターンです。歌の表現でしぜんと手が動き、その動きがないと歌いにくいパターンはあるでしょう。このときの松崎しげるのように。
五木ひろしなどは、かなり意図的にあの手振りをつけたといいます。美空ひばりでも、演出上での手の役割は大きかったでしょう。思いあたるのは、沢田研二、西城秀樹、金井克子、山本リンダ、石川さゆりなどでしょうか。ジャニーズ関連やピンクレディあたりになるとパフォーマンスの振付で、歌そのものは歌いにくくなっているでしょう。

〇マイクの効用

ポップスにおいて、プロは、カラオケでは歌いにくいというのはありますが、それは歌唱に合わせない伴奏とリヴァーブのせいです。マイクは、歌いにくくするのではなく、引き立てるものです。
マイクを持つと、「高音や大きい声が出しにくくなる」のではなく、高音は届けばよいし(ごまかせるし)、小さな声でも大きく聞こえるため、うまく聞こえるようにできてしまうのです。
(それで、ポップスのまともなヴォイトレは、マイクを使わないことが多いのです。歌いやすくするのではなく、ごまかさないためです。自信をつけさせるなら、あるいは、ステージのリハーサルなら、その逆にマイクをつけたレッスンとなります)

〇自分なりの見識をもとう

素人が「えっ」と思う答えであるのは他と同じとしても、この分野に関しては、説明を聞いて納得できないことが多いのです。答えを聞くと不信が募る、それは専門家でなく素人でさえそうだと思われるのに、どうなのでしょう。
「トレーナーや医者が、番組の盛り上げのために妥協する」のも、「本来そんなわけがないことを、おもしろいからと興味本位に、よい方法のように紹介する」というプロデューサー主導の構成(特にバラエティ)にも、これまで反感を感じてきました。どう編集されるかは放映されるまでわからず、というケースがメディアではとても多く、必ずしも、その専門家の見識ではないことも多いのですが。
普通のことを普通に言って成り立たないのであれば、わざわざ取り上げなければよいのです。先生にも視聴者にも、ひいては、番組にもメリットがないと思うのです。プロでなくても、素人が10人中9人、そうでないのではと思うことを、そして、実際にそうでないことをどうして流すのでしょう。
ということで、今回は、関連したことを並べてみました。専門の先生やメディアにのせられないくらいの見識をもっておきましょう。
なお、「チコちゃん」の声は、何と木村祐一、MCは森田美由紀です。(全て敬称略)


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